【概要】
広島大学原爆放射線医科学研究所疾患モデル解析研究分野の神沼修教授、Maribet Gamboa助教(Universidad Catόlica de la Santísima Concepciόn)、北村紀子研究員(東京都医学総合研究所:TMiMS)、野田悟子教授(茨城大学)らからなる研究グループは、免疫応答※1に重要な役割を担う転写因子※2の脊椎動物における進化系譜を明らかにしました。新型コロナウイルス感染症パンデミックが続く中、人類が新興感染症等の脅威と今後どのように向き合ってゆくか、進化生物学なヒントが見えてきました。
本研究成果は、2023年5月8日(月)日本時間18時、Scientific Reports誌に掲載されました。
【背景】
NFATは、サイトカイン※3等の遺伝子発現調節を介して免疫機能を司る転写因子です。ほ乳動物では5種類の遺伝子ファミリー※4を形成し、それぞれのNFATにおける構造、機能または発現臓器が異なることによって、免疫系だけでなく、多様な生体機能や発生過程においても重要な役割を果たしています。しかし、そのような多様性をNFATが獲得した要因やプロセスの詳細は、これまで明らかにされていませんでした。
【研究成果の内容】
本研究では、脊椎動物の進化に伴う多様性獲得プロセスの詳細な解析を通じ、免疫システムの進化と密接に関連したNFATの進化系譜を初めて明らかにしました。NFATは約6億5千万年前に起きた左右相称動物の分岐を起源としていました。NFAT5とカルシウム依存性制御領域を獲得した他のNFATが、5億5千万年前頃からの脊椎動物の発生と並行して分岐し、最終的に5種類まで分岐して各々が独自進化を遂げたことがわかりました(図1)。いずれのNFATも、多くの種における進化の中で継続的に進化してきたことから、自然免疫応答において重要な役割を果たしてきたことが推察されました。一方、新生代に起きた脊椎動物の劇的進化と、各NFATにおいて頻繁にみられるようになった遺伝子重複や染色体再構成の間に高い相関がみられました。この遺伝子重複や染色体再構成が、近傍遺伝子を伴いながら連動して起こり、その変化後の構造が固定される傾向があることがわかりました。このことからNFATは、脊椎動物における獲得免疫系の進化とも密接に関わりながら、独自に進化してきたことが明らかになりました。
本研究の成果によって、わたしたち人類が持っている高度な生体防御システムにおける進化の一端が明らかになりました。新型コロナウイルス感染症や、これから脅威となりうる新たな新興感染症等との戦いに人類が勝利してゆくためには、これまでに獲得してきた免疫システムの進化プロセスから学ぶことが重要です。本研究の成果を元に、NFATにおける今後の進化予測を行うことに加え、その多様性や個々の機能的役割に着目した詳細な解析を進めることによって、人類の未来へと繋がる新たな生存戦略構築に結びついてゆくことが期待されます。
著者:神沼 修(広島大学原爆放射線医科学研究所、責任著者)
Maribet Gamboa(Universidad Catόlica de la Santísima Concepciόn)
北村 紀子(東京都医学総合研究所)
三浦 健人(広島大学原爆放射線医科学研究所)
野田 悟子(茨城大学)
タイトル:Evolutionary mechanisms underlying the diversification of nuclear factor of activated T cells across vertebrates
掲載誌:Scientific Reports, 2023
DOI: 10.1038/s41598-023-33751-6
※1 免疫応答:潜在的な病原体等の非自己の侵入に対して防御を行う生体反応
※2 転写因子:遺伝子の転写やその調節に関わるタンパク質群
※3 サイトカイン:主に免疫系細胞から分泌され、細胞間相互作用に関与するタンパク質群
※4 遺伝子ファミリー:同一の祖先遺伝子に由来するため、配列(および機能)が互いに類似している遺伝子群