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開かれた対話と未来
今この瞬間に他者を思いやる

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「対話が目的」の対話?「未来を思い出す」対話?――この不思議な設定が、いま対人援助の世界を大きく揺るがせている。なぜ話を聴くだけでこんなに効果があるのか、と。フィンランドの創始者ふたりがオープンダイアローグの謎を解き、具体的方法をわかりやすく紹介した決定版、待望の翻訳!巻頭には斎藤環氏による懇切丁寧な日本語版解説(25頁)、巻末には日本ですぐに使える「対話実践のガイドライン」(28頁)を完全収載。

ヤーコ・セイックラ / トム・アーンキル
監訳 斎藤 環
発行 2019年09月判型:A5頁:376
ISBN 978-4-260-03956-7
定価 2,970円 (本体2,700円+税)

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  • 序文
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はじめに 本書のテーマと目指すもの

 本書は、「対話性(dialogicity)」の価値をもっと活かしたいという意図のもとで書かれました。「対話性」とは、他者を変えてやろうといった下心抜きの、開かれた、打てば響くようなやりとりのことです。本書では、過去30年間の経験から導かれた研究開発の最前線についてお伝えしたいと考えています。

 私たちの活動では、多職種間の連携がたいへん重要です。臨床心理士、ソーシャルワーカー、学校の教員、保育士、そして家族に対する各種サービスなどなど。その一方で私たちは、自分たちの経験にとらわれず、まったく畑違いの読者をも射程に入れたいと考えています。「対話性」の中核について、あるいは広義の対人援助の実践について、もっともっと掘り下げてみたいのです。

 人間は関係性のただ中に生まれ落ち、関係性とともに生きていきます。関係性こそが、人間の精神を揺り動かすのです。それが対人援助職の原点となります。人間を孤立した1人ぼっちの存在としてではなく、「関係性ネットワークのなかにある存在」として取り扱うのです。

 人間はまた、対話のただ中に生まれ落ちる存在ですから、私たちは誰にも教わることなく、「お互いさま」の感覚を理解しているはずです。にもかかわらず、専門家でさえ、対話の糸口を見失ってしまうことがあります。いったんそうなると、対話はどんどん望ましい関係性から外れていってしまいます。

 では、こうした問題が起こりやすいのはどんなときでしょうか? おそらく、ものごとをシンプルな因果関係で考えるような場合でしょう。「AがBに対してxを行った結果、yが起こった」というように。

 ここでAを専門家、Bをクライアント、xが技法で、yをその結果生ずる変化、として見てみましょう。研究開発における、いわゆる「良き実践」によくみられる形式ですね。

 私たちは、あらゆる対人援助実践において、あるいは日常的な人間関係において、つまりどんな場合でも普遍的にみられる「対話性」の核心をつかみたいのです。対話をいっそう対話らしいものにするものは何か─。それを理解することが、対人援助の仕事を進めていくうえで重要だと考えるからです。

 「何が対話を困難にしているか」を論じることによって、打てば響く応答力を取り戻す実践的なヒントが導き出されるはずです。また対話的な対人援助が、どれほど継続可能なものかどうか見極めたいと思っています。これについては、私たちには貴重な蓄積があります。地域で活動する専門家たちと、対話実践の文化をともに育んできたという経験です。

 私たちは幸運にも、「コミュニティ全体が対話を大切にする仕事文化を育んでいく」というプロセスに参加することができました。草の根レベルから自治体トップまで、専門分野をまたいでの取り組みがなされてきました。同じように本書を読んでくださるみなさんが、それぞれ置かれた状況において対話文化を育む、そんな活動をサポートできればと願っています。


 本書ではこれから、対話について、「対話性」について、ポリフォニー(多声性)について、間主観性について、そして社交ネットワーク〔=人間関係のネットワークのこと〕について検討しようと思います。対話性とは、技法のことではありません。それはある種の立場や態度、あるいは人間関係のあり方を指す言葉です。その核心にあるのは、「他者性」というものとの根源的な関係です。

 ここで他者性とは、「人間が平等でありながら、互いに異質な存在である」ことを意味します。人生について人はそれぞれユニークな考えを持っていて、他者のそれとは違っています。ロシアの哲学者、ミハイル・バフチンが1923年にこう述べているように。

こうした外部の視点から、私と他者は、できごとにおいて絶対的に相容れない関係にあることを認識する。[…]この点において私は、彼自身が否定的にとらえている、ありのままの彼自身を肯定し、承認する。存在という出来事における、私だけの独自の立場において、そうするのだ。他者が彼自身を否定する権利を行使するというのなら、私にも彼を支持し擁護する権利がある[bakftin, 1990][訳注]

 私と他者が、ある出来事において、お互いの存在を肯定し認めること。これが私と他者にとって、ただ1つの大切なことです。後にバフチンはこの手法をドストエフスキーの小説の批評に用い、関係性における対話主義を主張しました。バフチン[1986]によれば、ドストエフスキーの小説においては、1人の主人公が人生の真実を背負って立つのではなく、すべての登場人物がそれぞれの否定しがたい真実を持っています。人生を生き抜くただ1つの方法は、自立した個人と個人の対話を続けていくことだけ。バフチンはこれを「ポリフォニック(多声的)な生」と呼びました。

 私たちは対人援助の仕事において「対話性」の本質を探ってきました。そこで他者の尊重と、かけがえのない他者性の大切さに気づきました。この他者性こそ、日常において、あるいは心理療法、教育、管理経営、ソーシャルワーク、そして人間関係にかかわるあらゆる活動において共通する対話の核心です。

