先進自治体の教育長に聞く、ICT活用の成果と課題 第1回 教育長座談会「教育の未来をデジタルで切り開く:教育DXの成功事例とこれから」|教育新聞

先進自治体の教育長に聞く、ICT活用の成果と課題 第1回 教育長座談会「教育の未来をデジタルで切り開く:教育DXの成功事例とこれから」

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 教育新聞ブランドスタジオでは、地域ごとの特徴を生かして、先進的なICT活用を実践している自治体の教育長による「教育長座談会」を今夏よりスタートした。第1回は、日本で初めてコンピュータ教育活用を始めた茨城県つくば市の森田充氏、東京都初となる1人1台端末を整備した東京都荒川区の高梨博和氏、校務システムをはじめ、保護者連絡ツールやデジタル採点システムなど教員の働き方改革にも注力している東京都葛飾区の小花高子氏の3名の教育長に、実践から見えた課題から、NEXT GIGAの展望、生成AIの活用までを語っていただいた。

コロナ禍を経て「ICT活用が当たり前」の日常に

――まず、GIGAスクール構想以前から活用されているICTについて、どのように始まったかを教えてください。

東京都荒川区教育長 高梨博和氏(以下、高梨):荒川区は、「家庭の経済状況に関わらず、すべての子どもたちに最良の教育環境を整える」ことを目指し、2014年に、荒川区の全小・中学校にタブレットを整備しました。2025年4月の3回目の端末更新に向けて、すでに事業者の選定をしています。10年ほどタブレットを導入して授業を進めていく中で、特別支援教育でもICTは大きな効果を上げていると感じています。

東京都荒川区教育長 高梨博和氏
東京都荒川区教育長 高梨博和氏

茨城県つくば市教育長 森田充氏(以下、森田):つくば市は1977年、筑波大学の協力で全国に先駆けてICT教育をスタートしました。最初は45人学級にあわせて45台のパソコンを整備しました。当時から、個に応じる指導と、お互いの相互作用を大切にするという2つの柱で研究をしていましたが、その後のGIGAスクール構想によって、個別最適化と協働的な学びがさらに加速しています。

高梨:つくば市さんと荒川区は元々交流があり、8つの自治体の首長が発起人となった「全国ICT教育首長協議会」でご一緒しています。

森田:ICT活用の初期から、お互いの研究発表会を視察し合ってきましたね。

茨城県つくば市教育長 森田充氏
茨城県つくば市教育長 森田充氏

東京都葛飾区教育長 小花高子氏(以下、小花):葛飾区は、単独で進めてきたパターンですね。最初の取り組みは、2011年度の校務系システムの導入に始まり、2016年度にはタブレットの導入等、学習系システムの運用を開始しました。

 また、それに併せ、特別教室も含めたすべての教室へ、大型提示装置の整備を先行して取り組んできました。その下地があったからこそ、1人1台のGIGA端末の導入に当たっても、ICTの活用が円滑に進んでいったと感じています。

東京都葛飾区教育長 小花高子氏
東京都葛飾区教育長 小花高子氏

高梨:電子黒板は学校現場でもかなり活用されるようになりましたね。

森田:最初は、「全部の教室に電子黒板を入れる必要はないでしょう」と言われることもありましたが、今では教師用デジタル教科書とセットでなくてはならないものになっています。経験の浅い先生も、これらのツールを活用すれば、ある程度の授業ができるという“質の保障”にもなります。

小花:当初はうまく活用できるのかを心配していましたが、現在は活用も広がり、音楽や美術、技術家庭などの特別教室でも無くてはならないものとなっており、電子黒板の効果を実感しています。

高梨:ICT活用が進んだ背景には、やはり、コロナ禍での休校が大きかったですね。コロナ以前は、区議会も保護者の方も「端末があると、子どもがインターネット漬けになってしまうのでは」と心配する声があり、自宅に端末を持ち帰っていなかったんです。けれど、休校になった際、「使い慣れた端末で自主学習したい」という子どもたちからの要望を受けとめ、持ち帰るようになりました。

