衛星の画像データが軍事目的だけではなく、民間の運用会社でも利用されていることをご存じの方も多いでしょう。
今まで運用会社が活用してきた情報は、事後に政府・企業等が集計したデータでした。
例えば、住宅の着工戸数、GDP、消費者物価指数、企業業績等、定量的なデータのほとんどは「事後に集計」されたものだったのです。
しかし、衛星の活用はその前提を覆しました。
今回は、衛星の画像データを活用することについて、その技術的な限界点等を考察していきましょう。
衛星画像データの強み
衛星のデータを使うというのはどのようなメリットがあるのでしょうか。
例えば、衛星の画像データを使って、中国の工場や物流のある程度の状況を把握できれば、国の経済活動の予測につながります。
世界中の石油の貯蔵量が分かると石油価格の予測に役立つため、世界中の石油タンクを監視している衛星会社も存在します。
より身近なところでは、ウォルマートの駐車場にある車の台数と売上高の相関関係を調べたアナリストもいたほどです。
このように統計・企業業績等が発表される前に、できるだけタイムラグ無く画像情報を収集できることが衛星の画像データの強みです。
他者を出し抜くことができれば資産運用の世界でも優位に立つことができます。
これが衛星の画像データが注目され、活用されるようになってきた背景です。
衛星画像の解像度
衛星の画像データの有効性を把握できたとしても、衛星の画像データの解像度が悪く、有用なデータを読み取れない可能性もあります。
現在の衛星ではどの程度の画像データが得られるのでしょうか。
以下参考となる新聞記事を見てみましょう。産経新聞の記事を引用します。
情報収集衛星の打ち上げ成功 約30センチの高解像度、北朝鮮の監視強化へ
情報収集衛星 2018.2.27 産経新聞政府の情報収集衛星光学6号機を搭載したH2Aロケット38号機が27日午後1時34分、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。衛星は予定の軌道に投入され、打ち上げは成功した。正常に機能すれば核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の監視強化に役立つ。
光学6号機は、設計上の寿命を超えて運用している4号機の後継となる衛星。デジタルカメラのようなセンサーを搭載し、日中の晴天時に地上を撮影する。
識別可能な物体の大きさを示す解像度は、車の種類が判別できる約30センチとみられ、約60センチとされる4号機の2倍に向上。運用中の5号機とほぼ同じで、高精細画像をより高頻度に撮影できるようになる。開発費は307億円、打ち上げ費用は109億円。
光学衛星の解像度は当初、米国の民間衛星を下回っていたが、5、6号機は同等の水準だ。高性能化は世界的に進んでおり、米偵察衛星の解像度は少なくとも約20センチに達している。
情報収集衛星は光学衛星と、夜間や曇りでも撮影できるレーダー衛星の各2基がそろうと、地上のどこでも1日1回撮影できる本格運用が可能になる。現在は光学2基、レーダー4基の計6基が稼働している。
(中略)
■情報収集衛星 内閣衛星情報センターが運用する監視衛星。平成10年の北朝鮮による弾道ミサイル「テポドン1号」発射を契機に導入された。デジタルカメラで撮影する光学衛星と、電波を使うレーダー衛星で構成。地球を南北に回る高度400~600キロの極軌道を周回し、地球の自転により世界全域を撮影できる。設計寿命は5年。東日本大震災では津波浸水域の把握に活用された。
各国の政府が運用する偵察衛星、情報収集衛星は軍事機密のため解像度は公表されていないのでしょうが、記事によると日本の情報収集衛星で30cm、米国の偵察衛星で20cmの解像度となっているものと思われます。
なお、30cmの解像度というのは、一つの画素(ピクセル)が30cmということです。自動車の車種を判別するには25~50cmの解像度が必要といわれています。
映画で衛星画像を使って様々な分析をすることがありますが、この解像度であれば車のナンバープレートを見分けることは無理です。もちろん、人を見分けるのも当然に無理です。
偵察衛星・情報収集衛星といっても現在の技術ではこの程度なのです。
民間の衛星はこの解像度と同程度か劣ることになるでしょうから、民間で活用するには、大型の画像で分析が可能なものを対象とする必要があることになります。
衛星活用について知っておくべき知識
衛星を使えば、投資に役立つ情報を得ることができます。
ただし、鮮明な画像を撮影するためには偵察衛星のように低軌道を飛ばなければなりません。
しかし、低軌道の場合は、対象物の上空にいられる時間は秒速8kmで飛んでいるため、撮影時間が1分足らずしかないことになります。
どうして、もっと高い高度を飛ぶ衛星を活用することができないのでしょうか。
高高度なら、もっと長い時間、持続的に対象物を観察できます。更に高性能な望遠鏡を使えば高高度で衛星を飛ばしても良いのではないかという疑問もあると思います。
ここで、若干の物理学の知識に頼ることにしましょう。
物理学(そこまで格式ばったものではないかもしれませんが)では光学装置で識別可能な2つの物体の最小距離(解像度)は計算可能です。
詳細は省きますが、光が波の性質を持つことから、解像度(距離)の計算式は以下のようになります。
B(解像度)={L(波長)/D(レンズまたは隙間の直径)}×R(物体までの距離)
この計算式だけでは分かりづらいので、有名なハッブル望遠鏡を静止軌道に乗せて、地球を観察することを想定しましょう。
計算がしやすいように、静止軌道の高度を3万5,000kmとし、光の波長を可視光の0.5ミクロン、ハッブル望遠鏡の直径を2.4mとすると、解像度は以下の通りとなります。
B=(L/D)R={(5×10の‐7乗)/2.4}×(3.5×10の7乗)=7m(メートル)
すなわち、静止軌道の高度3万5,000kmを飛行するハッブル望遠鏡が収集できる画像では、地上に7メートルの間隔で置かれた2つの物体は像がぼやけて重なって見えることになります。
では、同じハッブル望遠鏡を高度240km(簡単に計算するための数値)のLEO(地球低軌道)に乗せたとします。先ほどの計算から変更したのは高度だけとなります。
その場合、地球低軌道からの解像度は以下の通りとなります。
B={(5×10の‐7乗)/2.4}×(2.4×10の5乗)=0.05m=5cm(センチメートル)
これなら自動車のナンバープレートも読み取れるかもしれませんが、人間の顔については難しいでしょう。
(以上についての参考文献=サイエンス入門Ⅱ/リチャード・ムラー著)
持続性・利便性(常に同じ地域を監視できる)をとれば解像度は犠牲となり、詳細な画像を必要とすれば持続性・利便性は犠牲となるということなのです。
そして低軌道の衛星は姿勢制御等のために燃料が必要となり寿命も短くなります。
これが、 衛星画像を活用するための基礎的知識です。
今後、衛星の活用は資産運用の分野では更に増加するでしょう。
もちろん通常の企業活動でも更に活用は進みます。
その際に、衛星で出来ることは何か、自分達が求めている情報は何かを認識していなければ、意味のないデータを、高い費用を支払って購入することになりかねません。
資産運用に携わる銀行員等はこの基礎的な知識を認識しておいた方が良いかもしれません。
現在は米欧の資産運用会社が衛星データの活用では完全に先行していますが、日本でも活用が開始される可能性もあるからです。 (もちろん日本の資産運用会社の経営者に理解があればですが。)