講演録
第1部
ナージャさん:
みなさん、こんにちは。今日はみなさんのための特別なスパルタプログラムをご用意しました。「今日は一日タガを外す日」ということで始めたいと思います。
みなさんの脳味噌を揺さぶっていきます。入学案内としては、この学校は校則もないし自由になっていただきたいので今までの学校のルールとかそういうものは一切忘れてください。それを引きずるとタガが外れにくくなります。今日、大事なことは好奇心を忘れないことです。「何でこれをやるんだっけ」といろいろ不思議なことがあっても、そこにこそタガが外れるヒントがあると思います。
■なまえが変わるとキャラクターが変わる
ナージャさん:
早速タガを外しやすくするために、みなさんに1回、別人になってもらおうと思います。「もし自分が日本以外の国に生まれたら、どんななまえだったでしょうか」、なまえとその由来を考えてみてください。日本に生まれていない人は、もし日本に生まれたらどんななまえだったかを考えてみましょう。
そろそろ思いついたころだと思うので、今日はそのなまえで一日過ごしてみてください。
ナージャさん:
ここで私も自己紹介をしようと思います。小1から大学生までの間に10回以上転校しています。まずロシア、旧ソ連に生まれまして、その後、7歳で日本の京都に行って、次の年はイギリスのケンブリッジとフランスのパリに行って、その1年後に東京に行って、アメリカに行って、東京に行って、カナダと続いて、その後は、日本国内を札幌、名古屋、東京、と転々としました。ここからどこに行くかはわかりません。私の人生を12コマにするとだいたいこんな感じになります。
学年にするとこんな感じです。ロシアで小1をスタートしたのですが、日本に来たらまた保育園に逆戻りしまして、そのため小2はスキップして小3になりました。その後、小学校を3回卒業しました。なぜかというと、ロシアだと4年生で卒業するので、まず4年生で卒業して、アメリカに転校したらアメリカは5年生で卒業です。日本に来たら小学校6年生で「あれ? またですね」となり3回卒業しました。これは、なかなかできない経験かもしれませんよね。
言語になおすとさらにカオスです。最初、ロシア語だったのですが、その後、転校のたびに地元の学校に行くので、毎回言語が違います。ひとこともわからないことからのスタートです。さらに、日本語では、京都と東京などのインタネーションの違い、イギリス英語とアメリカ英語の違いなどでいつも「なんかへんなしゃべりかただね」と言われながら「私はいつになったら人と通じ会えるのだろうか」と小学生時代は少し悩んでいた時期もありました。でも、次の転校までには、なんとかなるというのが不思議なところです。
これを繰り返しているとどうなるかというと、毎回、違うことを先生が言ってくるのです。「本質が大事」と言われたら「形が大事」とか「目的が先」と言う先生もいるし、「自分の成績がよければそれでいい」と言う先生もいれば「一緒に学んで、みんなに教えることができるのが素晴らしい」と言う先生もいるし、「もっと自分を主張しなさい」と言う先生もいれば、次の学校では「主張しすぎても困りますからもうちょっとおとなしくしてください」と言われて、「先生、全然違うこと言ってるな」と思いました。
何が正しいのかよくわからなくなった小学生時代でした。でも、これがすごくよかったです。答えはない、というか答えがありすぎてない。なので、いちいち先生の言うことを気にしていたら何にも始まらないことに気づいたのです。ある意味、初めてタガの存在を意識したのです。
■タガとは何か
ナージャさん:
そもそも、タガとは何でしょう。調べてみると樽の外側にはめて締める輪っかのことらしく、「なるほど、これはおもしろい!」と思いました。タガがはまっていないと普通の板が何枚かあるだけで樽ではないし、何かしらのタガがないと樽になりません。ニワトリタマゴ問題ですね。
でも、やっぱり答えというのはないと思っています。「答えはない」というのは「正解がいっぱいある」というのと裏表ですよね。