 リアルな人間関係に他者性への気づきが取り入れられたとすれば、ポリフォニーへの要請は必然的なものとなります。人間は他者からの応答を予測し、誘惑し、反応します。だから私たちは単に他者の「外部」というわけではありません。しかし、他者そっくりになるというわけでもありません。エマニュエル・レヴィナス[1969]が強調したように、他者はいつでも、私たちの理解を超えた存在です。こうした他者性ゆえにこそ、私たちにとって対話は可能でありかつ必要なものとなるのです。

 人生は関係性に満ちており、人間は関係性のなかに生まれ、関係性のなかで生活します。しかし人間はまた、どこまでも異なった存在です。私たちは「他者の他者性」を尊重するために、彼らを無条件に理解し受容する必要があります。他者性への無条件の尊重は、個人の生活においても、専門家の仕事においても、深い影響をもたらします。本書の各章では、専門性のほうに焦点を当てますが、折にふれて日常的な人間関係についても考えていきます。


 本書の目的は、対人援助における「対話性」の地位を高めることです。そうすることで、心理療法、精神医学、ソーシャルワーク、教育、保育、経営管理、その他多くの関連分野に、なんらかの変革がもたらされることになるでしょう。

 すでに述べたように、私たちはこうした実践を普及し、維持していくためには何が必要かについても検討します。この実践を孤立させず、むしろ対話実践の文化によって支えられるようにするためです。

訳注 “at that point I from my own unique place in the vent of being”の“in the vent of being”は、引用元と思われる英訳原文では“in the event of being”となっており、おそらく誤植と思われる。また、原文ではこの後に以下の文章が続く。

「そのようにして私は、彼の魂に、新たな価値の次元をもたらす。彼の視点における価値観の中心軸と、私のそれとは一致していない。存在という出来事においても、こうした価値観の対立は消え去ることはない」。

つまり、他者と私が、決して一致しない主観的価値の交換をすることの意義を問うているのである。

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日本語版解説

はじめに 本書のテーマと目指すもの

第1章 クライアントとともに不確実性のなかに飛び込もう
 オープンダイアローグとは
 対話が持つふしぎな力
 イタリアの小学校での体験
 未来語りダイアローグとは
 やっかいな問題

第2章 心配事があるなら早めに対話をしよう
 心配事とは何か?
 心配事、2つの取り上げ方
 予測と他者性
 対話を誘う逆転ツール
 読者のみなさんに、すぐ試していただきたいこと

第3章 オープンダイアローグ 対話実践への道
 戦略的な介入から離れる
 異文化カップル、ヴェロニカとアレックスの場合
 ケロプダス病院で始まったオープンダイアローグ
 思想としてのオープンダイアローグ
 システムとしてのオープンダイアローグ
 オープンダイアローグ、7つの原則
 対話を生み出す空間としての「治療ミーティング」
 対話を日常の実践に落とし込む

第4章 未来語りダイアローグ 研究手法の臨床応用
 どのようにしてアイディアが出てくるか
 未来語りダイアローグの構成
 セッションのポイント
 良いセッションのためのいくつかのヒント
 未来語りダイアローグはこうして生まれた
 専門家どうしのせめぎ合い
 同型パターンとは何か
 実験的な社会研究のために
 決定的な瞬間─クライアントが対話に参加する
 対話的実践の文化へ

第5章 他者との対話において
 クライアントとつながりのある専門家をまじえる
 他者(the Other)を認める
 対話的な空間を生み出すさまざまな手法
 心からの気遣いのもとでのコミュニケーション
 「今ここ」において共有言語が創造される

第6章 対話は音楽だ 間主観性
 対話主義は「方法論」ではない
 ポリフォニーのなかでの「今この瞬間」
 専門職にとっての3つのリアリティ
 意図と相互性
 個人的知から間主観的な知へ
 対話性の基盤に向けて
 その瞬間に居合わせるスキルを向上させるためのガイドライン

第7章 対話における応答の意味
 何が対話を生み出すか
 精神病的発話をさまざまな声のうちの1つに
 父の声が精神病を「引き起こす」
 チームが新しい共有言語を誘導する
 応答のしかたを分析する
 予後不良事例における対話─チームは「今ここ」にいなかった
 応答がないこと以上に恐ろしいことはない
 ミーティングを見直してみよう

第8章 対話実践の文化を広める
 広げるためには拠点が必要
 対話文化を育てるための3つの原則
 原則1 その人の心配事に応える
 原則2 クライアントのいないところでではなく、クライアントと対話しながら
 原則3 日常生活のリソースと組み合わせる
 早期介入と早期連携
 「良き実践」について話し合うために
 地域での経験を交換するために
 “プイマラ”─地域間のピア・ラーニング・プロセス
 専門性と官僚制の垣根を越えて

第9章 対話実践の調査研究
 調査研究に求められるもの
 オープンダイアローグを評価できる研究
 万能のフリーサイズが評価デザインの幅を狭めている
 グループ平均を比較するような研究は外的妥当性に乏しい
 実験デザインの問題
 説明モデルの探求から記述的な研究へ
 実践を統御するための手がかりとして
 社会にしっかりと根ざした科学
 リアリティのある研究へ

第10章 対話的な未来へ
 対話主義という新しい流れ
 持続可能な対話文化に向けて

文献

索引
監訳者あとがき
訳者一覧
著者・監訳者紹介

付録 オープンダイアローグ 対話実践のガイドライン(ODNJP)

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