特急「かんぱち・いちろく」 | JR九州
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Concept Concept コンセプト

ゆふ高原線の風土を
あじわう列車

”風土”すなわち、その土地の気候や地勢、そこから生み出される土地の食や風習、風景を五感で楽しむ列車です。

春の由布岳

Operating route Operating route 運行ルート・時刻

運行ルート図

How to enjoy trains How to enjoy trains 列車の楽しみ方

全曜日のお食事
金曜日のお食事
土曜日のお食事
日曜日のお食事

福岡・大分の
厳選された食材で
作られたお食事

運行コース、曜日ごとに福岡・大分の料理人が腕を振るったお食事をお楽しみいただけます。

田主丸駅お迎え河童
恵良駅
うきは駅ホーム
天ヶ瀬駅御足湯

沿線で出会う地域の
皆さまの
おもてなし

途中の停車駅では沿線地域の皆さまによるおもてなしを受けることのできる“おもてなし駅”を設定し、
停車駅での地元の方々との触れ合いや特産品の販売などをお楽しみいただけます。
停車駅ごとに異なる“おもてなし”で沿線地域の風土を感じることができます。

特急かんぱち・いちろくロゴ

Birth and Origin Birth and Origin かんぱち・いちろく
誕生と由来

この新たなD&S列車の列車名は久大本線全線開通の
実現ならびに、現在の久大本線を形作ることとなった
歴史的にも縁深い御二方、麻生 観八氏、衞藤 一六氏のお名前に
由来するものである。

北由布、南由布 両村を通せ!

旧大分県農工銀行頭取 衞藤(えとう) 一六(いちろく)

  • 1870年(明治3年) 北由布村溝口家の四男として誕生
  • 1891年(明治24年) 21歳で衛藤家に養子として入る
  • 1913年(大正2年) 大分県農工銀行に転じる
  • 1922年(大正11年) 大分県農工銀行 常務取締役
  • 1925年(大正14年) 湯平~北由布(現由布院駅)開通
    南由布駅、北由布駅開業
    駅の開設と並行して北由布村は周辺の道路整備、役場、
    小学校 などの建設を進めた
    のちに、住宅、商店なども建つことで大発展を遂げた
  • 1926年(大正15年) 大分県農工銀行 頭取
  • 1928年(昭和3年) 衞藤 一六氏逝去

【参考文献】九州の鉄道おもしろ史

【協力】衛藤 道哉さま

衛藤一六氏

大分~久留米間に鉄道を…

舟来屋(ふなこや) (現八鹿酒造(やつしかしゅぞう))3代目 麻生(あそう) 観八(かんぱち)

  • 1865年(慶応元年) 日田の豪商 草野家の五男として誕生
  • 1880年(明治13年) 15歳の若さで麻生家に養子として入る
  • 1885年(明治18年) 20歳で舟来屋・麻生酒造場を再興
    各種公共事業の取り組みをはじめる
    井路の建設(農業水利施設)や電気会社の発起人
  • 1906年(明治39年) 「久大線敷設」の運動を始める
    (当時 玖珠郡会議長)
  • 1907年(明治40年) 右田井路の完成
  • 1911年(明治44年) 九州水力電気(株)設立 監査役就任
  • 1915年(大正4年) 大湯鉄道会社により大分~小野屋間開通
  • 1919年(大正8年) 大分~久留米間 久大線敷設の法案可決
  • 1928年(昭和3年) 麻生 観八氏 逝去
  • 1929年(昭和4年) 遺徳をしのぶ人々により銅像が建てられる

【参考文献】八鹿物語(復刻本)、九州の鉄道おもしろ史

【協力】八鹿酒造(株)

麻生観八氏

hand flag hand flag 手旗を振ろう

停車駅や沿線などから「かんぱち・いちろく」に向かって
みんなで旗を振りませんか?

特急かんぱち・いちろくと手旗