ということで今日は、私が実際に学校で体験した『???』を教科書に、みなさんに「???」をいっぱい体験してもらいます。(タガが)スパっと外れる人もいるかもしれないし、ガタガタ(揺らぐ)くらいかもしれないし、「何かあるかもしれない」と思う人もいるかもしれなくて、個人差があるので保証はできませんが今からスパルタ教育をほどこします。
ナージャさん:
樽がドカーンといく状態がみなさんの今日の目標です。
「#スライド」(今日の時間割)
ナージャさん:
早速、はじめたいと思います。
■私たちは常識でぬりえをしている
ナージャさん:
京都の保育園に行った時にぬりえをすることになってクレヨンの箱が出てきました。みんなが同じような色のクレヨンを取ったのですが、その時、私は「あれ? この絵ってこのクレヨンなの? 全然違うクレヨンを狙っていたのは何でだろう」と思って、それが塗り絵のタガが外れるきっかけになりました。そのひとつは太陽です。ほとんどの方が太陽のぬりえをしたことがあると思いますが、太陽の色でいちばんしっくりくる色は何色だろう。早速、みなさんにも直感で選んでいただきたいのですが、太陽をぬりえするとしたら何色に塗りますか。1番、赤。2番、オレンジ。3番、黄色。4番、白または塗らない。どれかひとつ選んでみましょう。無意識にぬりえをしていて、私には当時ほかの選択肢が思いつかなかったのですが、考えてみるとこれはおもしろい問題だと思いました。
もしかしたら、どこの太陽をイメージしていたかで色が変わるかもしれません。朝日や夕日の赤い色を想像すると赤に塗る人が多く、もう少し高い位置に来ると黄色っぽくみえるので、高い位置をイメージして描いていると黄色になったり、その間のオレンジになったりすると思います。
ちなみに、調べてみると、日本やタイはオレンジもありますが、赤が多いです。欧米はオレンジもたまにありますが黄色が多くて、中国だと黄色と白だそうで「白、なるほど」と思いました。
さらに、国旗に結構、太陽のマークが使われることがわかりました。分類してみると黄色で太陽を表しているものが圧倒的に多くて、日本と同じように赤の国もいくつかあります。オレンジが意外となくて、アフリカのニジェールの国旗だけオレンジです。いちばんびっくりしたのは白の国が結構あること。先ほど「中国は白という人たちもいた」と言いましたが、ネパールあたりの国では「太陽は白だ」という人が結構いるらしいです。
他にも、太陽の色の捉え方の違いについて諸説あります。例えば、地球のどこにいるかによって見えてくる色が少し違う、目の色が違うから少し違う色に見えているのではないかと言う人もいます。
そういえば、科学的に太陽は何色だろうと思って調べました。、科学的に太陽は何色だと思いますか。
「#ワーク」
ナージャさん:
答えは白です。科学的には白ということですが、それが事実で科学的に正しいとわかっても、太陽を白に塗る子どもがいないのはなぜだろう。ここでみなさんがわかったとしても、明日から太陽を白に塗ろうと思った方はおそらくいませんよね。「これから白にします」という方はいますか。ひとりいました。すごい。
つまり、私たちは事実ではなくて常識でぬりえをしているのではないかと思ったのです。本当は白だけど、本当の色がどうかというよりは、いつの間にか私たちが「太陽は赤ですよ」「太陽は黄色ですよ」と教わってぬりえをしているタガがはまった状況だったわけです。ここで私の太陽のぬりえに対する考え方がガラっと変わりました。
■言葉を知れば知るほどわからなくなる
ナージャさん:
次の時間に行きます。ケンブリッジの小学校に行った時にアルファベットの表が教室にありました。それは、私がロシアで覚えたアルファベットとはちょっと違ったのです。よく見ると、そのアルファベットにもAもBもCも存在はするのですが、順番が全然違うのです。「形は同じだけどこれは同じ文字なのかな、違う文字なのかな」と混乱しました。では、みなさんに質問です。
「#スライド」(H この文字は何でしょう)
ナージャさん:
(ロシア語で)この文字、Hの読み方は何でしょうか。先ほどヒントがありましたが、では早速。
「#エヌ」(録音音声)
ナージャさん:
エヌ。
