vol.27 後悔しない矯正歯科へのかかり方:トレンドウォッチ:本会の活動・ニュース|矯正歯科専門の開業医団体「日本臨床矯正歯科医会」

vol.27 後悔しない矯正歯科へのかかり方:トレンドウォッチ:本会の活動・ニュース|質の高い矯正治療と安心の提供に努める矯正歯科専門の開業医団体「日本臨床矯正歯科医会」

vol.27 後悔しない矯正歯科へのかかり方

vol.27 後悔しない矯正歯科へのかかり方 

~秋のオンラインプレスセミナーより~ 後悔しない矯正歯科へのかかり方

矯正歯科の専門開業医の団体、公益社団法人日本臨床矯正歯科医会は、昨秋、マスコミ関係者を対象に、オンラインセミナーを開催しました。テーマは「後悔しない矯正歯科へのかかり方」。独自の調査結果や公式ホームページに寄せられた患者さんの声などを踏まえて解説された、その内容についてご紹介します。 (記事作成 2021年3月4日)取材・文:冨部志保子(編集・ライター)

安易な矯正歯科治療で
後悔しないために知っておきたいこと

矯正歯科治療の目的は、よい咬み合わせをつくること

近年、幅広い年代層の人が受けるようになった矯正歯科治療。今、このホームページをご覧のあなたも、治療に関心のあるお一人ではないでしょうか。そんなあなたに、質問です。矯正歯科治療とは、どのような治療だと思いますか?

歯をきれいに並べる治療?

いいえ、矯正歯科治療とは単に歯並びをよくするだけではなく、「悪い咬み合わせを改善してよい咬み合わせ、もしくはそれに近い状態にすること」です(『新編 歯科矯正学』高橋新次郎著より)。

よい咬み合わせの基準には、次の5つが挙げられます。

1. 上下の歯並びがおおらかなU字型である
2. 上下の歯並びの中心線が一致している
3. 前歯でサンドウィッチや麺類がすっと咬み切れる
4. 犬歯から奥の歯が上あごの歯1本に対して、下あごの歯2本の割合で隙間なく咬み合っている
5. サイコロ状の肉を左右の奥歯でしっかりと噛める

左:上下の歯列がきれいなU字型中:中心線(正中線)が一致右:犬歯より奥の歯が1歯対2歯で噛み合っている
左:上下の歯列がきれいなU字型
右上:中心線(正中線)が一致
右下:犬歯より奥の歯が1歯対2歯で噛み合っている

そして、よい咬み合わせの反対にあたるのが、よくない咬み合わせ(不正咬合)となります。その代表例として上顎前突(出っ歯)や下顎前突(受け口)などがありますが、不正咬合の状態や程度は人それぞれで、なかには上顎前突で叢生(そうせい/乱ぐい歯)もあるなど、複数の問題を抱えていることも少なくありません。

上左から、上顎前突、下顎前突、叢生 下左から、過蓋咬合、開咬、交叉咬合
上左から、上顎前突、下顎前突、叢生
下左から、過蓋咬合、開咬、交叉咬合

取り外しができるアライナーは、適応症が限られる

そもそも矯正歯科治療とは、こうした不正咬合を改善し、安定してよく噛める状態(=整った美しい歯並び)をつくるために行うものです。

にもかかわらず、近年、本来の目的から離れた矯正歯科治療によるトラブルが増加しています。その原因のひとつが、カスタムメイドのマウスピース型矯正装置(以下、アライナー)を用いた不適切な治療によるものです。

アライナーとは、患者さんの石膏模型やデジタルデータをもとに技工所で作成された厚さ0.5ミリ程度の透明なマウスピース型の装置のことです。アライナーを用いた矯正歯科治療とは、この装置を1日約20時間以上口の中に装着して歯を動かしていくというもので、患者さんは、歯の移動に伴い、あらかじめ決められた数種類のアライナーを順次使用することとなります。

カスタムメイドのマウスピース型矯正装置(アライナー)。上下の歯に、この透明の装置を装着する
カスタムメイドのマウスピース型矯正装置(アライナー)。
上下の歯に、この透明の装置を装着する

