なぜ今、Society 5.0を目指すのか
社会とテクノロジーの双方が求める“未来”
日本の再興戦略として「Society 5.0=超スマート社会」の実現が掲げられています。Society 5.0は、2050年ごろの社会の“あるべき姿”だとされ、2030年をメドに具体化するのが1つの目標です。しかし今なぜ、Society 5.0が日本の目標になっているのでしょうか。その背景には、社会が抱える問題と、テクノロジーの進化の両面からの要求があります。
「Society 5.0 =超スマート社会」は、2016年1月に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」においては、次のように定義されています。
「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会のさまざまなニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といったさまざまな違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」
「サービス」という言葉が意味するところも幅が広いだけに、具体的なイメージが得にくいかもしれません。しかし、2030年や2050年といった10年超、30年超の社会の“あるべき姿”だったとしても、私たちの誰もが生きていく上では“当たり前”に求める要求だとも言えます。
科学技術基本計画は、政府が5年おきに策定する科学技術の振興計画です。第5期の研究開発への投資額は5年間で26兆円を見込んでいます。科学技術の振興策ですから、そこでのSociety 5.0は、昨今話題のIoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)といったITやソフトウェアをテコに、社会が求めるサービスを生みだすことが目的です。
「5.0」というバージョン番号も、狩猟社会(1.0)、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)、そして情報社会(4.0)に続く社会を意味しています。コンピューターが普及した現在のネットワーク社会を超えるという技術的な見方が強い考え方かもしれません。コンピューターによる産業革命が、蒸気機関・機械化、電力・電気に続く第3 次産業革命であることから、IoTやAIの活用は「第4次産業革命」だとされます。この第4次産業革命によって導かれる社会が「Society 5.0」だとも言えます(図1)。
図1:テクノロジーの進化が「Society 5.0」へ向かわせる
少子高齢化が進む日本は
世界における課題先進国
このような説明だと、Society 5.0は単にIoTやAIを活用するため、それらを開発・提供しているIT産業を活性化するための目標だと感じる方もいるでしょう。ただ、もしそうだとすれば、もっと具体的な課題を掲げたほうが技術開発も産業の活性化も、よりスムーズに進展するはずです。なぜあえてSociety 5.0なのでしょうか。
理由の1つは、日本が抱える大きな課題があります。少子高齢化です。近年のニュースなどでは、その背景として指摘されないことがないほどに、誰もが知っている課題です。従来は、あまり実感を持って捉えられなかったかもしれませんし、特定の地域では人口増というケースもあります。それも今は、宅配サービスにおける値上げや再配達の見直し、パートやアルバイトの不足による時給の高騰、空き家や孤独死などなど、数々の具体的な事象を聞くにつれ「他人事ではない」と実感する機会が増えているはずです。
事実、日本の総人口は2010 年の1億2800万人強をピークに減少傾向に転じています。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、Society 5.0が目標にする2050年には1億人を割り込みます(次ページの図2の棒グラフ)。今から2050年までに東京が2つ消滅することになります。
一方で、65 歳以上の人が人口に占める割合を示す高齢化率は上昇するばかりです。2010年に23.0%だったものが、2020年には29.1%、2030年には31.6%、さらに2050年には38.8%になります(図2)。総人口が減る中での高齢化率の上昇ですから、限られた就労者が、より多くの高齢者を支える構図です。
図2:少子高齢化が進む日本。2060 年に日本の総人口は8600万人台に、65 歳以上の高齢者が占める割合は40%に迫る
こうした人口構成の変化は、先に挙げた労働現場の環境悪化や、ストレス問題、あるいは年金問題や医療費高騰など、さまざまな社会問題として顕在化してきています。日本が“課題先進国”と呼ばれるのも、他国に先駆けて人口減少が進行しているからです。
さらに、高齢化が進んでいるのは、私たちだけではありません。橋やトンネル、水門といった社会インフラも高齢化=老朽化が進んでいます(図3)。国土交通省が把握できている社会インフラだけでも、建設から50年以上を経過した施設の割合は、例えば幅2メートル以上の道路の橋は、2022年に40%が、2032年には65%が該当します。トンネルも2022年に31%、2032年には47%が建設から50年以上経ってしまいます。
図3:老朽化が進む社会インフラ。
建設後50 年以上経過する社会インフラが増えていく
私たちの暮らしや社会は、安定した社会インフラの上に成り立っています。その社会インフラが老朽化で十分に機能しなくなれば、日本が世界に誇ってきた“安心・安全”な暮らしも、“おもてなし”の社会も継続するのは難しいのです。
AIやロボットの発展に対しては「なくなる仕事ランキング」など人の仕事を奪う存在だとするケースは少なくありません。ですが、上記のような数々の課題を考えれば、むしろAIやロボットなしには日本は立ちゆかないと考えられます。科学技術が社会を対象にする理由は、ここにあるのです。
それでも世界は膨張する一方
目前の課題解決だけでは終われない
ただし“課題先進国・日本”の課題を確実に解消していけば良いというわけでもありません。人口問題にしても世界に目を転じれば、状況は一変します。世界の総人口は2015年に73億5000万人ですが、2050年には97億人超、2100年には112億人超にまで増えると、国際連合は推計しています(図4)。