森田:つくば市でも持ち帰りを始めた際は、動画ばかり見て困るといった声もありましたね。そこで、つくば市の小中学校全体で、GIGA端末の使用ルールをつくることにしました。学校だけで決めるのではなく、必ず保護者とも話し合いをしていただくことで「自分事」である意識を持っていただくという狙いもありました。ルールメイキングそのものも効果はありますが、自分でGIGA端末の使い方を考えることは、子どもたちの意識を変える足掛かりになったと思います。

つくば市がめざす「シームレス教育」
つくば市がめざす「シームレス教育」

小花:端末の持ち帰りや充電方法は、どこの自治体も議論されたと思いますが、葛飾区ではタブレットを家庭学習でも積極的に活用するため、教室に充電保管庫は置かず、ご家庭で充電していただくことにしました。現在まで、大きなトラブルはなく、活用ができています。

課題はコンテンツの増加・拡大に伴うネットワークの強化

――では、これまでの実践を踏まえて、現在、皆様が感じている課題は何でしょうか。

高梨:これまでの課題のひとつに、「児童生徒が端末を持ち帰っても、Wi-Fi環境のない家庭では使えない。荒川区ではモバイルルーターの貸し出しは行っているが、面倒で申請しない」ということがありました。そのため、第3期の端末更新ではLTE回線を搭載し、ご家庭でだけでなく、校外学習や修学旅行でも持っていけるようにしたいと考えています。

森田:LTEの場合、1人あたりの通信容量はどのくらいですか。

高梨:1か月7GB程度の予定です。

小花:葛飾区はWi-Fiモデルのタブレット環境ですが、荒川区さん同様に、コロナ禍からルーターの貸し出しを行っていますが、現在は貸出数も減り、ご家庭での通信環境は整ってきたようです。LTEモデルのタブレットは、学校内のネットワーク環境に左右されず、また「どこでも端末が使える」メリットはありますよね。葛飾区はWi-Fiモデルですが、今のところ学校内のネットワーク環境も概ね整っており、支障なく活用が進んでいます。つくば市さんはいかがですか。

森田:同じく、つくば市もWi-Fi環境ですね。現在は使えているものの、今後コンテンツの利用がどんどん多くなっていくことを考えると、快適に使える回線の環境整備は大きな課題です。LTEにするのもひとつの解ですが、私としては、国に公共Wi-Fiをもっと整備してほしいと思います。

高梨:ただ、公共Wi-Fiはセキュリティ面が問題になりますね。

森田:ですから、一番の理想は「教育用の公共Wi-Fi」の整備です。子どもを育てる日本としてGIGAスクール構想を推進していくのであれば、ぜひネットワークの強化にももっと取り組んでほしいと思います。

生成AIやICTの活用とともに「心の教育」も大切

――近年、教育における生成AIの活用も大きな話題になっています。つくば市では、5年生から生成AIを学ぶ授業を実施されていますね。

森田:5年生から9年生(中学3年生)で授業を行っています。2022年にChatGPTが登場した当初から、「使わない」という選択肢はないと考えていました。そこで、まず生成AIのメリットとデメリットをしっかり理解し、よりよい使い方を体験しながら段階的に学んでいくという方針を決めたうえで、全教員に伝えました。つくば市で毎年作成している「プログラミング学習の手引き」にも、AIについての考え方や指導案なども掲載し、各校で実践してきたことで、教員・児童生徒ともに、生成AIをある程度理解したうえで活用するようになってきたと感じています。

小花:森田先生がおっしゃる通り、生成AIの仕組みやリスクを教えることは必要だと思っています。葛飾区では、まだ児童生徒に対しての指導は行っておりませんが、まずは今年度中に教員が生成AIを活用できる環境を準備したいと考えています。

 生成AIの利用については、保護者の同意もいただいたかと思いますが、その際問題はなかったでしょうか。

森田:最初は不安に感じていて相談されるご家庭もありましたが、学校が活用で目指していることや使い方を丁寧に説明したことで、「そういう使い方であれば、子どもの学びに使ってほしい」と同意をいただくことができました。