矯正歯科治療のスタンダードであるマルチブラケット法は、基本的に歯の移動が終わるまで装置を装着したままですが、アライナーは食事や歯磨きのときに取り外すことができ、装着時も目立たないのが利点です。その半面、マルチブラケットがほぼすべての不正咬合に対応できるのに対し、アライナーはマウスピース状の装置という特性上、矯正力がマルチブラケットに比べてコントロールしにくく、適応が“軽度な不正咬合”に限定されることが多いようです。また、1日の装着時間が短いと歯が動かず、治療効果が上がりません。

マルチブラケット法では、歯の表面にブラケット(矯正器具)をつけ、その溝にアーチワイヤーを組み込み、歯を3次元的に移動させる
マルチブラケット法では、歯の表面にブラケット(矯正器具)をつけ、
その溝にアーチワイヤーを組み込み、歯を3次元的に移動させる

さらに、アライナーは国内外で製作されたものを問わず、日本の薬機法(旧薬事法)上の医療機器に該当しないことも知っておくべき点です。そのため、本来はアライナーを用いた治療に関する効果は、診療所のホームページなどで訴求することはできません。しかし、一部の歯科医院では「痛くない」「簡単に取り外しができる」「治療費が安い」といった極端なメリットを喧伝し、アライナーを安易に治療に用いるケースが増加しています。
それに伴い、治療のトラブルも増えているのです。

「簡単」「便利」「安価」をうたう歯科医院には要注意

公益社団法人日本臨床矯正歯科医会(以下、矯正歯科医会)が公式ホームページ内で運営する「矯正歯科何でも相談」にも、「廉価なアライナーを用いた治療で、もともと正常だった咬み合わせがおかしくなってしまった」という相談が多数寄せられています。

矯正歯科医会会員の診療所(矯正歯科)では、必要に応じてそうした患者さんの再治療を行っています。しかし、残念ながら一度おかしくなった咬み合わせをもとの正常な状態に戻すことは大変困難です。そのことを考えても、患者さんの独自判断で「簡単」「便利」「安価」をうたう矯正歯科治療を選択することは避けることが賢明です。

ここまで読んで、アライナーという装置に問題があるように思われたかもしれませんが、そうではなく、本来は不適応な症例なのにもかかわらず、アライナーで治療することに問題があるのです。矯正歯科専門医院では個々の患者さんで異なる不正咬合に対応するため、複数の選択肢から最適なものを選び、治療法を提案します。アライナーはその選択肢の中の一つであり、決して「アライナーありき」で治療するわけではありません。

矯正歯科では、さまざまな装置を症例に応じて使い分ける
矯正歯科では、さまざまな装置を症例に応じて使い分ける

そのため、仮に患者さんの強い要望でアライナーを用いた矯正歯科治療を行う場合も、あらかじめ患者さんにはアライナーの限界をお伝えし、治療途中で思うような成果が出なければマルチブラケットに切り替えてリカバリーすることが可能です。

つまり、近年増えているアライナーを用いた不適切な矯正歯科治療のトラブルは、矯正歯科治療の経験が少ない歯科医師が、安易にアライナーで治療した結果、起こったものといえるのです。

以下に、アライナーを用いた矯正歯科治療を安心して受けていただくために知っておきたいことをチェックポイントにまとめました。ぜひ、お役立てください。

医療機関を選ぶときのチェックポイント

  1. 常勤の矯正歯科医がいる
  2. セファログラム(頭部X線規格写真)撮影装置が設置されている
  3. 口腔内審査、顎口腔機能検査、模型分析、セファログラムの分析などを行った後、治療担当医(矯正歯科医)自身が診断している
  4. 治療担当医が治療計画、治療費用について詳細に説明をしている
  5. 治療担当医が治療を中止および転医の場合の治療費の精算などについて説明している
  6. 治療担当医がアライナーに適応する症例かどうかを鑑別して説明している
  7. 治療担当医がアライナーの治療で十分な結果が得られない場合の代替え治療法について説明している
セファログラムによる検査は、矯正歯科治療には必須。本検査を行うことで、上下のあごの大きさやズレ、あごや唇の形態、歯の傾斜などの状態を正確に知ることができる
セファログラムによる検査は、矯正歯科治療には必須。本検査を行うことで、上下のあごの大きさやズレ、あごや唇の形態、歯の傾斜などの状態を正確に知ることができる

