そんなに急いで どこへ行く?”夢の超特急”リニア沿線からの報告?第3回 巨大高架橋が住宅地を分断(山梨県南アルプス市)
2024年03月22日グローバルネット2024年3月号
ジャーナリスト
井澤 宏明(いざわ ひろあき)
●「静穏な生活が破壊される」
住宅地の真上を通るリニア中央新幹線の高架橋によって静穏な生活が破壊される――。山梨県南アルプス市の沿線住民が2019年5月8日、JR東海を相手取り、同市内のリニア建設工事の差し止めを求めて甲府地方裁判所に起こした裁判は約4年半を経て、23年12月26日に結審した。リニア建設工事差し止め訴訟は静岡県や東京都でも続いているが、これらに先駆けて初の司法判断がこの春にも示される。
リニアは品川―名古屋間約286kmの9割近い約246kmがトンネルだが、残りの地上部約40kmのうち約27km(山梨実験線を含む)が山梨県内に集中している。すでに完成し走行試験を行っている山梨実験線で、日照や騒音、振動などによる被害が相次いでいるのはこのためだ。南アルプス市の約5kmは、品川方面から名古屋方面へ北東から南西へ高架橋で通過する計画のため、多くの住宅地を斜めに横切ることになる。
原告はリニア予定地や至近距離に住宅や農地などを持つ「南アルプス市リニア対策協議会」の6人(提訴時は8人)。同協議会は18年4月、JR東海が幅21.6m(両側4mずつの緩衝帯を含む)しか移転補償の対象としないことなどに異議を唱え、甲府簡易裁判所に民事調停を申し立てたが、不調に終わった。
「JR東海とは何回も何回も話し合いをしたが、沿線住民の生活に配慮していないことがハッキリした。軒先を通るような場合でも移転対象にならないということですから、これでは納得できない。(裁判は)最後の手段という気持ちです」。代表の志村一郎さん(82)は提訴後の記者会見で訴えた。志村さんが所有する農地の3分の1はリニア用地で、残りは高架橋の日陰になって農地として使えなくなり、住宅地として売却することもできなくなってしまうという。
訴状では、リニア建設予定地になったために原告の土地や建物の価値が低下、将来の生活設計が台無しになり、既に精神的苦痛を負っていると主張。巨大高架橋の建設中やリニア開業後に、眺望の喪失や景観の破壊、騒音、振動、低周波音、日照や電磁波の被害などによる「公害」が発生し、人格権(身体権及び平穏生活権)や財産権を侵害すると指摘している。既に生じている財産的損害への賠償なども求めた。
原告の秋山美紀さん(52)の場合、20年以上前に手に入れた一戸建て住宅の南側にある庭を斜めに横切る形でリニア高架橋の建設が計画されている。窓を開けるとすぐ目の前、住宅から約2mしか離れていない。ところがJR東海側から示されたのは移転ではなく、リニア用地にかかる「三角形」の土地の買い取りと、1976年に出された旧建設省事務次官通知(2003年改正)に基づいた30年間の「日陰補償」だった。
秋山さんの家は日当たりがいいのと富士山が望めるのが自慢だ。「夏は2時間あれば洗濯物が乾きます。風通しもいいですし、冬でも午後3時になれば乾きますね。朝一番に富士山が見えて、1日のパワーをもらっています」。しかし、同市内のリニア高架橋は中部横断自動車道の高架の上を通る必要があるため高さ20~35mを予定。完成すれば、眺望は閉ざされ長時間、日陰になってしまう。JR東海のシミュレーションでは、冬至には日照が1時間にも満たない。
●JR拒んだ「現地検証」実現
裁判でJR東海は「現時点では、高架橋の詳細な設計が決定していないことから、本事業によってどの程度の影響が生じるのかは明らかではない」「資産価値の下落は具体的かつ確定的に発生していない」とした上で、「新幹線騒音環境基準」を遵守できるよう最大限努力することや「損失補償基準」等に基づき補償することなどを挙げ、請求の棄却を求めた。
