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GPIFのAI活用は非常に興味深いアプローチ

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年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がAIを年金運用に活用すると報道されています。

AIを運用そのものに使う動きは増加していますが、GPIFは自分達で直接運用することはありません。

では、どの業務にAIを利用するのでしょうか。

今回はGPIFのAIの活用について確認していきましょう。

 

報道内容

GPIFがAIを活用するという報道は直近では日経新聞のみが報じているようです。

以下、日経新聞の記事を引用しておきます。

公的年金での運用 AIで安全管理
2018/07/31 日経新聞

 公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、人工知能(AI)を年金運用に取り入れる。運用を委託する信託銀行などの取引データをAIが解析し、特定の金融資産にマネーが集中するバブルを察知できるようにする。約160兆円と世界最大級の公的年金を運用しており、潜在的な投資リスクを軽減するためにAIを活用する。
 今夏にもGPIF内で専門チームを立ち上げ、民間の研究機関など外部と共同研究を始める。早ければ2019年度に実用化する。AIの解析は国内外の株式や債券すべてを対象にする。外国株と国内株式など異なる資産の値動きの相関性などを細かく調べて、最適な資産配分に役立てる。
 GPIFは法律で株式を直接保有できないため、複数の信託銀行や運用会社に実際の運用を委ねている。17年度にソニーコンピュータサイエンス研究所に委託し、市場平均を上回る成績を目指す国内株式の運用に絞って調査した。その結果、個々の投資スタイルに関係なく、特定の局面で複数の委託が集中投資する傾向がみられた。
 AIがこうした情報を把握すれば、株価が割高になっている局面などで運用会社が一斉に買いに動くことを回避することができる。委託先の投資行動を横断的に分析することで、特定の資産が説明のできない水準まで上昇するバブルをいち早く察知できる可能性も高まる。
 委託先の運用の巧拙でもAIを活用する。例えば運用者が事前に説明していた戦略と、実際の売買行動が一貫性を保たれているかをAIが検証する。運用の実力や透明性を見極め、今後も委託を続けるかの判断に役立てる。
(中略)
 海外の年金基金は株式を自ら運用するケースも多く、実際の銘柄選別などにAIを活用しようとする傾向が強い。巨額の資金を運用するGPIFは外部に運用を委託している特性から、AIを年金運用全体に活用しようとする発想だ。世界的にも珍しい取り組みで、運用の世界でAIをどれだけ活用できるかの試金石にもなりそうだ。

これが報道内容です。

 

プレスリリース 

次に、GPIFが公表しているソニーGに依頼した調査研究についても内容を確認しておきましょう。

2017(平成29)年11月30日

ソニーコンピュータサイエンス研究所を委託先に選定
~人工知能(AI)が運用に与える影響や活用方法についての調査研究業務~

年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)は、人工知能(AI)が運用に与える影響について調査研究の企画競争を行ってきましたが、このたび株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下、ソニーCSL)を、委託先として選定しました。

GPIFはソニーCSLとの最先端の技術研究を通じて、変化が加速する運用業界への理解を深め、今後の運用受託機関選定やモニタリングに活用していく方法を検討していきます。

具体的な研究分野
①AIの活用を進める運用会社のビジネルモデルに関する評価方法
②長期運用にふさわしいダイナミックなファクター分析やシナリオ分析によるリスク管理を、AI技術の利用を通じて強化する可能性
③GPIFが運用を委託するファンドが実際に行った取引と、運用受託機関からの説明との整合性の確認など、運用受託機関の評価にAI技術を応用する可能性

<GPIF 髙橋則広理事長のコメント>

AI技術は近年著しく進化しており、GPIFや運用受託機関がAIを通じて運用手法を高度化する可能性が高まっていると考えています。GPIFは最先端のAI技術の知見を蓄積することで、これから運用業界で起こりうるコスト構造を含むビジネスモデルの変化の理解に努め、運用会社の選定やモニタリングの精度向上に活用してまいります。

<ソニーCSL 北野宏明代表取締役社長、所長のコメント>

深層強化学習や敵対的生成ネットワークに代表される近年のAI技術の進展は目を見張るものがあり、広範な産業領域に変革をもたらしつつあります。金融・資産運用の領域も例外ではありません。その中で、GPIFが、いち早くAI技術がそのミッションに及ぼす影響と、導入の戦略に関しての調査を行うことは極めて意義深いものと考えます。我々の知見をもとに、GPIFのAI戦略の策定と実現に貢献したいと思います。

(出典 GPIFホームページ

http://www.gpif.go.jp/topics/2017/AI_research.html )

報道内容からは、上記プレスリリース内容のうちの②=リスク管理、③=運用受託機関の評価についてAIを活用していく方向性になったということでしょう。

 

所見

このGPIFのアプローチは非常に興味深いものです。

「個々の投資スタイルに関係なく、特定の局面で複数の委託が集中投資する傾向」を回避し、「委託先の投資行動を横断的に分析することで、特定の資産が説明のできない水準まで上昇するバブルをいち早く察知できる可能性」をAIを使うことにより効率的に分析するということでしょう。

筆者は実際の運用にAIを使うことは自然な流れだと思いますが、まさかAIを使ってリスク回避や運用委託先の評価をする発想があるとは考えていませんでした。

これは法律で自家運用(自分達で直接運用すること)を禁じられているGPIFならではの発想でしょう。

特定の銘柄に運用が集中するのは、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)を中心とした大型ハイテク企業・テクノロジー銘柄が割高になってきた(これには様々な意見があると思いますが)事例が参考となるかもしれません。

ただし、「投資スタイルに関係なく」特定の局面で、特定の銘柄に集中する傾向があるのであれば、非常に面白い調査・研究になっていると思います。どんな投資スタイルを取ろうとも、「結局はトヨタ自動車の株を買う」という行動を各機関投資家が取っているようなものです。

各機関投資家の投資行動を横断的に分析した調査は、あまり数が多くないように思います。恐らく学術的にも非常に価値のある調査になるでしょう。

このGPIFのAI活用は業界には以下の影響を与えることが想定されます。

  • 他年金基金のリスク管理手法の手本となる可能性があること
  • 生命保険、信託銀行の運用手法にも影響を与える可能性があること
  • 運用受託機関のディスクロジャー、運用報告の高度化が図られる可能性があること
  • 運用受託機関の新たな評価手法が作られる可能性があること
  • サラリーマン・ファンドマネージャーから運用哲学を持った真のプロフェッショナル・ファンドマネージャーへの転換を迫る可能性があること

改めて申し上げるとGPIFのAI活用は、期待し過ぎてはいけないかもしれませんが、非常の良いアプローチになる可能性があります。

そして出来ればGPIFはこのAIでの分析結果等をオープンにして欲しいと筆者は思います。前述の通り学術的にも価値が高い可能性がありますし、オープンにすることにより運用受託機関の評価が広く知られるところになり競争が促進されるからです。

GPIFのAI活用は非常に楽しみなニュースです。