政府のキャッシュレス化の動きは止まらない - 銀行員のための教科書

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政府のキャッシュレス化の動きは止まらない

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政府がキャッシュレス化を推進するために本腰を入れようとしています。

2018年4月には経済産業省を中心として「キャッシュレス・ビジョン」がまとめられ、公表されました。

キャッシュレス化は日本の産業育成にとっても、インバウンド消費の拡大や旅行地としての魅力を高めるためにも重要な要素となってきています。

今回は、政府が日本のキャッシュレス化を阻害する要因をどのように認識しているのか、そしてどのような政策を打つことを選択肢に入れているのか、そして政府がキャッシュレス化を強力に推進する理由について考察します。

 

報道記事

まずは、現状の動向について日経新聞の記事を引用します。

決済電子化で税優遇 政府検討「QR」など導入促す
2018/08/21 日経新聞

 政府はモノやサービスの決済の電子化(キャッシュレス化)を進めるための支援に乗り出す。スマートフォン(スマホ)で読み取るQRコードを使った決済基盤を提供する事業者に補助金を供与し、中小の小売店には決済額に応じて時限的な税制優遇を検討する。急速なIT(情報技術)の進化により、世界的な決済手段の標準となりつつあるキャッシュレスで日本は出遅れている。政府は消費者の利便性や企業の生産性向上につなげるため、普及を後押しする。
 QRコードを使ったキャッシュレス決済は、主に買い物客が自らのスマホにQRコードを示す方式と、店舗側が端末に示して買い物客が読み取る形式の2つがある。政府は国際標準のあり方を探りつつ、年内にも仕様を統一する計画をまとめる。計画に沿った決済基盤を提供する事業者には補助金の支給を検討する。
 外食や買い物でキャッシュレス決済が可能な店舗が増えれば、消費者の利便性や店側の経営効率が高まる。先行して普及する中国や韓国などの外国人観光客にも対応しやすくなる。
 経済産業省の調査によると、クレジットカード決済を導入しない理由について、42%の企業が手数料の高さをあげる。政府はQRコードの表示などキャッシュレス決済を新たに導入する企業を対象に、一定期間は減税する仕組みを検討する。小売店や飲食店の手数料負担を抑え、2020年の東京五輪までの普及に弾みをつける。
 クレジットカードやデビットカードの読み取り端末を中小や個人商店に配布したり、キャッシュレスで払った消費者に次の決済で利用できるポイントを与えたりする施策も検討する。地方自治体や中小企業が各地域の商店街で実証実験をしやすくする支援策も練る。
 政府は今秋、未来投資会議の下に官民協議会を設け、キャッシュレス化を推進する方針を打ち出す見通しだ。補助金は経産省などが関連費を19年度予算案に盛り込み、税制優遇は自民党税制調査会などでの議論を踏まえ、18年末に政府が閣議決定する税制改正大綱への反映を目指す。

(以下略)

これが現在の動向です。

 

経産省の動向

経産省は、クレジットカード会社のAPI連携促進に向けた具体策等を検討する「クレジットカードデータ利用に係るAPI連携に関する検討会」を2017年3月に立ち上げました。そして、2017年11月からは、近年の支払い手段の多様化を踏まえて検討対象を拡大し、キャッシュレス推進のための課題と今後の方向性について議論を行いました。その結果、2018年4月に経済産業省を中心として「キャッシュレス・ビジョン」がまとめられました。

この、経産省の検討会では、代表的な飲食店の検索サイトにおいて(食べログ社、Yelp社の検索結果を元に、NTTデータ経営研究所作成)、東京都の飲食店のクレジットカード受入状況(2017年10月時点)を確認しています。

結果として、東京都においてクレジットカード受入が可能な飲食店舗は132,601店のうち47,525店(約3分の1)にとどまっていました。

同様の確認を、海外企業の飲食店検索サイト(東京都)にて行ったところ、クレジットカード受入が可能な店舗は102,329店のうち17,030店(約6分の1)でした。

中小・零細事業者が多い飲食店等、取引件数が相対的に少ない、あるいは取引金額が低額(数万円未満)帯の層において、クレジットカードによるキャッシュレス支払の受入れが十分に浸透していない状況にあると推察されています。

この状況であれば、旅行者を含む消費者個人としては現金を持ち歩く必要があるということになるのでしょう。

 

キャッシュレス支払が普及しにくい要因 

この状況を受けて、経産省の検討会は日本においてキャッシュレス支払が普及しにくい背景についてまとめています。

観点としては、社会情勢・実店舗等、消費者、支払サービス事業者に検討会では分けていますが、このうち、社会情勢・実店舗等に絞って以下要因をまとめます。

社会情勢の背景からキャッシュレス支払が普及しにくい理由

  • 盗難の少なさや、現金を落としても返ってくると言われる「治安の良さ」
  • きれいな紙幣と偽札の流通が少なく、「現金に対する高い信頼」
  • 店舗等の「POS(レジ)の処理が高速かつ正確」であり、店頭での現金取扱いの煩雑さが少ない
  • ATMの利便性が高く「現金の入手が容易」

実店舗等における要因としてキャッシュレス支払が普及しにくい理由 

【導入】

<端末導入コスト>

  • 「支払端末」の導入にコストが発生
  • 端末設置のスペースコストや回線引込の負担も発生

【運用・維持】

<現金と比較した場合のコストの高さ>

  • 現金支払では発生しないキャッシュレス支払手段利用にかかるコストが、実店舗側に発生
  • 実店舗等からすると、これらコストのうち、支払サービス事業者に支払う手数料は、当該事業者(イシュア)が消費者に付与するポイントやマイル原資の一部に見えるが、当該ポイントやマイルの恩恵を十分に受けられていないと感じる実店舗の存在

