インタビュー
更新日:2024.10.07 / 掲載日:2024.10.07
脱炭素のゲームチェンジャーとなるか?専門家が語るカーボンニュートラル燃料の可能性
(掲載されている内容は「プロト総研 / カーライフ」2024年10月掲載記事【脱炭素のゲームチェンジャーとなりうる「カーボンニュートラル燃料」とは】を転載したものです)
自動車業界を挙げての対応が求められている温室効果ガスの排出削減(カーボンニュートラル)。ここ数年、排出ガスゼロである電気自動車がカーボンニュートラル実現の最右翼とされていたが、ここに来て情勢は大きく変わりつつある。その背景と今後の見通しについて、自動車ジャーナリストの池田直渡氏に話を聞く。
宗平 自動車ビジネスの重要なキーワードであるカーボンニュートラルについて、最近情勢が大きく変わりつつあるように感じています。そもそも、ここ10年、15年くらい前から、内燃機関を廃止して電気自動車にしていくというのが欧州を中心とした業界の大きな流れでした。ところが今年になり、各メーカーが相次いで電気自動車戦略を後退させるといった報道が行われています。これはどういったことなのでしょうか。
電気自動車の勢いが減速しつつある理由
池田 まずひとつには、電気自動車だけで世界の自動車需要のすべてを賄うことができないという問題があります。大きく見積もっても、電気自動車でカバーできるのは需要の3割程度だと思われます。その大きな理由が駆動用バッテリーの供給問題です。メーカー各社は大規模な投資をして、電気自動車の開発を進め、製造ラインを用意してきました。しかし、肝心のバッテリーを作るための材料、リチウムが不足している問題がある。リチウムは鉱物ですから、需要が増えたからといって簡単に採掘量を増やすことが難しい。時間も費用もかかるし、環境への負担も大きいからです。
宗平 現在の電気自動車は、駆動用バッテリーのコストが大きな負担となっているという話を自動車メーカーからも聞いています。需要が逼迫すれば、当然調達コストも上がります。
池田 まさにそのコスト問題が、電気自動車の普及を阻むもうひとつの要因です。各国政府が電気自動車の購入に補助金を出していますが、それでも駆動用バッテリーを多く搭載したモデルの多くは、同じ程度の性能を持つエンジン車よりも高価になってしまう。結果的に自動車メーカーが期待していたほど電気自動車は売れていないというのが現状です。
宗平 電気自動車が伸び悩み、逆にハイブリッド車やプラグインハイブリッド車といったエンジンとモーターを組み合わせた電動車の需要が伸びています。以前からトヨタは、電気自動車に加えてハイブリッドや水素、燃料電池など複数の手段でカーボンニュートラルを達成しようとするマルチパスウェイ戦略を提唱していました。まさにそのとおりの流れになりつつありますね。
なぜCNFが脱炭酸のゲームチェンジャーになりうるのか?
池田 モビリティ分野におけるカーボンニュートラルを考えるときに、もうひとつ重要な要素があります。それが航空機です。人や物の移動に欠かせない航空機ですが、バッテリー能力の限界から、ジェットエンジンを電気モーターに置き換えることはほぼ不可能に近い。そうなると、ジェット燃料を工夫してカーボンニュートラルを達成するしか方法はないわけです。そこで石油業界やベンチャー企業が開発を続けているのが「SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)」です。
宗平 「SAF」はどういった形で自動車業界に関係してくるのでしょうか。
池田 新しい燃料が普及するには、量産性とコストが重要な要素になります。「SAF」を自動車など他のモビリティに拡大することができれば、量産効果が期待できます。自動車業界では、こうした持続可能性のある燃料をカーボンニュートラル燃料(CNF)と呼んでいます。わたしはこのCNFが、脱炭素のゲームチェンジャーになりうるのではないかと期待しています。
宗平 池田さんのグーネットマガジンの連載『池田直渡の5分でわかるクルマ経済』でもカーボンニュートラル燃料について詳しく解説いただきました。ご興味のある方は、ぜひそちらもあわせてご覧ください。CNFがなぜゲームチェンジャーになりうるのか、改めてご説明いただけますか。
池田 ガソリン、軽油といった石油製品は、何千メートルもの地中から採掘した原油から作られます。それらが燃焼すると、地中に閉じ込められていたCO2が大気に放出されます。一方でCNFは、大気中のCO2を吸収した原料から加工して製造されたエネルギーの総称です。もともと大気中にあったCO2ですから、大気に放出しても総量は増えません。だからカーボンニュートラル燃料と呼ばれるのです。CNFにはさまざまな種類があります。現在CNFとして有力視されているのが、水素、バイオディーゼル、バイオエタノール、メタノール、E-FUEL、そしてバイオマスです。それぞれに一長一短があるので、マルチパスウェイ的にミックスして使われていくでしょう。
