2017年9月15日に厚生労働省が確定給付企業年金制度にかかる改正案のパブリックコメント募集を開始しました。
この中で企業年金基金(以下DB)の代議員定数にかかる項目が新設されています。
この代議員定数にかかる新設条項が特に総合型DBに与える影響について考察します。
総合型DBとは
総合型DBは、厚生労働省の通知による定義では、「2 以上の厚生年金適用事業所の事業主が共同で実施するDB で、当該適用事業所間の人的関係が緊密でないもの」をいいます。
すなわち複数の企業が運営する(=総合型)企業年金基金のことをいうのです。
総合型DBは、厚生年金基金の解散もしくは代行返上の受け皿として立ち上げられた基金です。
2014年4月に厚生年金基金を原則廃止とする改正法が施行され、厚生年金基金の解散や代行返上が進んできました。
同業種の中小企業が多数集まって設立された総合型の厚生年金基金においては、運用損失による積立不足が代行部分にまで食い込む「代行割れ」が多数発生し、事業所の連鎖倒産や厚生年金本体の財政への悪影響が懸念され、抜本的な制度改正が行われたためです。
DBの代議員定数にかかる新設項目
2017年9月に厚生労働省は「確定給付企業年金制度について」等の改正案につき公表し、パブリックコメントの募集を開始しました。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000163910
この改正案の中にはDBのガバナンスを強化するためにDBの代議員定数を拡大する条項が新設されています。
この条項では、総合型DBでは実施事業主数の10%以上を選定代議員とすることにしています。また加入者の中から選出する互選代議員も選定代議員と同数必要とされています。全体の代議員定数は6名以上となり(互選含む)、前述の通り代議員数は実施事業主数の20%以上(=互選代議員が選定代議員と同数のため)となります。
この代議員数の条項が新設されたのは、社会保障審議会企業年金部会において「総合型DBの運営に無関心な事業主は、自身が組織の実施主体であるという意識が希薄になりがちであるため、その責務を果たさないことがガバナンス上の問題とされ、その改善策として、代議員の数を見直すことが提案され」たためです。
代議員定数の見直しにかかる問題点
第18回社会保障審議会企業年金部会(2016年6月14日)では、「いわゆる総合型DB基金における代議員数は、大半のケースで40名以下(すなわち労使各20名以下)であり、3分の2の基金では20名以下である。(H28.4.1現在の63基金)」とされています。
総合型DBにおける平均事業主数を調査したものは筆者が調べたところでは見当たりません。
しかし、企業年金連合会が総合型企業年金のガバナンスに関する要望として公表した意見では、多くの総合型DBにおいて代議員数が増加すると述べられています。
代議員選任のあり方は、以下のりそな年金研究所のレポートにあるように、第19回の社会保障審議会企業年金部会の議論にて、事業主に配慮した形での改正案となったようですが、それでも代議員数は増加するということでしょう。
代議員の選任のあり方については、前回までは、原則として全ての事業主(ただし事業主数が100 人を超える場合は、全事業主の1 割以上)を選定代議員とする案が提示されていましたが、委員からは、中小企業の中には総合型DB 基金の運営に関与するのが困難な事業所もあることや、事業主数100 を境に代議員数の逆転現象が起こる(例:事業主数が100 人だと代議員数100 人だが、事業主数が101 人だと代議員数が10 人で済む)との指摘がありました。
これらの指摘を踏まえて、今般提示された案では、全事業所から代議員を選任するという方針が見直され、選定代議員の数は事業主の数の10 分の1(事業主の数が500 を超える場合は50)以上とされています。また、加入事業所の9 割以上が所属し、かつ、基金の運営に一定程度参画している組織母体等がある場合は、上記の規制を適用しない措置も併せて提示されています。出典:りそな年金研究所 企業年金ノート 2017(平成29)年7 月号 No.591
この第19回の社会保障審議会企業年金部会での議論について、企業年金連合会では総合型企業年金のガバナンスに関する要望として以下の意見を公表しています。
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第19回の社会保障審議会企業年金部会(以下「企業年金部会」という。)において、代議員の選任のあり方に関する論点として、「総代会制度の例も参考としつつ、選定代議員の数は事業主の数の10分の1(事業主の数が500を超える場合は50)以上とする」と示されている。
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この案に従えば、多くの総合型DB基金において代議員の数を増やすことが必要となり、互選代議員も合わせると実質的に最大100人で代議員会を開催することとなるが、厚生年金基金から移行して設立された総合型DB基金は、実施事業所数が減少傾向にあり、また、実施事業所の大部分が社員数5名以下の企業といった基金もあるなど、代議員の数を増やすことが困難である事例も少なくないと考えられる。また、全国規模で実施事業所を有する総合型DB基金の場合は、大規模な形式での代議員会の開催は、物理的にも、金銭的にもコスト負担が大きく、現実に即しているとは考え難い。