患者さん自身が知っておきたいチェックポイント

  1. アライナーは国内外で製作されたものを問わず、日本の薬機法上の医療機器には該当しないことを知っている
  2. 歯科医がアライナーを用いて治療する場合には、診断、治療計画、アライナーの設計などについて、矯正歯科学的な専門知識が必要なことを知っている
  3. アライナーの適用には、推奨される症例と、推奨されない症例があることを知っている
  4. アライナーによる治療の結果は、アライナーの装着時間(1日20時間以上)に左右されることを理解している
  5. アライナーの治療で十分な結果が得られなかった場合、治療目標を達成するために、マルチブラケット法による追加の治療が必要となる場合があることを知っている

長年治療しても終わりが見えず
矯正歯科で再治療するケースも

では、アライナーを用いた不適切な矯正歯科治療によって、どのようなトラブルが起きているのでしょうか。ここでは2人の患者さんを例に挙げながら解説します。

アライナーで上下の歯が噛み合わなくなったAさんの場合

Aさんが矯正歯科にはじめて来院したのは、13歳のときでした。それまで約4年間、Aさんは一般歯科にアルバイトに来ていた小児歯科医によるマウスピース型矯正装置を用いた治療を受けていました。
もともとの咬み合わせは受け口(前歯部の反対咬合)で、本来なら永久歯に生え変わった時点でマルチブラケットによる矯正歯科治療が必要であったにもかかわらず、前小児歯科医がマウスピース型矯正装置を用いた安易な治療を行ったことが原因で、咬み合わせがより崩れ、咬んでも上下の歯の間に隙間が空く状態になってしまいました。

マウスピース型矯正装置
マウスピース型矯正装置

Aさんが矯正歯科を訪れたときには、食べものをしっかり嚙み切ることができず、上下の歯を合わせるたびに歯の先端同士が接触する状態でした。このままだと、体の健康に悪影響を及ぼし、接触の衝撃でハグキも痛めてしまいます。

矯正歯科の初診時(13歳10か月)
矯正歯科の初診時(13歳10か月)

そこで、矯正歯科にて精密検査・診断を行い、Aさんの同意のもと、上下左右の第一小臼歯(前から4番目の歯)を計4本抜歯してマルチブラケットを装着、矯正歯科治療に入りました。

動的治療中(18歳0か月)
動的治療中(18歳0か月)

約4年におよぶ動的治療の結果、Aさんの咬み合わせは改善し、上下の歯が安定的に咬み合うようになりました。機能的な咬み合わせは見た目もすっきりと美しく、毎日の歯みがきもしやすいため、健康な歯を長く保ちやすいのが大きなメリットです。治療を終えて2年経つ今も、Aさんは安定した咬み合わせを保っています。

動的治療終了後(26歳)
動的治療終了後(26歳)

非抜歯にこだわり、7年かけても治療が終わらなかったBさんの場合

Bさんが33歳で矯正歯科を訪ねた際の主訴は、「あごのずれが気になる」「上下の歯がちゃんと嚙み合わない」というものでした。

Bさんはそれまで非抜歯による矯正歯科治療で有名な歯科医院にて、7年間アライナーを用いた治療を受けていました。しかし、歯列が広がるだけで、上下の歯が嚙み合わなくなったうえ、治療終了のめども一向に立たないため、思い切って矯正歯科への転医を決めたのです。

矯正歯科初診時(33歳)
矯正歯科初診時(33歳)

矯正歯科での初診時、Bさんは前医のもとで採得した、非抜歯治療を受ける前の石膏模型を持参しました。前医初診時と矯正歯科初診時を比べると上あごの大臼歯(奥歯)部で8.46ミリ、下あごの大臼歯部で5.60ミリ拡大していました。

左:前医初診時 右:矯正歯科初診時
左:前医初診時 右:矯正歯科初診時

ここでぜひ知っておいていただきたいのが、成長が終了している成人の場合、歯列を無理に広げても歯を支える土台であるあごそのものは広がらないため、一見、きれいに歯が並んでも咬み合わせが崩壊し、歯周組織や顎関節などに悪影響を及ぼすということです。
※非抜歯治療に関しては、「トレンドウォッチvol.25 /歯を抜かない(非抜歯)矯正歯科治療の現状と課題」でくわしくご紹介していますので、ぜひご覧ください。

そこでBさんは、矯正歯科で上顎左右の第二小臼歯と下顎左の第一小臼歯を抜歯したうえで、マルチブラケットによる矯正歯科治療を開始。約2年の歳月をかけ、写真のようにすっきり整った咬み合わせとなりました。

動的治療終了後(35歳)
動的治療終了後(35歳)