宗平 つまりCNFは、大気中のCO2を増やさない燃料の総称だと。現状で実用化に近いCNFは何になるのですか? たとえば水素は、トヨタがレース(スーパー耐久シリーズ)で液体水素エンジンを投入していますよね。
池田 実用化という観点では、バイオエタノールがすでにアメリカやブラジルなどで普及しています。とくにブラジルは1930年代よりサトウキビを原料とするエタノールを生産してきた歴史があって、国民の生活にバイオエタノール燃料は浸透しています。ブラジルで販売されている自動車はバイオエタノールに対応していて、ガソリンと混ぜても大丈夫。ただし、バイオエタノールは燃費性能が落ちるので、人々は価格を比べてガソリンとバイオエタノールを上手に使い分けて利用しています。
宗平 なぜ日本ではエタノール燃料が普及していないのでしょうか。
池田 日本はエタノール燃料の輸入国です。そのため安定供給に懸念があり、燃料代が高くなってしまうため現状では採用されていません。バイオエタノールを使えるようにするためには車体側の対応も必要ですが、対応コストは小さいので新車ではあまり問題になりません。使用過程車についても、一部の配管やコンピューターのプログラム変更で対応できるそうなので、レトロフィットも不可能ではないでしょう。
宗平 すでに北米やブラジルで普及しているバイオエタノールがCNFの本命にならないのはなぜですか。
池田 現在流通しているバイオエタノールの原料になる農作物のなかには、小麦やトウモロコシといった食料もあり、もし世界が食糧難となったときに競合してしまうリスクがある。そこで第2世代として、食料にならない作物を原料にしたバイオエタノールに移行しつつあります。
宗平 なるほど。日本で第2世代のバイオエタノールを作ることはできないのですか?
池田 作れます。テンサイ(砂糖大根)というビートのような作物からもバイオエタノールが作れるのですが、テンサイは涼しい気候で育つので北海道で栽培できます。南の暑い地方ではブラジル同様にさとうきびに期待できます。ひとつの作物に原料を頼ると、病気などで凶作になると影響が大きいですよね。そういった観点からも、様々な国や地域で複数の作物から作ることが好ましいでしょう。
宗平 日本はこれまで輸入の石油に頼らざるを得ない状況でした。エネルギー政策といった観点からもCNFの国産化は望ましい。日本はこれから、農業をもっと戦略的に振興する必要がある。ベンチャーや企業が参入して新しい価値を生み出す時代がきています。ビジネスの世界では、ものづくりからソフトウェアの時代に移行したように言われていますが、わたしは日本の強みはものづくりにあると考えています。新しいアイデアと技術で未来につながる価値を生み出してもらいたいですね。
CNFがクルマをもっと面白くする
池田 わたしがCNFをゲームチェンジャーだと考えているのは、新車だけでなく既存のクルマもカーボンニュートラル化できる可能性があるからです。
宗平 それは大きな価値がありますね。貴重な資源を無駄にしないという意味でも意義がありますし、ユーザー目線では所有車は資産ですから。いまのクルマを今後も乗り続けられるというのは非常に大きい。
池田 さらにCNFであればCO2排出ゼロを目指さなくて良くなる。現在の内燃機関は燃費性能を追求するあまり、フィーリング面では魅力に乏しいのが本音です。さすがに燃費を全て無視するわけにはいきませんが、もっとフィーリングの良いエンジンを作ることだってできるわけです。
宗平 それは夢がある話ですね。モビリティは移動の手段ですが、乗ってみたい、所有したいと思わせてくれる存在であってほしい。電気自動車があり、CNFを使う内燃機関もある。経済性を追求したモデルもあれば、運転を純粋に楽しめるモデルがある。そんな多様性のある世界であってほしいと考えています。本日はありがとうございました。
池田直渡(写真右)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。
株式会社プロトコーポレーション代表取締役副社長およびグループ・関連会社各社の会長職を務める。「PROTO総研/カーライフ」では所長としても取材活動を行う。
この記事は「プロト総研 / カーライフ」より転載したものです。
ここでは、「プロト総研 / カーライフ」2024年10月掲載の 脱炭素のゲームチェンジャーとなりうる「カーボンニュートラル燃料」とは を掲載しました。他にも、2030年の自動車業界を展望する 「電動化はどこまで加速するのか」というテーマについての対談記事も掲載しているので併せてチェックしてみてください!
【プロト総研 関連記事】
・2030年の自動車業界を展望する 「電動化はどこまで加速するのか」前編
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