ホットレポート将来の日本人の感染症はどうなる?            

2024年09月18日グローバルネット2024年9月号

国立感染症研究所名誉所員
井上 栄(いのうえ さかえ )

2020年に始まったコロナウイルスが引き起こしたパンデミック(汎流行、世界流行)は、その名の通り世界中の人々を巻き込んだ。過去の感染症・伝染病と言えば、衛生状態の悪い途上国で起こるものだったが、今回のコロナ流行による死者は、清潔な欧米先進国で多いことが特徴的であった。

筆者はこの出来事を振り返って『次世代パンデミックに備える―感染症の文明史』(エイアンドエフ社)を本年3月に上梓した。その中で各感染症の伝播様式の違いを強調した。本稿では、日本で感染症が将来どうなるかをさらに考えてみたい。

エアロゾル感染

コロナ流行では、感染しても咳・熱の症状を出さない人が多く、しゃべることで口から出る飛沫(直径5マイクロメートル以上)およびエアロゾル(1マイクロメートル程度)を介してウイルス感染が広がった。飛沫粒子は重いので2メートル以内に落下する。ウイルスが唾液に在れば、それは飛沫に入る。

一方エアロゾルは喉奥の声帯の振動で母音を発声するときに生じ、軽い粒子なので地上に落下しない。喉頭近辺の気道粘液にウイルスが在れば、エアロゾルに入る。室内でしゃべる人が多いほど、時間が経過するほど、空気中に蓄積する。対策には換気が有効である。

エアロゾル感染が世界流行に関与したのは今回が初めてである。将来、新型ウイルスの出現時、同じ伝播様式の流行が起こる可能性がある。

2024年4月、環境中の炭酸ガス濃度が高いとエアロゾル中のコロナウイルス粒子が安定化するとの新知見が報告された。呼気に出る炭酸ガスが、室内でウイルス感染伝播を促進させる可能性がある。
 ※ Haddrell A, et al. Ambient carbon dioxide concentration correlates with SARS-CoV-2 aerostability and infection risk. Nature Comm 2024; 15:3487.

新型インフルエンザ

現在、世界中で大量の家畜(家禽を含む)が密集飼育されている。そのような場所では、より増殖能の高い、より強毒のウイルス株が選択される。家畜伝染病対策は、感染が発生した畜舎および周りの畜舎の家畜全頭の殺処分である。

1996年から鳥インフルエンザウイルスH5N1亜型の高病原性株(全身の出血あり)が、家禽の間で時々流行している。無症状の渡り鳥が大陸を越えてウイルスを運ぶのである。世界保健機関(WHO)によると、2003年から24年4月までにこのウイルスに家禽から感染した人は世界中で889人であり、そのうち463人が死亡している。ただし、人→人の感染はなかった。

本年3月、米国でH5N1ウイルスの変異株が乳牛に感染し、州を越えて牛→牛の感染が起こった。飼育関係者で結膜炎を起こした人もいた。ウイルス伝播は汚染乳媒介によると考えられている。なお、牛乳の加熱処理(65℃で30分)でウイルスは不活化される。

このウイルスがヒトの気道で増殖するような遺伝子変異が起こって、人→人と広がる可能性がある。そのようなウイルスは、動物と異なり清潔な行動をする人間の社会では低病原性株(気道局所の感染のみ)になろう。通常、インフルエンザは飛沫で伝播するので、マスク着用が有効な対策になる。

巨大災害時の避難所での感染症

日本は自然災害が多い国である。地震、津波などの巨大災害時、避難所で集団生活をするときに感染症が流行する可能性がある。ウイルス感染の場合、幼少時の初感染は軽症だが、高齢になるほど重症になる。

1995年の阪神・淡路大震災時の65歳以上の高齢者は、1930年以前生まれであり、2011年の東日本大震災時の高齢者は、1946年以前生まれであった。彼らは幼少時に不衛生な環境で生活しており、さまざまなウイルスに対し免疫を持っていただろう。このとき、避難所での高齢者の感染は大問題ではなかった。

