地球温暖化と化石資源 | 一般財団法人 日本経済研究所

地球温暖化と化石資源

2024年6-7月号

森川 宏平 (もりかわ こうへい)

株式会社レゾナック・ホールディングス 会長

「地球温暖化」という言葉が一般的になったのはいつ頃だったろうか。調べてみると「1970年代の終わり頃から地球温暖化に関する科学者の報告が活発に行われはじめた」とあります。
それから10年ほどたった1989年に真鍋淑郎博士(2021年にノーベル賞を受賞)が、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が上昇すると、地球上に気温上昇を引き起こすことを気候モデルで示した世界初の論文を発表し、これをきっかけに、各国で二酸化炭素排出量の削減への取組みが始まりました。そして現在では地球温暖化問題は大気中のCO2の濃度の上昇をいかに抑えるかという問題に集約されてきたようです。
地球温暖化へのCO2寄与率は80%弱とされており、この数字を見れば地球温暖化問題がCO2に集約されるのはうなずけます。
さまざまな議論を経て、CO2の排出量と吸収量を均衡させることによってこれ以上大気中のCO2濃度を上げないというカーボンニュートラル(CN)を達成しようという大きな方向性が定まりつつあります。
CO2の主な発生源は化石資源の使用によるものです。単純に考えると、化石資源を使わない生活をすることでCN達成に大きく近づくはずです。
しかしながら化石資源を使わない生活への移行は簡単ではありません。なぜなら今の我々の生活は 「化石資源から得られるエネルギー」 と 「化石資源を原料とする有機化合物」の存在を前提に成り立っているからです。
後者への依存は、あまり明確に意識されていないかもしれません。化石資源を原料とする有機化合物がないと半導体や医薬品や衣類をはじめとして、我々にとって当たり前に存在しているものの多くが消えてしまいます。エネルギーを再生可能エネルギーに変換できたとしても、化石資源を原料とする有機化合物への依存を解決しなければ我々の生活は産業革命以前に戻ることになります。
では今までのように化石資源を使用しながらCCS(CO2を回収し、地中などに貯留する技術)等によりCO2の吸収量を増やすという方法が解決策になるのでしょうか。CO2の収支という観点からは解決策になっているようにみえますが、地球の(というより人類の)持続可能性という点からみると、化石資源を必要なだけ使用するという今の生活はおかしいと私は考えています。
化石資源の起源についての最も有力な説の一つが、「約2億年から数千万年前に大量の炭素(プランクトン・藻類等)が地中に堆積し、その地中に堆積した炭素が数千万年かけて化石資源になった」というものです。
人とチンパンジーの分化が1000万~300万年前と言われているので、大量の炭素が地中に埋まった状態が今の生態系にとっては定常状態です。
ところが人類は地中に数千万年以上埋まっていた炭素分を産業革命以降のわずか300年弱で化石資源の大量消費という形でCO2に変換してきました。
普通に考えると、生態系におかしなことが起こっても不思議ではありません。地球温暖化は「おかしなこと」の一つです。地中の炭素分をCO2に変換し続けることは(たとえそれを地中に埋め戻したとしても)生態系の、そして人類の持続可能性自体に疑義が生じる極めて深刻な問題ではないでしょうか。
これ以上地中にある炭素分を使用せず、地上にある炭素分を循環利用する『炭素循環社会』の実現によるCNが目指す姿だと思います。
地上に比較的豊富にある炭素分とは「廃棄物」、「バイオマス」そして「CO2」です。これらを循環利用するために必要なのは、廃棄物、バイオマス、CO2を化石資源化する技術です。
廃棄物、バイオマスの大部分は分子量の大きな有機化合物であり、化石資源の原料となったプランクトンや藻類と同じです。地球が数千万年かけてプランクトンや藻類から作り出した化石資源を廃棄物やバイオマスから一瞬で作る、いわば人造化石資源です。この技術が難しいことは理解していただけると思います。
難しいからと言って立ち止まっている時間は残されていません。人類の持続可能性への疑義が不可逆な段階にまで進行する前に、人造化石資源の技術を完成させなければなりません。
化石資源がもたらしてくれた「便利さ」、「快適さ」という恩恵を受けてきた我々には、この技術を完成させる責務があります。この後何世代にもわたって恩恵を受け続けるためにも。

著者プロフィール

森川 宏平 (もりかわ こうへい)

株式会社レゾナック・ホールディングス 会長

1957年東京都生まれ。東京大学工学部(合成化学科)卒。昭和電工(現 株式会社レゾナック・ホールディングス)入社。精密化学品部長、特殊化学品部長、化学品開発部長、執行役員、取締役常務執行役員、最高技術責任者(CTO)を歴任し、2017年1月代表取締役社長(CEO)に就任。2022年1月代表取締役会長。2024年3月より取締役会長。