量子スピンダイナミクス現象を計測、制御し応用へつなげる | 北陸先端科学技術大学院大学インタビュー特設サイト
安研究室

量子スピンダイナミクス現象を計測、制御し応用へつなげる

北陸先端科学技術大学院大学 准教授
安 東秀(あん とうしゅう)

1970年生まれ、東京都出身。早稲田大学修士(理学)、豊田工業大学博士(工学)。日本学術振興会特別研究員PD(豊田工業大学)、科学技術振興機構PD研究員(東京大学物性研究所)、東京大学物性研究所PD研究員、科学技術振興機構さきがけ専任研究員(東京大学物性研究所)、東北大学助教、理化学研究所研究員を経て、2015年北陸先端科学技術大学院大学着任。専門は量子スピンダイナミクス計測・イメージング。

スピンの量子力学的性質を応用する

研究テーマの「量子スピンダイナミクス計測」について教えてください。

スピンとは量子力学に基づく電子の角運動量を表す内部自由度の一つで、身近にある磁石の磁場はスピンによって発生します。
近年、このスピンの性質を利用する「量子スピン計測」は新たな領域(量子技術)と目され、量子デバイス、量子センサーなどの研究が盛んに行われているところです。例えば、情報素子では、従来は「0か1か」に情報が保持されますが、スピンを用いた量子ビットではこれに加え、「0でも1でもある」状態も任意の割合でとることが可能で、情報処理速度の飛躍的な向上が期待できます(量子コンピューター)。これは、電子スピンが同時に「上向き」「下向き」両方の状態である「重ね合わせ状態」という量子力学的な性質をとることができる性質に依るものです。さらには、この2つの量子状態は周囲の環境に非常に敏感であり、状態の変化を計測することにより、超高感度なセンサーとなります(量子センサー)。

私たちの研究室では、現在、ダイヤモンド中に存在する「NV中心」と呼ばれる量子スピンの状態とその時間変化(これを量子スピンダイナミクスと呼ぶ)の精密計測をキーテクノロジーとして基礎研究、応用研究に注力しています。NV(窒素―空孔複合体)中心とはダイヤモンド中に存在する窒素不純物原子と欠陥構造が対になった原子構造で、この中に室温でスピン状態が安定に存在しており、現在、このNV中心を用いた量子技術への応用が注目されています。

研究成果はどのような形で応用されますか。

スピンによる量子力学的原理を駆使すれば、情報処理の高速化のみならず、電流を用いないためジュール熱によるエネルギー損失も回避できるデバイスの実現が可能になります。また、スピンの量子状態は周囲の環境にとても敏感なため、これを利用した磁場、電場、温度、バイオセンサーや顕微鏡の実現も可能です。

2つの研究テーマ
「ダイヤモンドNV中心とスピン波のハイブリッド素子を利用した量子情報伝送」と「ダイヤモンドNV中心量子センシング顕微鏡の開発」

研究室では具体的にどのような研究をしていますか。

私たちの研究室の主なテーマは2つ、ダイヤモンドNV中心とスピン波を利用した量子情報伝送、ダイヤモンドNV中心を利用した量子センシング顕微鏡の開発です。

現在、NV中心は室温で単一のNV中心を計測することが可能であり、複数のNV中心を量子的に相互作用させる(量子もつれ)研究が注目されています。一方で、これまでの電子スピンを用いた量子情報素子では、熱や磁気、電気ノイズなどの外的因子によりその向き、つまり量子情報が変わってしまうという制御の困難さがあり、2つのスピン間の量子的な相互作用を大きく保つため、互いの距離をナノメートル以下にする必要がありました。
私たちは複数のNV中心をスピン波でつなぐという方法に取り組んでいます。スピン波とは、磁性体中の個々のスピンの運動(スピンダイナミクス)が波となって伝播する現象です。これまでに、スピン波によりNV中心を励起、制御する研究に成功しています。現在、このスピン波を複数のNV中心の間に配置してスピン波の波で量子情報を減衰せずに長距離伝送できないかと考えて研究に取り組んでいます。