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そもそも、いわゆる総代会は、協同組合等において組合員等が議決権を行使する総会に代えて設置されるものであるのに対し、企業年金基金の代議員会は、実施主体である事業主が選定する代議員と加入者が互選する代議員が重要事項を審議するものであって、その性格を異にするものであり、物理的に開催可能であることや有効な議論を行うことといった本来の趣旨目的を損なうことは避ける必要がある。
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また、企業年金部会では、基金の運営に無関心な事業主は、自身が組織の実施主体であるという意識が希薄になりがちであるため、その責務を果たさないことがガバナンス上の問題とされ、その改善策として、代議員の数を見直すことが提案されているが、代議員の数を増やすことによって、組織の実施主体であるという意識が必ず高まるというものではなく、むしろ、積極的な情報開示の推進などにより基金の運営方法を見直すことの方が、基金参画に対する意識・関心が高まるのではないかと考えられる。
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企業年金制度は、公的年金を補完する側面を持ち、事業主による企業年金の実施を促し老後所得の保障を図る制度であり、その中で、総合型DB基金は、中小企業の企業年金を維持するための重要な制度である。現在、多くの総合型DB基金は厚生年金基金から移行し、又は移行した直後の過渡期にあることから、まずは、円滑な移行を確保することにより、中小企業の従業員の老後所得の保障を図ることが重要である。また、厚生年金基金から総合型DB基金へ移行した実施事業主は、総合型DB基金に対して高い関心を持っているといえる。代議員の選任に係る規制については、各基金における情報開示などの実態調査を行うなど、ガバナンスの状況についての継続的な検証を行った上で、十分な時間をかけて検討いただきたい。
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さらに、厚生年金基金から移行した総合型DB基金の中には、現状においても適切なガバナンスに取り組んでいる事例(各事業主への個別の事業説明や情報交換会の開催、ホームページや広報誌による適時の情報提供など)もあり、そのような総合型DB基金については、企業年金部会で示された代議員規制の適用を除外することや規制の一部を緩和することについても検討いただきたい。なお、総合型DB基金の事業主の多くは中小企業であり、総合型厚生年金基金から総合型DB基金への移行に際し、事務費掛金が減少している中で、代議員会については、基金の重要事項を審議するという重要な機能を確保しつつ、柔軟かつ時代に即した対応を行っていく必要がある。この点、現行法令等においては、書面による議決権等の行使が可能となっているが、確定給付企業年金規約例には書面による議決権等の行使に関する例が示されておらず、企業年金の実務において当該規約例に位置付けることが重要である。このため、実施事業主が基金の意思決定に参画する方法として、代議員会への書面による参加やインターネット等を通じた代議員会の開催などに関する例を当該規約例に追加していただきたい。
https://www.pfa.or.jp/user_kaiin/chosakenkyu/yobo/kigyonenkin/files/yobo_h290830.pdf
以上のように、企業年金連合会としては代議員定数の実質的な増加に、かなりの危機感を持っていることが分かります。
今後の問題点
今回の総合型DBにかかるガバナンス強化の一環としての代議員定数の見直しは問題意識としては理解できるものです。
しかしながら、厚生年金基金が代行返上もしくは解散して総合型DBに移行した経緯は、年金制度を縮小し、事業主の追加・将来負担を軽くするというものでした。もちろん総合型DBは事務経費についても削減を行っています。
今回の代議員定数の実質的な増加は、この総合型DBのコスト削減努力と真っ向から対立するものです。また事業主にとっても、自社の従業員を総合型DBの代議員として追加で派遣しなければならなくなり、人繰りに余裕のない企業であれば負担感は大きいでしょう。
そもそも総合型DBは年金制度を継続したくない事業主をも、何とか説得して立ち上げたところが多いのです。
今回の代議員定数の基準新設はこのような問題をはらんでおり、総合型DBの事業主の中には総合型DBから脱退したいとの意向を示すところも出てくる可能性があります。
企業年金連合会の意見表明のように「代議員の数を増やすことによって、組織の実施主体であるという意識が必ず高まるというものではなく、むしろ、積極的な情報開示の推進などにより基金の運営方法を見直すことの方が、基金参画に対する意識・関心が高まるのではないかと考えられる」のではないでしょうか。ガバナンスは人を増やすだけではなく、情報開示を増やすやり方もあるということです。
以上のように、この代議員定数に関する新基準は、中小企業の年金離れを加速する可能性がある規制なのです。
厚生労働省の冷静な対応が期待されます。