「#エイチ」(録音音声)
ナージャさん:
英語だとこれはエイチで、フランス語だとアッシュですが 、ロシア語ではこれはナージャのエヌです。ほかの文字も同じなのに読み方が違うというのが結構あって、どういうことかと言いますと、ここのアルファベットはロシアだと一般的なキリル文字ではなくローマ字だったのです。
「#スライド」
(P、B、X 言語が変われば違う文字
この文字だけ違う
P→R
B→V
X→H
同じ文字)
ナージャさん:
ほかにもPみたいな文字はロシア語だとRで、Bみたいな形をしていますがロシア語ではV、Xみたいな文字はロシア語だとHです。
「#スライド」(BLEU BLUE どんどん外れる言語のタガ)
ナージャさん:
こういう引っかけ問題も登場します。上が青のフランス語のスペルで下が英語のスペルです。間違い探しみたいですよね。しかもこれは読み方もほぼ一緒です。
「#ブルー」(録音音声)
ナージャさん:
英語。
「#ブルー」(録音音声)
ナージャさん:
いまだに「どっちだっけ」と思い出しながら書かないとわかりません。こちらも私にとって悩ましい単語のひとつです。みなさん、わかりますよね。パスポートです。よく見ると、全部スペルが若干違います。
「#スライド」
(PASSPORT PASSEPORT PASZPORT PASSPORTO PASAPORTE паспорт PAS)
ナージャさん:
間違い探しみたいです。発音しますと、「パスポート」「パスポール」「パスポルト」「パッサポルテ?」、「パス」これはわかりやすいですね。
さらによく見ると、ロシア語はSが1個です。スペイン語とポーランド語も1個で他は2個です。だからロシア語でパスポートという単語を書くときに私は普段英語などを使うことが多いのでついSが2個だと思って書いてしまいます。恥ずかしいですよね。語源が一緒で似ている言葉がたくさんあるから、言葉を知れば知るほどスペルなどの正解がわからなくなるのです。最近はワードが勝手に変換して直してくれるのが唯一の救いですね。笑 文字をみて瞬時にその読み方が変わってしまう方は、もしかしたらいつの間にか、一つの特定の言語のタガがはまっているかもしれません。あるいは、語学の天才なのかもしれません。
■同じものを見ているのに見え方が違う
ナージャさん:
どんどん行きましょう。パリの小学校で雨の昼下がりに校庭で虹が出ました。「きれいだなあ」と思って「虹は色がいくつあるんだろう」という話からケンカが始まりました。虹の色がいくつあるか、みなさんだいたいわかりますよね。
「#スライド」(虹の図)
ナージャさん:
一般的には、一般的にという言い方もよくないかもしれませんが、赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫と色の呼び方に微差はありますが、7色と答える人が多いと思います。私も7色と教わって、「それしかない」と思っていたら、「いや、7じゃないよ」という子がいて「え?」と思いました。ちなみにこの中で「7じゃないかも」と思った人はいますか。何人かいますね。何でほとんどの方が今、7だと思っている、そのタガをはめた人物が誰かわかる人はいますか。
「#スライド」
ナージャさん:
ニュートンです。彼はプリズムで色を分解する方法を見つけて、7色がいろんな都合がよかったから7色にしたのです。そこからみなさんはタガをはめられて今、虹は7色と言っているのです。ちなみに、ニュートンより前はどうだったかと思って調べてみました。
「#スライド」
ナージャさん:
アリストテレスは、虹は3色だと言っています。赤、緑、バイオレット。これはほぼ3原色なのです。彼は「虹にはいろいろな色があるけれど、それを分解していくと赤と緑とバイオレットだけはほかの色に分解できないので虹は3色である」と訴えていました。
「#スライド」
ナージャさん:
「3色か。うーん」と思ったら、聖書にも虹に関する記述がありまして、炎の赤、空気の青、水の紫。水は紫? 昔の聖書の中ではこういう虹だったのです。