しかし、百年単位の間隔で起こる巨大災害が、仮に2030年代に日本のどこかで起これば、避難所生活者のほぼ全員は昭和の高度経済成長開始後の清潔な時代に育った人たちになる。避難所で感染症の流行が起こるリスクが増す。換気、手洗い、緊急時用トイレの準備などがより重要になる。

変貌するヘルペスウイルス感染症

ヒトのウイルスのほとんどは一過性感染を起こすものであり、感染して人体に免疫が残り、ウイルスは残らない。ところが、ヘルペスウイルス群はそれらウイルスと異なり、幼少期に感染した後、体内の一部の細胞の核内にウイルスDNAが一生潜伏する。

潜伏ウイルスはときどき活性化されてウイルス粒子が生じ、密な接触でのみ他の人に感染する。その伝播効率が悪いため集団発生は起こらないのだが、ウイルスは体内で持続するので、最終的には人口の9割程度は人生のどこかの時点で感染を受けてウイルス保有者となる。その感染年齢が問題なのである。

【青年・中年の初感染】
今までは母児間、小児間での無症状の感染が起こっていた。しかし現在、少子化や、育児のやり方および子供の行動様式の変化などで幼少期の感染が減ってくると、重症の初感染が青年期に起こるようになる。

単純ヘルペスウイルスには1型と2型とがあり、前者は飛沫などを介して幼少期に広がる。後者は青年期に性接触で広がる。1型と2型のウイルス蛋白質は似ている部分があり、1型持続感染者は2型ウイルスに対しある程度の免疫を持つので、2型に感染しても症状は軽い。しかし、幼少期に1型未感染のままで大人になって2型に感染すると、性器局所の症状は重く、再発の頻度も高い。命に別状はないが、不愉快な症状に悩まされることになる。

エプスタイン・バー(EB)ウイルスの場合、未感染者が青年になってキスなどで唾液を介して感染すると、伝染性単核症という入院を要する病気になる。

サイトメガロウイルス未感染の妊婦が感染を受けると、ウイルスは胎盤を介して胎児に感染し、障碍児が生まれるリスクが生じる。未感染(=サイトメガロウイルス抗体陰性)の妻の妊娠中は、夫は(抗体陽性であれば)、妻にうつさないよう注意を払うべきである。

【高齢者の帯状疱疹】
水痘帯状疱疹ウイルスは、ヘルペスウイルスの中では例外的に水疱を生じるために伝播力が強く、水痘(水ぼうそう)として小児の間で流行し、ほぼ国民全員がこのウイルス保有者になっていた。

高齢になって免疫力が落ちると、神経細胞に潜伏していたウイルスの活性化が起こり、帯状疱疹が発生する。高齢者が増えた現在、治癒後に長期間続く重い神経痛が問題になっている。その予防に高齢者の免疫を強化するワクチン(ブースター接種)が使われる(弱毒生ワクチンと、特定の精製ウイルス蛋白に免疫強化剤を添加したものとの2種類がある)。

2014年から上記の弱毒生ワクチンが小児への定期接種になり、水痘の流行は消えた。過去の水痘流行時には、大人も子供からウイルス曝露を受けて無症状の軽い再感染があり、その免疫ブースター効果で潜伏ウイルスの活性化が抑えられてきた。しかし、そのブースター効果を経験していない成人が増えてくると、中年でも帯状疱疹が起こるようになった。

熱帯都市で広がる蚊媒介ウイルス感染症

熱帯にはネッタイシマカというヒトの血を好む蚊がいる。人口の多い都市に棲み、昼間に人を吸血する。デング熱やジカ熱のウイルスは蚊とヒトとの両方の細胞で増殖するので、都市でこれら疾患が大流行する。

デング熱は東南アジア起源の感染症であったが、南米諸国にも広がった。2000年には世界中で51万例の報告だったのが、2024年には7月末現在で1,000万例以上(死者6,500人)にもなった。ジカ熱ウイルスはアフリカ起源であるが、2015年に中南米に広がり、ブラジルでは130万人(無症状感染者を含む)が感染したと推定された。将来、地球温暖化によって温帯の一部が熱帯の気候になり、このウイルスが地球の南北にも広がると考えられる。

日本人が熱帯へ行くときには、前もって現地の流行状況を調べておくべきである。

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