図4:世界の総人口は、日本とは逆に、まだまだ増加する
これだけの人口を生みだすのは、アジアやアフリカの発展途上地域です。アジアは2050年から、日本の後を追う形で減少に転じますが、アフリカは成長する一方です。欧米の先進国にしても、横ばいか微減にとどまっており日本とは状況が異なります。
人口の増加は、それだけの人々が暮らせる“都市”を必要とします。そこでは、エネルギー不足や食糧不足、あるいは公害や、都市周辺に生まれるスラム化といった数々の問題が発生してきます。すなわち世界が抱える課題は、日本が直面する少子高齢化に起因する課題とは真逆の人口増に起因する課題です。日本が経済発展を続けるには、自国の社会を維持しながらも、世界の課題を解決する“ソリューション”を提供できなければならないのです。
もちろん、都市化やエネルギー不足、公害といった課題は日本も高度成長期に直面した課題です。であれば「それらに対しては日本が経験したソリューションが適用できる」と考えられるかもしれません。
しかし残念ながら、日本の解決策は第3次産業革命期のテクノロジーを使ったものです。これからの世界が前提とする第4次産業革命期のテクノロジーは十分に活用できていません。反論もあるかもしれませんが、少なくともコンピューターの活用においては日本が世界と比べ相対的に不得手であることは現状が示しています。加えて、2050年には97億人超という“規模の大きさ”は、誰もが経験したことがない世界です。
つまり日本が置かれている環境は、縮小していく社会の課題を解決しながら、膨張する社会の課題に対するビジネスを同時に展開しなければならないということです。相反する課題に対峙していくためには、科学技術の力、なかでもIoTやAIが前提とする「データ」の力を借りなければならないのです。
インターネットが浸透し
新たな“社会OS”が誕生
先に、IoTやAIの活用が「第4次産業革命」であり、それによって導かれる社会が「Society 5.0」だと説明しました。では、IoTやAIもコンピューターの仕組みや使い方の一種であるのに、第4次産業革命は、コンピューターによる第3次産業革命と何が違うのでしょうか。ここにテクノロジーの側面からもSociety 5.0が今、求められている理由があるのです。
第4次産業革命の発端は、1980年代初めに登場したインターネットに求められます。それまで、コンピューターやネットワークが企業や組織に閉じた形で“所有”されていたものが、誰もがオープンに“利用”できる対象へと変化したのです。
インターネットというオープンなネットワークの上に、Webシステムが誕生し、それがネット上で商取引を行うEC(電子商取引)システムへと発展しました。これらが今や、各種の情報共有の仕組みや米Google による検索サービス、さらには米Amazon.comのネットビジネスへとつながり、私たちの暮らしや社会に溶け込んでいるわけです。
携帯電話やスマートフォンの普及は、これらの動きを加速し、さらにブログやSNS(Social Networking Service)の登場が、情報の発信者と受信者、商品の販売者と購入者などの境界を崩していきます。
こうした発展のうえに誕生したのが、大量のデータを収集し分析すれば新たな発見が得られるとする「ビッグデータ」の考え方です。ビッグデータを生成する仕組みとして、各種の機械や端末がつながるIoTが注目され、ビッグデータが得られたことで機械学習(Machine Learning)や深層学習(Deep Learning)に基づくAIが一気に進展しました。そしてビッグデータとIoT、AIの連携を可能にしたのがクラウド(Cloud)という環境です。
これらビッグデータ、IoT、AI、クラウドは相互に絡み合う存在です。IoTがなければ有効なビッグデータが集まりませんし、ビッグデータがなければAIは賢くなりません。逆にAIがなければIoTのもう一つの機能である最適解を還元できないし、クラウドがなければビッグデータの保管や一連の機能の連携にも支障を来たすでしょう。
そして今、これらビッグデータ、IoT、AI、クラウドを組み合わせた基盤(プラットフォーム)の上に、新たなサービスが構築されています。タクシーの配車サービスや民泊に代表される「シェアリングエコノミー」などです。つまり、インターネットの誕生から30年強が経った今、そこには「社会OS(基本ソフト)」と呼ぶべき基盤が誕生しました(図5)。これからの社会は、この社会OS上に構築されようとしています。そうした社会こそが、Society 5.0へとつながっていくのです。
図5:インターネット以後、デジタルテクノロジーの進化は
“社会OS”とも呼ぶべき新たな基盤を生みだした
すべてが個人中心に
Society 5.0は1人ひとりの課題
ビッグデータ、IoT、AI、クラウドからなる「社会OS」上に構築されるのがSociety 5.0だとすれば、Society 5.0の駆動源あるいは“燃料”になるのはデータです。多種多様なセンサーで集めたデータをビッグデータとして蓄積。それをAIで分析することで、これから起こるであろうことを予測したり、あるいはシミュレーションによって最適解を導き出したりします。その結果に基づき、私たちが日々の暮らしで利用する新たなサービスが提供されるからです。
このことは、すべての起点は私たち一人ひとりの行動や思考、あるいは、それらに伴う機器の動きや、行動/思考に影響を与える環境の変化になるということです(図6)。これらを言い換えれば、Society 5.0がどうあるべきかを決めるのも私たち一人ひとりだということです。暮らしや社会を支えるサービスだからといって国や自治体が整理して提供してくれるわけではありません。
図6:すべては“人” を中心に動く
一方、Society 5.0の新しいサービスの提供主体の多くは企業でしょう。それはビジネスとして成立しなければなりません。だからといって自社の思惑だけで開発したサービスは受け入れられません。Society 5.0に向けたサービスの開発・提供主体として、個人や社会の期待に応えるという責務も発生することでしょう。当然、プライバシーやセキュリティといった事項にも対応する必要があります。
繰り返しますが、Society 5.0は私たち一人ひとりに与えられた“未来”に向けたテーマなのです。
(志度 昌宏= DIGITAL X 編集部)