さらにペルシャで描かれていた虹もありました。色がスペクトラムではなくバラバラに並んでいます。ピンクとピンクの間に緑がはさまっていますね。
「#スライド」
ナージャさん:
考え方がどんどん考え方が変わって、ニュートンの前に落ち着いたのがこの5色でした。
「#スライド」
ナージャさん:
沖縄では2色と言われていたという記事も見つけました。7色に慣れているとなんだか信じ難いですよね。
「#スライド」
調べ続けると、国や地域によって2色から7色の間のパターンが存在することがわかりました。みんな見ているものはほとんど同じはうなのに、こんなにバリエーションがあるのは面白いですよね。色を分けるということ自体に意味があるのか、意味がないのか。7色と教わったのはいいですが、実際は全部赤で赤の種類が違うだけということもあるかもしれないし、もっと分解していくと1万色、あるいは無限にあるかもしれません。たんなるケンカから始まりましたが、意外と虹の色数について答えがないということに衝撃を受けました。
■同一人物なのに呼び方が違う
ナージャさん:
どんどんいきます。そろそろ脳味噌が疲れてきたかもしれませんね。東京の中学校で「この人は、〇〇だよね?だってどう見てもそうだよ」と思った人物がなんと別人だったんです。ここでは、歴史のタガを外します。歴史はみなさんも中学生くらいでやりますよね。私が困ったのは「これをしたのは誰でしょう」とか「ローマ時代、こういう事件が起こりました。これは何と言いますか」という問題で、歴史はわかるのですが書けなくてすごく困りました。なぜかをみなさんに疑似体験してもらいます。
「#スライド」(写真:ローマ時代の人物の彫像「この人は誰でしょう?」)
ナージャさん:
この人は誰でしょう。いきなりなので、ヒントをだしますね。「共和制ローマ期の政治家、軍人であり文筆家」「賽は投げられた」「ブルータス、お前もか」。歴史でこの人のなまえがついた暦もありましたが、だいたいわかりますよね、みなさん。わかった人。いっぱいいます。私もこれが誰かわかりますのでそれを書いたら、絶対間違っているはずはないのですが違ったのです。どういうことかというと「カエサルだ」と思った方、はい。「カエサルではない」と思った方。少し。だんだん明かしていきますと、日本語だとこの人は、
「#ユリウス カエサル」(録音音声)
ナージャさん:
ユリウス カエサルです。私はこれは知りませんでした。「カエサルではない」と思った方が思ったのは(こちらだと思います。)私が書いたのはこれです。
「#ジュリウス シーザー」(録音音声)
ナージャさん:
ジュリウス シーザーだと思った方。そうですよね。これを書いたらバツにされて「これは何でバツなんですか」「日本語ではこの人はカエサルです」「日本語? これ日本の方じゃないですよね。これシーザーですよ」「サラダのことですか」「サラ…え?」と思いました。私はジュリウス シーザーと自信を持って書いたのです。なぜなら、これを1回間違えた経験があって、それでシーザーであることを覚えて書いたのです。
「#ユリイ ツェーザリ」(録音音声)
ナージャさん:
ロシア語ではこの人はシーザーでもカエサルでもなくツェーザリさんなのです。でも英語は共通語なのでロシアではこれかもしれないけど世界ではシーザーだろうと思って書きました。違ったわけです。でも、さらに続きがあります。彼のなまえ、フランスではこれです。
「#ジュリ セザール」(録音音声)
ナージャさん:
セザールさんですよ、シーザーでもカエサルでもなく。しかもイタリア語ではこれです。
「#ジュリオ チェーザレ」(録音音声)
ナージャさん:
チェーザレさんです。ドイツ語ではこれです。
「#ユリオス シーザー」(録音音声)
ナージャさん:
シーザーはシーザーですがジュリウスではなくてユリオスなのです。
「#ユリオス ケサラス」(録音音声)
ナージャさん:
さらに、ギリシャでは、ケサラスさんだったわけです。この人は結局誰なのでしょうか。当時、彼が生きていたころに何と呼ばれたかということを調べようとしてがんばりましたが、この人は本当は何者だったかは今の所わかっていません。全部正解。あるいは、全部不正解なんてこともあるかもしれないですね。
