廃校再生プロジェクト
スギ・ヒノキ材の魅力発信施設
関東平野の最北部、栃木県さくら市の、のどかな丘陵地帯にある「喜連川(きつれがわ)丘陵の里 杉インテリア木工館」。旧穂積小学校の廃校舎を活用し、栃木県産のスギ・ヒノキ材を用いた木工品の製作販売や木工体験の指導を行っています。
木工普及活動の
拠点をつくる
地域に5つあった市立小学校を1つに統合することになり、穂積小学校が廃校となったのは2010年春のこと。1991年に建て替えられた校舎は、当時まだ20年弱しか経過しておらず、十分使える状態でした。さくら市が廃校跡地の活用者を一般公募したところ、10件を超える応募があったといいます。多くは工場や介護施設として使いたいという民間企業でした。そして数ある応募者の中から選ばれたのが、現在、杉インテリア木工館を運営する薄井徹さんです。
薄井さんは旧喜連川町(現さくら市)で幼少期を過ごし、穂積地区にほど近い地区の小学校に通っていました。大学で土木工学を学び、卒業後は宇都宮市内の橋梁設計会社に勤務。あるとき、橋の一部に木材を使う設計依頼が舞い込み、これが木の魅力を知るきっかけになったといいます。「橋によく使われる鉄鋼やコンクリートは、製造時に大量のCO2を排出します。一方、木はCO2を吸収してくれます。人にも環境にも優しい木を使って社会貢献したいと思うようになり、40歳のときに思いきって会社を辞めました」
社会貢献の手段として選んだのが木工です。栃木県内の高等産業技術学校で木工技術を本格的に学び、木工作家として作品をコンクールに出品するほか、地元の社会復帰促進センターで木工技術を指導するようになった薄井さん。ふと幼少期に遊んだ里山に目をやると、かつてはきれいだった小川の流量が少なくなり、泥が溜まっています。「戦後に植林されたスギやヒノキが放置され、山が荒れているからだと気付きました。地元のスギ・ヒノキ材を有効活用することは里山の保全にもつながると、ますます木工の普及に情熱を燃やすようになりました」
そんな折に廃校活用の公募があり、名乗りを上げたのです。「まだ法人化もしていなくて、個人で応募しました。市では個人に任せて大丈夫かと不安視する声もあったようですが、最終的に指名していただきました。木工の普及、里山の保全という理念に加えて、地域の方々がいつでも遊びに来れる施設にしたいと訴えた点が評価されたようです」。2012年5月に運営法人として「(一社)素木(そぼく)工房里山想研」を設立。代表理事となった薄井さんは、市から廃校舎を賃借し、同年6月に杉インテリア木工館をオープンしました。
強度と耐久性を上げる
独自工法を開発
施設に足を踏み入れると、かぐわしい木の香りに包まれました。見回すと、廊下にも複数の元教室にも、溢れんばかりに木工品が飾られています。多種多様な展示品は、薄井さんが設計図を描き、未経験から育成したアルバイトスタッフ数名が製作したもの。大きな家具から箸入れのような小物まで、すべて栃木県産のスギ・ヒノキ材でつくられています。館内は開館中いつでも見学することができ、展示品を自由に物色して購入することが可能です。オーダーメイドの相談もできるそうです。
スギ材の椅子に触れてみました。広葉樹の重厚な家具とは異なる、やわらかくぬくもりのある質感です。ずっと座っていても体が痛くならないし、冬でも冷たさを感じないという声が多いとのこと。今度は持ち上げてみて、とても軽いことに驚きました。これなら高齢者やこどもでも軽々と持ち運ぶことができそうです。「スギ材は木の中でも特にやわらかくて軽いのが特徴です。やわらかいので加工性に優れていますが、強度と耐久性に難があるため、家具にはあまり使われてきませんでした。そこで、この弱点を克服する独自の工法を開発したのです」と薄井さん。
「簡単すぎ木工」と名付けたそれは、曲げやせん断力(物体内部にズレを生じさせる力)を多数の接合材で分散伝達させる方法。橋の設計に携わっていた薄井さんによると、力の伝達原理は、巨大構造物も木工品も同じなのだそうです。釘やネジは一切使わず、棒状のダボ、ラグビーボールを平たくしたような形のビスケットという接合材を使用。同じ径の穴にこれらを差し込み、木工用ボンドでぴったり合体させて、木材同士をつなぎ合わせます。「スギ・ヒノキ材はやわらかいので、従来の方法で強い力をかけると、木組みがゆるんだり外れたりしてしまいます。一方、このように接合材の1つ1つに力を分散させると、強度と耐久性がぐっと高まるのです」
やわらかいスギ・ヒノキ材は、電動工具や木工機械を使えば、簡単に加工することができます。価格が安く入手しやすいことも魅力です。熟練を必要としない簡単すぎ木工を開発したことにより、人材育成がしやすくなったという薄井さん。地元の高齢者、主婦、障がい者などを積極的に育成し、アルバイト雇用しています。「おかげで大口注文に対応できるようになりました。ここ数年は、地元のレストラン、オフィス、幼稚園、観光施設などから大きな発注があり、利益が出るようになりました」。広大な廃校舎では、大型品を製作したり、一括納品のために在庫を大量にストックしたりすることが容易です。これはまさに廃校活用のメリットだといえるでしょう。
地域内外から人が
集うように
木工の製作販売と並び、薄井さんが力を入れているのは、簡単すぎ木工のプログラム提供です。プログラムは大きく分けると、電動工具・木工機械を使う本格的な「簡単すぎ木工塾」と、部品を組み立てて仕上げる「簡単すぎ木工体験」があり、それぞれに多彩なコースを用意しています。「木工塾の塾生は現在350名ほど。首都圏からも多数来訪しています。時間割はないので、自分のペースでいつでも受講可能。こどもがもうすぐ小学校に上がるから学習机をつくろうとか、孫の誕生日に滑り台をプレゼントしたいからなど、みなさん好きなタイミングで製作に来ますね」
幼児から大人まで楽しめる木工体験は全15コース。フォトフレーム、ペンケース、スツール、小さい棚などいろいろつくれます。特に端材を使う木片木工コースはこどもに人気。形や大きさの異なる木片を自由自在に組み合わせる造形体験が、思考力と創造力を育みます。「家族でつくっているうちに、親御さんの方が夢中になっているというケースもよくあります」
気軽に遊びに行ける施設は、地域の方々にとっても大切な存在です。「校庭の草刈りをしてもらったり、県産の大谷石でピザ窯をつくってもらったりと、いつも地域の方々に助けられています」。木工体験に限らず、施設をさまざまなイベントに広く開放することで、地域内外から人が集まり、過疎地ににぎわいが生まれています。
「日本は森林大国です。全国のいたるところに植林されたスギ・ヒノキがまだまだ放置されています。その地域資源と廃校を有効活用する木工館が、全国に増えていくことを願っています。地域活性化をもたらす木工館づくりのノウハウを、他の自治体にもぜひ提供したいですね」。そう話す薄井さんは、今日も木工の魅力と可能性を発信しています。
喜連川丘陵の里 杉インテリア木工館
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