高梨:AIやICTの活用を進める一方で、「心の教育」として、実際に目で見て感動できる体験や読書活動も大切ですね。ICTやAIは便利ですが、それだけで完結しないよう、図書館で調べものをしたり植物を育てたりといった活動を、荒川区では重点的に進めています。子どもたちが自分自身で考えていくこと、そして、考える材料をどうあたえていくかということが、教育の中ではもっとも大切だと考えています。

NEXT GIGAでは、端末を活用して「学びをいかに深めていくか」

森田:NEXT GIGAについてさまざまな意見が交わされていますが、私が今一番考えているのが、いかに、「子どもたちの学びが、より深まっていくのか」という点です。

 今日まで活用を重ね、使い方も向上してきました。子どもたちも「こんな使い方ができる」と分かってきました。これからは、さらに学校の壁を越えて、子どもたち同士で情報を共有し対話をしたり、あるいは専門家から情報を得たりといった使い方もできるでしょう。その壁を取り払えるのが、GIGA端末です。

 「学びを、より深める」ために端末をどう使うのかを考えていく。それによって、最初は調べ学習からスタートした探究学習も、さらに深い本物の探究へとつながっていくでしょう。

小花:そうですね。端末をどう使っていくかによって、教育も充実していくと思っています。葛飾区でも海外の大学生と英語で交流を行うなど、幅広く活用しています。

 毎回の授業の中で、いかに主体的対話的で深い学びの視点で端末を有効に活用していくか。そして、教員や学校間での差がなく、向上していくことができるかが、とても重要ですね。

森田:子どもたちには、「あ、こんなことをやっていいんだ」という、よい使い方を見つけて、どんどん横展開してほしい。本当に自分が学びたいこと、私はそれを「本物の問い」と呼んでいますが、その問いを見つけて、とことんやってほしい。教員はそれをどんどん伸ばしてあげてほしいと思います。

高梨:今、お2人がおっしゃったように、「使い方」だと思います。ICTはあくまでも教育ツールのひとつなので、頼りきりになってしまうのではなく、効果的な場面で使うことで成果を発揮してくれます。

 色々な可能性があるという意味では、荒川区では、近年増加している不登校の生徒に向けた適応指導教室で、メタバース上の教室も開放しています。これは、東京都教育委員会が行っている「VLP(バーチャル・ラーニング・プラットフォーム)」事業で、オンラインの学習ツールやプログラミング教材を使い、自分のペースで学ぶこともできます。

荒川区が行っている適応指導教室「みらい」のVLP
荒川区が行っている適応指導教室「みらい」のVLP

子どもたちの環境をつくるために、全国の自治体で課題を共有したい

――興味深いお話をありがとうございました。最後に、全国の自治体、教育委員会、学校現場の皆様へメッセージをお願いします。

森田:近年、教員志望が減少していますが、私自身の経験からも、教員は素晴らしい仕事だと思っています。子どもたちが生き生きして幸せを感じてくれれば、それが教員のやりがいになり、その姿が次の教員を生み出していくでしょう。

 ICTは子どもたちにとって最高の道具です。授業づくりに長けた教員と、ICTに詳しい教員との間で対話が生まれると、「こんな使い方がある」「自分もやってみよう」となり、学校としても大きな成長につながる。そんな学校になってほしいと思っています。

小花: ICTは、子どもたちにとっては学びを深める可能性を秘めた道具でもあり、一方、教員にとっても働き方改革を進め、本来の仕事に注力するためにもとても重要です。各自治体が単独で頑張っているだけでは難しい部分もありますので、ぜひ、全国の方々と課題や情報を共有できたらと思います。

葛飾区の教育情報化推進プラン
葛飾区の教育情報化推進プラン

高梨:日本全国の教育委員会の方々が、子どもたちの学びを深めるために努力したひとつが、ICT教育の充実だと思っています。多くの課題もありますが、全国の自治体がともに悩んで改善点を探り、家庭の経済状況に関わらず、日本の全ての子どもたちが将来に夢を持って育っていける環境をつくっていきたいと考えています。ぜひ、情報交換をしながら実績を積み重ね、必要に応じて国に要望を出し、一緒に頑張りましょう。

――ありがとうございました。