もう一つのテーマである「ダイヤモンドNV中心量子センシング顕微鏡の開発」について教えてください。

NV中心には電子スピン状態が存在しますが、周りの環境に非常に敏感に反応し、磁場、電場、温度、あるいは、周囲に存在する電子スピン、核スピンを計測する量子センサーとして有用です。さらに、単一のNV中心は原子サイズの欠陥構造であるため、ある意味、世界で一番小さいセンサーになります。私たちの研究室では、この単一のNV中心を走査プローブ顕微鏡というナノメートルスケールで走査できるプローブ先端に取り付けることで、ナノスケールで環境をセンシング、イメージングできる顕微鏡を開発しています。この計測原理は医療機器の磁気共鳴画像(MRI)と同じであり、究極には試料中の1個の電子スピンや核スピンをイメージングすることや、この技術を応用して1分子や細胞中のたんぱく質等のナノMRI計測といったバイオ分野への応用も可能と考えています。

自ら課題を設定し解決する能力を醸成する

学生を指導する上で大切にしていることはありますか。

異なるレベルや興味を持って入学してきた学生が自分の能力をそれぞれ最大限伸ばしていける環境づくり、指導を心掛けています。

研究室で学べること、身につくことは。

私たちの研究室で取り組んでいる、スピンのダイナミクスの計測を基盤技術としたデバイスやセンサー、顕微鏡開発への応用研究に参加してもらい、課題を自ら設定する“自由な発想力”と、課題を自ら解決してゆく能力を育成します。そのためには、材料物性の基礎を理解する“確かな知識”が必要です。毎日の研究においては、議論の場を多く設定することでコミュニケーション能力を高めます。また、課題を解決する手段としての新規計測手法の開発と工学的技術の修得にも力を入れて取り組んでいます。具体的には、レーザー光、マイクロ波、プローブ顕微鏡等の計測技術とプログラミング技術を駆使した装置開発にも注力しています。

当研究室は物理や工学を基礎としていますが、物理、工学、化学、バイオ、情報といった様々な分野の融合研究であり、幅広い分野の学生の参加を歓迎しています。

学生の就職先は。

電気・電子機器、精密機器、精密計測、素材メーカー企業や大学研究者など、幅広く就職しています。

“わくわくする”研究室

安研究室の今後の目標は。

実験をしているときには“わくわく”するものです。また、綺麗な実験データーが得られた際には、その美しさに感動するものです。このような機会を体験できる研究室であってほしいと思っています。意欲溢れる皆さんが研究室に集い、この“わくわくする”研究の醍醐味に触れ、将来の活躍の基礎を確立する場を提供したいと考えています。

先生ご自身の目標はありますか。

今後も研究、教育を通して自分自身が学んでいければと思います。

教えて!安准教授のプライベートな話

北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)を赴任先に選んだ理由は?

当時、日本にはダイヤモンドNV中心を用いた量子計測の研究をしている研究室が少なく、独立して本格的に取り組める場所を探していました。その際に、運よくJAISTに採用され、主体的に研究、教育に取り組めたことはベストな選択でした。

量子スピンダイナミクス計測の研究をはじめたきっかけは?

研究キャリアのある時期に、「単一のスピンを計測・イメージングする新しい方法はないか」と四六時中考えていました。残念ながら自分の発案ではないのですが、2008年にダイヤモンドNV中心量子計測の原理と革新性が紹介され衝撃を受け、この分野に“飛びつき”ました。

大学時代の思い出は?

3年生まではバスケットボールのサークルに所属して課外活動(?)に注力していました。応用物理学科以外の多くの友人を作ることができたのは良い思い出です。一転して、4年生からは研究一筋(?)に切り替えました。

休日のリフレッシュ法を教えてください。

最近は、近所をジョギングや散歩しながら散策して自然や街を観察するのが楽しいですね。川を泳いでいる鮎や戻ってきた鮭、身近にある植物、新しくできた飲食店など、何気ない場所での発見が面白いです。