過去の画像を比べると、その違いは一目瞭然です。

左~右:前医治療前(26歳)→矯正歯科初診時(33歳)→動的治療終了後(35歳)
左~右:前医治療前(26歳)→矯正歯科初診時(33歳)→動的治療終了後(35歳)

矯正歯科は、
専門性の高い医療分野です

意識調査の結果にみる課題

日本の医療制度では「自由標榜制」が採用されており、「矯正歯科」という診療科目は歯科医師であれば誰でも出せることになっています。極端にいえば、臨床経験がなくても、「矯正歯科」の看板を掲げることができるのです。

しかし、実際には矯正歯科は専門性の高い医療分野で、矯正歯科医になるためには大学の歯学部を卒業後、1年間の臨床研修を経た後、5年以上の専門研修が必要となります。この専門研修では、単に口腔内だけでなく、頭部(頭蓋、顔面)の成長発育や不正咬合の原因、先天異常などについて幅広く習得します。

このことからもわかるように、矯正歯科治療は専門性の高い医療分野です。しかし、それがどれほど理解されているのでしょうか――。

矯正歯科医会では、矯正歯科治療の専門性に対する世の中の意識と治療を受ける際の医院選びの基準や情報源についての現状を把握するため、2020年、インターネットによる意識調査を行いました(対象:20歳代から60歳代の男女1000人)。ここでは、その結果をもとに矯正歯科治療をとりまく課題を浮き彫りにします。

調査結果では、「矯正歯科治療は専門性が高い治療だと思いますか?」という質問に対し、約8割の人が「思う」と回答しました。

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しかし、「受診しようとする(受診した)矯正歯科の選択基準は?(複数回答)」という質問に対しては、「利便性」「噂や口コミ」「費用」「ホームページ」が上位を占め、情報源としては口コミやホームページをあげる回答が多数でした。

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また、「治療を受ける医院の選択基準で一番重要視するところは?」という質問に対しては「費用が安価であること」が最多で、その後「通院に便利な立地条件」「矯正歯科専門の歯科医院」という回答が続きました。

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「安・近・便」よりも専門性の高さを第一に

これらの回答を総合して見えてくるのは、「矯正歯科は専門性が高い」という認識を持ちながらも、近さや便利さを優先するという行動です。また、医院選びでもっとも重要視するのは「費用が安価」であることであり、データを解析すると、その傾向は20代の女性において特に高い傾向にありました。
残念なことに、「矯正歯科専門の歯科医院」であることを最重要視している人は、全年齢において約2割しかありませんでした。

ここに、昨今のトラブルの原因があると考えます。といっても患者さんの意識に問題があるということよりも、矯正歯科医会のような矯正歯科専門開業医の団体が、今後さらに「専門性の高さ」の重要性をしっかりと啓発していくことが重要なのです。同時に、医院選択の動機として「ホームページ」が上位にあがっていることから、歯科医院のホームページには本来の目的とはかけ離れた「安い」「便利」といった喧伝が隠れていることも啓発していく必要があります。

「6つの指針」を医院選びに
役立てましょう

治療前に知っておきたい6つの指針と十か条

こうした点を踏まえ、矯正歯科医会では、安心できる矯正歯科治療を受けるために、次の6つの指針を提唱しています。

安心して治療を受けていただくための6つの指針

1. 頭部X線規格写真(セファログラム)検査をしている
2. 精密検査を実施し、それを分析・診断した上で治療をしている
3. 治療計画、治療費用について詳細に説明している
4. 長い期間を要する治療中の転医、その際の治療費精算まで説明をしている
5. 常勤の矯正歯科医がいる
6. 専門知識がある歯科衛生士、スタッフがいる

また、矯正歯科にかかるときには、次のことを覚えておくとよいでしょう。

矯正歯科にかかるときの十か条

1. 相談内容は、事前に整理しておく
2. 悩みは、しっかりと伝える
3. 治療の前に、きちんとした検査を受ける
4. 大切なことは、メモをとって確認する
5. わからないことは、何度でも質問する
6. 主人公は自分だと認識する
7. 先生や歯科衛生士とのよりよい関係づくりを意識する
8. 治療中、治療経過を聞く
9. 通院時には、前回からの変化を伝える
10. 矯正歯科治療にも限界があることを理解する

今回の「トレンドウォッチ」が、あなたのよい咬み合わせと美しい歯並び、そして健やかで楽しい人生に役立つことを祈っています。