精神科医 塩入俊樹氏

 前回お話しした「報酬系」の神経回路に関係する主な脳部位を示したものが図です。「報酬系」は、食行動や性行為などの本能的行動を快感として感じることで、生命を維持するためのこれらの行動を継続し、種を保存するために、なくてはならないものです。この系には、脳のさまざまな領域が関与しますが、その中心的役割を担うのが、中脳の腹側被蓋野(ふくそくひがいや)から線条体の側坐核(そくざかく)へ投射するドパミン(ドーパミン)神経系です。

 ドパミンは別名"快楽物質"ともいわれ、腹側被蓋野が活性化しドパミンが側坐核に放出されると、「報酬系」が活性化されると同時に、その影響は情動をつかさどる扁桃体(へんとうたい)にも伝わり、快楽や高揚感といった"報酬"(=快感覚)がもたらされます。その結果、その行動への動機づけ(もっとやりたいという気持ち)が生じ、ますます行動が反復されるようになります。

 そして、アルコールなどの依存物質やギャンブルといった嗜癖(しへき)(好き好んで行う習慣)行動は快楽や高揚感をもたらすため、依存症にも「報酬系」が関係するのです。もちろん、ギャンブルは負ければ快感覚をもたらすことはありません。実は、前述の腹側被蓋野は、必ずしも報酬により快感覚を得られる状況だけではなく、報酬を期待して行動をしている時にも活性化します。したがって、アルコールやギャンブルによってドパミン分泌が誘発されることで「報酬系」が活性化してしまうのです。その結果、「報酬系」は快感追求の継続と反復という依存症に強く関わる神経回路として機能してしまいます。

 一方で、ヒトは依存症によるこうした行為を止めてくれる機能を持っています。その中心は理性的思考をつかさどる前頭前野という脳部位で、いわば、ヒトが逸脱しないようにブレーキのような役割(衝動性の制御)をするところです。依存症によって他の大切な物事(仕事、あるいは家族や友人との関係)が失われてしまうから、「もう、止めよう」となるのです。

 しかし残念なことに、ドパミンはこのような機能を低下させてしまいます。つまり、ブレーキが効かなくなり、渇望を来す状況(飲酒やギャンブル)への反復的暴露が生じてしまい、「報酬系」はますます活性化します。さらに、「お酒を飲んだら眠れた」「ギャンブルで嫌なことを忘れられた」といった成功体験を学習した脳は、次に似たような状況に陥るとすぐに依存対象を思い出し、「今すぐこの苦痛や嫌な気分を切り替えたい」と渇望するようになります。もうこうなると、負のスパイラルです。ヒトの意志では、止めることができなくなります。

 つまり、依存症は、患者さんの意志の弱さによるものではありません。依存症に関連した行動を実行しようとする動機の方が、それを制御しようとする努力に勝ってしまい、その結果、暴走に至るわけです。次回は、耐性(慣れ)と離脱症状(急に依存対象の物質・行動を止めたことで出現する症状)についてお話しします。

(岐阜大学医学部附属病院教授)