タガに慣れてくると、すべてが疑わしく思えてきませんか。こう思っていたけど、他にもあるのではと。もし、そう思えた方がいらっしゃったらいい傾向です。
■タガははめられるのではなく自由自在に操るもの
「#スライド」(写真:破裂するタル)
ナージャさん:
タガが外れた状態に近づけたかもという方、タガはあるなと気づいた方はいますか。よかったです。
ナージャさん:
今日、もしかしたらそこまでいけなかった人もいるかもしれませんが、大事なことは「これはなぜだろう。どうなっているのだろう」と思って自分でやってみることです。合わないものもたくさんあると思いますが、やってみないと合うか合わないかもわかりません。合わないということはたぶん自分には別のタガあると思うので、「何で私にはこれは合わないけどほかの人には合うのだろう。裏にはどういう意味があるのだろう」と考えると、段々自分のタガや基軸というものが見えてくると思います。
「#スライド」
ナージャさん:
「タガがいっぱいある」「みんな違うことを言っている」これはすごくいい状態だと思っています。タガが見えてきたときにそれを「居心地がいい」と思うか、もしくは「窮屈だ」と思うか、両方あると思います。両方とも正解だし、タガがいっぱいあった方が居心地よく自分にあった環境で生きることができる人もいるし、窮屈だと思って外してしまうほうがいい人もいます。どうやってタガを使いこなすかは人それぞれだと思います。なので、もしかしたらこれからは「外す」ではなくて、タガを自由自在に操る時代かもしれません。タガの存在を知れば知るほど、自分の中の可能性が増えると思います。
「#スライド」(写真:ナージャさんのポートレート4枚)
ナージャさん:
最初の私の自己紹介で4つのタガがあるかもと言いましたが、タガが全部違うから、日本人バージョンの時は日本風のある種のガイドラインみたいなタガを着たうえでどうするのか考えるし、ほかのバージョンの時はそのタガをはめます。違いを知って使い分けることでその人たちにあわせて通じるようにできて意外とそんなに悪いものではないので、うまくそれを使ってみる、気づいてみるというのがポイントだと思っています。今日は駆け足でスパルタ的にみなさんにいろいろやってもらいましたが、これからタガを意識していくと可能性が広がると思います。
「#スライド」
ナージャさん:
私の経験は『ナージャの5つのがっこう』という絵本でほかにもこんなことに気づいたとかあんなことがあったとかいろいろ書いてあるので、興味のある方はぜひ本も見てください。だいぶ時間が過ぎてしまいましたが、これで終わりにしたいと思います。ありがとうございました。
第2部
お客さま(質問1):
ナージャさんのなまえの由来を教えていただきたいです。
ナージャさん:
ナージャというなまえの意味はロシア語で希望です。ロシアのなまえはフルネームと愛称があって、例えば英語で言うとマイケルがマイクになる感じで全部決まっています。ふだんはあまりフルネームで呼ばず、私のフルネームはナージャではなくてナデジダといいますが、それはロシア語では希望という意味です。
フェリシモ:
ありがとうございます。ご質問者のお客さまも「ノゾミ」さんというおなまえで、偶然、同じです。
ナージャさん:
そう。日本語で言うと私はノゾミです。
お客さま(質問2):
今のお仕事を選んだきっかけは何かありますか。いろいろな環境でいろいろな体験をされているので気になりました。
ナージャさん:
大きくいうとコミュニケーションが仕事なので、「この不思議なものをどうすればみなさんは興味を持ってくれるかな」そこでいろんなことに気づいて試したり、そのおもしろさを伝えることで、相手に何かの新しい気づきやキッカケを与えられるかもしれないというところが個人的には好きな部分です。それは大げさに言うと小学生や中学生の時の経験とほぼ同じ状況を今、擬似的につくっているのでとても楽しいです。
フェリシモ:
ありがとうございます。ナージャさんはほかにもコピーライターとしてのお仕事もされているようですが、そちらも何かを伝えたいということから選ばれたのですか。
