商業デブリ除去実証フェーズI 「周回観測」の画像を公開
2024年(令和6年)7月30日
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)が進める「商業デブリ除去実証(CRD2)(※1)フェーズI」の実証衛星ADRAS-J(※2)が、非協力的ターゲット(※3)であるスペースデブリを「周回観測」にて撮影した画像を、株式会社アストロスケールが公開しました。
図1:「周回観測」によるCRD2のターゲットスペースデブリの連続画像(2024年7月15日、時系列は左上→右上→左下→右下)
(2009年に温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)を打上げたH-ⅡAロケット上段,
H2A R/B, International designator: 2009-002J, Catalog Number: 33500)
図2:「周回観測」によるCRD2のターゲットスペースデブリの連続画像(2024年7月16日、時系列は左上→右上→左下→右下)
(2009年に温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)を打上げたH-ⅡAロケット上段,
H2A R/B, International designator: 2009-002J, Catalog Number: 33500)
「周回観測サービス」は、CRD2フェーズIにおいてJAXAが契約相手方企業に求める4つの「サービス」(※4)のうちの3つ目となります。対象デブリの方向にカメラを向け、距離を一定に保ちつつ、対象デブリのまわりを円形の相対軌道に沿って周回して、対象デブリを様々な方向から撮影する内容です。
2024年7月15日および7月16日に、株式会社アストロスケールが運用するADRAS-Jは、「周回観測サービス」を、JAXAが定める安全要求(JERG-2-026 軌道上サービスミッションに係る安全基準(※5))を遵守しつつ、対象デブリとの距離約50mで実施し、図1、図2に示す連続画像の撮影に成功しました。これらの画像において、対象デブリの姿勢は終始、PAF(※6)を地心方向に向けて静止しており、ADRAS-J側が周回して撮影を行っています。
「周回観測サービス」の仕様は、「世界的にも情報の少ない、軌道上に長期間存在するデブリの運動や損傷・劣化がわかる映像を取得する」ために十分と考えられる画質・データ量であることに加えて、契約相手方企業が、積極的デブリ除去をはじめ幅広い軌道上サービスのミッションに活用できるランデブ・近傍運用(Rendezvous and Proximity Operations: RPO)技術を、これらのサービスの達成によって獲得でき、かつ、JAXAが持つ技術知見に基づき実現可能であることを踏まえて設定されたものです。軌道上サービスにおいては、ターゲットの特定部位を観察し、何らかの作業を行うにあたって、自在に相対的な位置や姿勢を制御して、特定の部位まで回り込むことが必要となります。これを、非協力的ターゲットにたいして実現するには、事前に分からない対象物体の詳細形状や表面反射率、周回にともなう対象物体のみかけの形状の時々刻々の変化、航法センサにとって外乱となる地球反射光の影響(いわゆる非協力相対航法における地球背景問題)などの、相対航法の技術課題を克服しつつ、高精度な相対6自由度制御を実現する必要があり、技術的な難度の高いミッションです。
今回、株式会社アストロスケールのADRAS-Jがこのサービスの安全な履行に成功したことで、CRD2が掲げる二つの目的「深刻化するスペースデブリ問題を改善するデブリ除去技術の獲得」と「日本企業の軌道上サービス市場への訴求力向上の実現」の達成に向け、着実な一歩となる成果が得られました。
図1、図2の画像により、「定点観測」で見えていた片側の側面だけでなく、対象デブリ全体の表面の様相について、確認ができました。また、CRD2フェーズIIにおいて捕獲を行う対象部位であるPAFとその周辺部位の、衛星分離後の各部品やハーネス等の状況や、軌道上で15年を経た現況が、確認できました。なお、機体の左右に観察されるひも状のものは、打上げ時の画像にも見られた機体の表面保護用のテープと、現状画像状況より推定されます。これらは、今後のCRD2フェーズIIで捕獲システムを設計・検証するにあたり、重要な知見です。
株式会社アストロスケールはADRAS-Jの運用を続け、今後、企業自身が企画し実施する「企業ミッション」を実施し、JAXAが求める4つの「サービス」の最後として、「ミッション終了サービス」(ターゲットに衝突しない安全な軌道に遷移する)を実施する予定です。JAXAはこれまで、軌道上ランデブにかかる知見を中心に非常に多くの技術アドバイス・試験設備供用・研究成果知財提供を行い、ADRAS-Jの開発・運用を支援してきました。今後も、ADRAS-Jの運用を技術的に支援するとともに、本プロジェクトで得られた画像の詳細な分析を進める予定です。
(※1)
商業デブリ除去実証(CRD2)
商業デブリ除去実証は、深刻化するデブリ問題を改善するデブリ除去技術の獲得と、日本企業の商業的活躍の後押しの二つを目的とするJAXAの新しい取り組みです。株式会社アストロスケールは、商業デブリ除去実証フェーズIの契約相手方として選定されました。本事業において、JAXAは技術アドバイス・試験設備供用・研究成果知財提供を行い、選定企業を技術的に支援しています。
商業デブリ除去実証ウェブサイト
(※2)
ADRAS-J(アドラスジェイ、Active Debris Removal by Astroscale-Japan の略)
株式会社アストロスケールが開発・所有・運用する、CRD2フェーズIの実証衛星。
(※3)
非協力的ターゲット
他の宇宙機による接近や捕獲を支援するための機能(姿勢制御機能、通信機能等)や装置(GPS受信機、レーザー反射器、画像処理マーカ、ドッキングメカニズム等)を具備していないターゲット物体のこと。これらを具備した物体(例:国際宇宙ステーション)と比較して接近や捕獲の技術的難易度が高い。
(※4)
CRD2フェーズIにおけるJAXAの要求サービス
「デブリ接近計画に対する実績の確認」、「対象デブリの定点観測」、「対象デブリの周回観測」、「ミッション終了処理」の4つのサービスが規定されている。
商業デブリ除去実証ウェブサイトの該当ページ
(※5)
JERG-2-026 軌道上サービスミッションに係る安全基準
サービス衛星が、相手方となる人工衛星等に接近、接触、結合などを行う際、運用中の故障やヒューマンエラー等で衝突すると大量のスペースデブリをまき散らすような破砕や、サービス衛星自体がデブリになるような事故に繋がる恐れがあるため、サービス衛星が考慮すべき安全対策をJAXAが基本要求として定めたもの。
(※6)
PAF
Payload Attach Fittingの略。ロケットと衛星をつなぐ台座にあたる衛星分離部構造。その形状や構造的な安定性の観点から、CRD2フェーズIIにおいて、捕獲の対象部位としている。