<オペレーション負担>

  • 現金支払では発生しない紙の売上票(利用控え)等を手交するためのオペレーション負担が発生

【資金繰り】

<支払後の資金化までのタイムラグ>

  • 現金支払では即時に資金化できるが、一般的にクレジットカード支払では、資金化までに半月~1ヶ月程度のタイムラグが発生

これが経産省の検討会で示された日本においてキャッシュレス支払が普及しにくい背景です。

 

経産省の政策

それでは、経産省の検討会ではキャッシュレスを推進していくためにどのような政策を考えていたのでしょうか。

今回の報道では、キャッシュレス化を推進するために、補助金と減税が手段として検討されているとされています。

以下、検討されていた日本における政策の方向性についてみていきましょう。  

実店舗等におけるキャッシュレス支払導入にかかるボトルネック解消

①キャッシュレス支払の導入を促進させるための環境整備   

  • キャッシュレス支払の受入推奨・義務化
  • ※本件は、一定額の売上規模(例:韓国の場合、年240万円以上)や特定エリアの実店舗等はキャッシュレス支払受入を推奨もしくは義務化する方策等

②支払手数料改善のための環境整備

  • 「軽い」仕組みの構築
  • 低額支払に関する仕組みの整備

③生産性向上のための環境整備     

  • 証票の電子化促進
  • キャッシュレス専用レーン等の推進

④キャッシュレス支払受入の動機付け

  • キャッシュレス支払導入・運用に関する補助金の付与
  • キャッシュレス支払導入に伴う税制面の優遇措置

⑤キャッシュレスの意義、効果に関する事業者理解の増進 

  • 国・地方自治体等による周知

⑥サービスの統一規格や標準化等の整備  

  • キャッシュレス支払に関する技術的仕様や支払データの標準化等
  • 既存インフラの改善

消費者に対する利便性向上と試す機会の拡大

①キャッシュレス支払に対する真の消費者ニーズの把握

  • 消費者インサイト分析の実施

②キャッシュレスの利便性や安心感の向上

  • デファクトスタンダードサービスの整備
  • 消費者の抱く不安感の除去
  • 消費者への周知と教育

③キャッシュレス支払利用の動機付け

  • キャッシュレス支払の優遇措置
  • ※ETC通行料金(割引)のイメージ
  • 支払サービス事業者のビジネスモデル変革を後押しする環境整備

①ビジネスモデル変革のための環境整備

  • 支払手数料のあり方の検討
  • 共通の本人確認/認証に関する仕組みの整備
  • ※支払手数料の上限規制への意見あり、業界共通の本人確認への言及あり

産官学によるキャッシュレス推進の強化

①より野心的な目標設定、ドラスティックな(思い切った)方策の実施、キャッシュレス推進にかかるフォローアップ

  • 大阪・関西万博を目標とした支払い方改革宣言
  • キャッシュレス推進協議会(仮称)の設立
  • キャッシュレス状況のフォローアップ
  • ※将来的には世界最高水準のキャッシュレス決済比率80%が目標

②各種調査・発信

  • 現金コスト定量分析やキャッシュレスの経済効果等の調査・発信
  • キャッシュレス支払を導入する加盟店メリットを訴求する発信

③政府や自治体自らが積極的にキャッシュレスを利用

  • 行政機関におけるキャッシュレスの促進

新産業の創造

①商流・物流・金流の連動を促進 

  • データ利活用によるビジネスモデルの促進

②データ利活用の円滑化に着目した産業育成

実証実験のサポート
③制度的課題への対応

※制度的課題への対応として、現行の業態別法体系から、機能別・横断的な法体系に変更していくことが望ましいとの意見あり

以上引用してきたキャッシュレス・ビジョンは以下のリンク先にて公表

「キャッシュレス・ビジョン」「クレジットカードデータ利用に係るAPIガイドライン」を策定しました(METI/経済産業省)

以上が経産省の検討会が議論してきた政策の方向性です。

 

所見

今回の報道内容が事実であれば、経産省の検討会でなされた議論を実現させるための動きが出てきたということになります。

キャッシュレスの推進は、消費者にとっては多額の現金を持たずに買い物が可能になることや、紛失等のリスクが現金に比べて軽減されること、事業者にとっては現金管理コストの削減による生産性向上など、様々なメリットが期待されます。

そして、海外からの旅行者の決済の容易化、インバウンド消費の更なる取り込みが期待されることも間違いありません。

今回は事業者に対する補助金と減税、消費者に対するポイント付与が施策として報道されていますが、上記の通り、より複合的な政策が立案される可能性があります。

キャッシュレス化は間違いなく事業者にとっても消費者にとってもメリットがあります。(銀行にとってメリットがあるかは非常に難しい問題ですが)

なお、キャッシュレス化の推進は経産省が主導していますが、キャッシュレス化推進は国にとっても異なる意味で多大なメリットをもたらします。

それは税金の徴収です。

キャッシュレスは、実店舗等での現金取扱いにかかる事務処理を削減するだけでなく、会計や財務管理の電子化と合わせることで、納税の自動化促進にも貢献すると考えられています。その結果、政府側から見ると収税面の効率化が図られることとなります。

すなわち、キャッシュレスは、これまでかかっていた行政コスト(収税コスト)という社会コストの削減に寄与するものであり、社会全体での生産性向上を目指す我が国の方向性と合致すると考えられる、と経産省の検討会でも発言がなされているのです。

また、キャッシュレスの効果としては、事業者や消費者が納めるべき税金を正確に捕捉することに繋がり、納税の公平性を確保することも期待されています。

そのため、税収不足の課題を抱える日本国政府としては、キャッシュレス化を強力に推進していく可能性が高いと筆者は考えています。

簡単にはこの流れは止まらないのではないでしょうか。