ナージャさん:
コピーは言葉の技術もありますが、アイデアというか、こういう切り口から言ってみるとおもしろいとか、こういうふうに言えば新しい気づきを人に与えられるというのが大事なところがあるので、そういうところが好きで興味があります。
お客さま(質問3):
夢は何語で見ますか。
ナージャさん:
いい質問です。夢は意外とシンプルで登場人物によって違います。例えば親とはロシア語でしゃべります。仕事の方だと日本語、海外に住む友だちだと英語、知らない登場人物だと知らない架空の言葉をファーっとしゃべって自分でも何を言っているかわからないけど通じるみたいなこともしょっちゅうあります。だからいろいろな言語が混ざっています。カオスです。
フェリシモ:
カオス語ですね。
ナージャさん:
そうです。
お客さま(質問4):
ナージャさんはいろいろな国の普通を経験されていますが、自分で取り入れる普通は何を基準に普通と判断されていますか。自分の行動のルールはありますか。
ナージャさん:
ルールからいきますと、とんでもないことや変わったことがどんどんやってくるので、とりあえず私は「それが自分に合うかわからないけれどとりあえずやってみよう」「これはどういうことなんだろう」という好奇心を絶対に捨てないようにしています。最初にやってみて合わなかったらそれからはやりませんが、合うかもしれないし、あるいはそれをやることによって「その人は何でこれをやるんだろう。あ、こういう気持ちなんだな」ということがちょっとわかり、その後、自分がそれやらなかったとしても、そういうバックグラウンドを持った人とコミュニケーションをする時に役立つと思っているので、とりあえずいろいろ試してみるようにしています。
逆に何が普通なのか、もはやわからないです。だから、同じものに対しての「普通」を3つくらいストックしておいてバリエーションを並べた上で、相手に合わせはしないですけど相手と同じタガを発見できると話は通じやすいので共通項を見つけつつ、「でも、私は本当はこう思うんだけどな」というのを付け加えたり、共通言語を見つけた上で「こうでもあるんじゃない?」というようにしています。日本バージョンのキリーロバ ナージャの普通とロシアバージョンの(キリーロバ ナージャの)普通は若干変わってくると思います。いろいろな普通を蓄えて、それをある種、使い分けているかもしれないですね。絶対的な普通は私にはないかもしれないです。でもそれは、それでいいと思っています。
お客さま(質問5):
なまえとか話す言葉が変わると思考回路が変わってくるとおっしゃっていましたが、どのように変わってきますか。脳の使用場所が違うとかは感じますか。
ナージャさん:
よく国民性みたいな話もありますが、言葉自体の構造が違うからそうなる所もあると思います。例えば日本語だと敬語やへりくだってしゃべらなければいけないとかがあります。言葉がそうだからそういうキャラに完全になってしまって、自分が本当に「すみません」と思っているというより言語に引っ張られてそうなります。
ロシア語は強い言語なので、周りの人に「ケンカしてるの?」と言われて「普通に仲よく議論をしているだけだけどな」と思うことがあります。(ロシア語は)ロジカルに説得するのではなくて、強めに自己主張することで受け入れてもらうところもあります。その他にもしゃべり方のパターンがいくつかあります。
英語だと結論を先に言ってロジカルに積み上げていくことが論理構造としてありますが、日本でそれをやったらたぶんうけないというか、つまらないです。だから別のやり方をしなければいけないし、言語にひも付いていて、それで思考回路が変わっていくと思うのです。だからその言葉をしゃべった時はこういう構成にしていかないとたぶん通じないというのが無意識にあって、それがそのキャラクターにも影響してきます。脳味噌の中では同一人物ですが、端から見ると別人まではいかないけれど「こんなキャラだっけ?」と言われることがあります。「同じキャラのつもりなんだけどな」と思いますが、そのズレがなかなかおもしろいです。
フェリシモ:
ありがとうございます。お聞きしませんが、カオス語を話されている時はどんな思考回路になるのか気になります。
ナージャさん:
ハハハ。そうそう。
お客さま(質問6):
いろいろな国で過ごされて、結局のところあなたは何人ですか。
ナージャさん:
何人ですかね。日本にいると「日本人より日本人ぽい」と言われることもたまにあって、「そうなの?」という感じはありますが、ロシアに帰ると「ロシア人ぽくない」と言われるし、ないのではないですか。ナージャという地球人? 宇宙人? よくわからないです。「ジャンル、ナージャ」みたいな、どこにも属さないという感じだと思います。今のところ、この国の人だなと思う場所はないです。居心地のよさとかはもちろんありますが、100%、この国の普通に全部はまっているというところはないです。さみしくもあり、不思議でもあるけど見つかっていないです。でも、どんどん日本のタガがはめられていってそのうち日本人になってしまうかもしれないし、それはわからないですけど、今のところは何人でもないです。
お客さま(質問7):
日本ならではのタガを感じることはありますか。例えば、恥の文化など。
ナージャさん:
「へりくだる」はおもしろい文化です。1回、日本のへりくだる文化を英語にしてみたことがあります。例えば、手みやげを渡す時、「つまらないものですが」と言ったり、人を家に招待する時も「汚いですけど」と言いますが、「さっきまでめっちゃ掃除してたじゃん」と思います。「粗茶でございます」と言われた時も「どういうこと?」と思って全然わからなかったです。「まずいお茶やつまらないものを何で私にくれるの。もっとちゃんとしたものが欲しい」とやっぱり思うわけです。例えば断る時も海外では「今日は家族と予定があって」とか理由は絶対に言います。でも、日本だといかに理由を言わずに断るかがポイントです。これはすごい能力だと思います。断っているけど理由もなく、それで納得してもらうってどういうことだろうと。
メールの書き方も「何とかをやってください。いつまでに」と2行書けばいいのに、「お世話になっています」とか「お手数ですが」とか10行くらい、2行を10行にどうやって膨らませるのだろうと思って、作文によけい時間がかかって最初は全然わかりませんでした。慣れれば一瞬にしてできてしまうことですが。タガがだいぶはまっていますね、私。タガを自由に操るとか言って操っていないという、すみません。そういうこともありますが、いい所もたくさんあるので私は日本のタガはおもしろいと思っています。
フェリシモ:
ありがとうございます。日本人特有のタガですが、サラリーマンである私たちは完全に身に染み着いてしまっていますからなかなか取れないところではございます。
お客さま(質問8):
今後、アクティブラーニングを通して実現させたい夢や今後どのように行動していきたいのかということを教えてください。
ナージャさん:
ひとつの所、学校とかにしか行かないとひとつのやり方やものの見方しか身につけられないことが多いと思っていて、私みたいな転校人生はなかなかないかもしれませんが、いろいろな所に行くといろいろな人がいて、考え方があって、それを知ることは大切だと思っています。日本のやり方に合う子はそれでいいと思いますが、全然合わなかった時につらくなってしまいます。でも、それは日本はたまたまそうだけど、もっといろいろなやり方があるとか、こういうことを試してみるともしかしたらうまくいくというものもあるので、子どもたちにそういう可能性を体験させたいと思っています。大学生くらいになるとそういうのはたくさんありますが、もし小学生の時に体験していたら、その後の10年は全然変わると思うのです。そういうところに個人的には興味があり、自分の経験や考えることでそこに役立てることができるならいいなと思っています。
お客さま(質問9):
コピーライターをされているということですが、普通に日本語のコピーを書かれるのですか。
ナージャさん:
はい、そうです。
お客さま:
その時に、どういう思考で生み出されていますか。
ナージャさん:
それはいろいろな言語でわざわざ考えたりとかもします。そうすると同じものだけどちょっと違うとらえ方とか違う言葉遣いになります。コピーも、例えば日本語だと、あいまいで空気感みたいなものを作ってそこにみんなが共感したりとか、いかに余白を作っていくかが大事です。でも、英語だと2、3の単語でバンバンと「もうこれしかありえない」みたいに攻めていかにグサっと行くかがポイントで、同じコピーでもやるべきことが真逆なのです。じゃあ日本語の所に仮に英語で考えてみるとどうなるかと考えてみると、そこからヒントが出てきたりもするので、わざといろいろな言葉で考えてみたりとか、それから日本語にするのですが、そういうことをしたりします。あと言葉の美しさだけではなくて、アイデア、刺激、違和感をいかに作るかを心がけています。
お客さま(質問10):
コピーライターの仕事をされていますが、ナージャさんが今まで企画されたり、ご自分で作られたコピーで気に入っているものがあれば教えてください。
ナージャさん:
何だろう。自分の好きなコピー。むずかしい質問です。
フェリシモ:
ナージャさん、カンヌ最高賞をとられた時は受賞作品があったのですか。
ナージャさん:
その時はコピーだけというより企画全体で賞とりました。アイルトン セナという80年代に活躍したF1ドライバーが鈴鹿サーキットで世界最速記録を出し、その時のデータが1枚の紙で残っていました。スピードやギアがどこに入っていたかということが全部折れ線グラフになっていて、その紙をもとに彼の走りを音と光で鈴鹿サーキットで再現したプロジェクトでした。なぜそれをしたかというと、Honda(ホンダ)さんにインターナビというナビがあるのですが、そのナビの始まりがF1ドライバーの走りをいかに効率よくするかを研究していた技術、テレメトリーシステムでした。それが発展していって、今はナビでその技術を使っています。もともとはF1やセナを応援していた技術が今はみんなのためになっているということをこのされた1枚のデータで世界に伝えたかった仕事ですね。その時のタグラインは「あの日、セナの走りを支えていた技術を。今、すべてのドライバーのために」でした。ウェブに動画が残っていると思うので、「アイルトン セナ、1989」で検索すると出てきます。
フェリシモ:
いろいろなコピーがすべてお気に入りということで、すべて正解ということでよろしいでしょうか。
ナージャさん:
すみません。
フェリシモ:
ありがとうございます。以上で質問の時間を終了とさせていただきます。たくさんのご質問をいただき、ありがとうございました。それでは最後にナージャさんに神戸学校を代表して質問をさせていただきます。ナージャさんが一生をかけてやり遂げたい夢について教えていただけますでしょうか。
ナージャさん:
夢、何ですかね。「秘密です」と言いたいところですが、大きな夢はわからないですが、これからいろいろな方が日本にも来ますし、世の中がミックスされてタガをどんどん外さなければいけない時代が来ると思います。何かそのために貢献をしたいと思っていて、いろいろなことが変わってもちろん子どもたちもそうですが、大人たちも結構、苦労すると思います。今までの価値観が変わっていくとしたら、自分がたまたま子どものころにそういうのを人一倍体験したので、なにかその経験を踏まえてきっかけを作っていきたいと思っています。そうすることでもしかしたらいろいろな可能性がそれぞれの方々に広がっていくと思っています。何か人類の進化につながるきっかけというか、ちょっとしたことですけど、今日、タガが外れなくても揺さぶるくらいならできるかもしれない、そうやって小さいことでいろいろなきっかけやヒントを作っていきたいと思います。形は言葉でも絵でも、こうやってお話しすることでも絵本でも何でもいいと思います。すみません、答えになっていないかもしれません。
フェリシモ:
いいえ、素敵な夢をありがとうございます。それでは残念ながらお時間になってしまいましたので、ナージャさん、本日は神戸学校にお越しいただき本当にありがとうございました。
ナージャさん:
こちらこそありがとうございました。