さらに、原告側が訴えた眺望の喪失や景観の破壊についても、リニア建設工事が「全国新幹線鉄道整備法」に基づき国土交通大臣の認可を得ていることを根拠に、「原告らが有する眺望又は景観が阻害されるとしても、高架橋の建設が『刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するもの』やこれらと同等の不相当な行為に当たるはずがなく、原告らの眺望や景観にかかる利益を違法に侵害するものとはなり得ない」と言い切った。
原告側は、被害の程度が社会的に受忍すべき範囲か、差し止め請求を認めるべきかを判断する「受忍限度論」の観点から、リニア工事計画そのものが自然環境や生活環境を破壊する著しく無謀な計画で、目的自体がほとんど無意味なため、「公益性は認められず、原告らは我慢を強いられる理由がない」と主張した。
これに対しJR東海は「極めて重要性の高い国家的事業で、高度な公益性を有する事業であることは論をまたない」と反論。「本事業のような公共事業に関し、差し止め請求が認められるためには、差し止めによって生じる事業者の損失や社会全体の損失を踏まえてもなお、当該事業を差し止めるのが相当と判断できる程度の違法性が認められる必要がある」と念を押した。
原告側代理人の梶山正三弁護士が当初から繰り返し求めていた「現地検証」でさえ、JR東海は「工事が開始されていない現状で検証を実施しても、原告の主張が裏付けられるものではない」と拒否し続けた。それでも新田和憲裁判長は実現に前向きで、23年9月15、19の両日、山梨実験線周辺と原告、補助参加人の自宅や土地を訪れ、その訴えに耳を傾けた。
●目立つ空き地に迫る高架橋
23年10月24日には、原告6人と補助参加人34人のうち2人、計8人への証人尋問が行われた。
証人に立った秋山さんは、自宅の周りの立ち退きが進み、ロープで囲われ「JR東海管理地」と表示された空き地が目立つようになったことや、隣接する中央市や富士川町の高架橋工事が目前に迫っている現状を紹介。「もし(リニアが)通ることになったら、工事の間もずっと騒音や振動と暮らさなくてはいけない。主人が夜勤をやっているので、昼間工事をされてしまうといつ眠れるのかとても心配です」と不安をこぼし、「自分だったら暮らせるのか、一生、死ぬまで我慢できるのか。JRの方も自分がそうなったときのことを考えてもらいたいと思います」と呼びかけた。
他の原告や補助参加人も「工場の精密機械がリニアの振動による影響を受けるのが心配で操業を続けられない」「一番いい田んぼが日陰になるうえ、防音フードのない区間で騒音のため使えなくなる」「高架橋から数m離れた自宅が、JR東海のシミュレーションで冬至にほぼ丸1日日陰になると想定されるのに、日陰補償として示されたのは30年間で約60万円」などと不安や不信を口にしたが、JR東海側は反対尋問を「特にありません」と一切行わなかった。
志村さんは23年12月26日の最終口頭弁論で意見陳述し、「一番残念なことはJR東海が沿線住民を心配しないこと。それが根本にあって、いろんな問題が起きていると痛切に感じる」と指摘し、同県都留市川茂の山梨実験線で22年になって、騒音に苦しむ沿線14世帯にJR東海が立ち退きを求めたことを挙げた。「明らかに欠陥。リニアがとにかく通ればいい、という方針の転換をお願いしたい」と改めて訴えた。
裁判後の報告集会で秋山さんは「うちは庭が(リニア用地に)かかるけど、日陰(被害)だけとか(高架橋の)南側に住む方は訴える場所もなく辛いだろうという思いも一緒に背負ってきた。途中、『もういいかな』って思ったときもあるけど、工事が始まれば騒音、振動で眠れないという不安しかなかったので、頑張ろうと思ってここまで来ました」と振り返った。
判決期日は、3月に入っても示されていない。