教授
田中 辰雄
情報産業の産業組織
懐の広さに感謝
経済学部での教員生活の思い出について
多くの退任者が述べるようにあっという間の24年間でした。この間、懐の広い素晴らしい同僚と出会い、優秀で意欲的な学生に囲まれ、幸せな時間を過ごしました。慶應義塾大学には感謝の言葉しかありません。
私は学部のときは経済学部ではなく、教養学部にいました。そのせいで学部時代は経済学だけでなく、政治学、社会学をはじめとして広い範囲のことを学びました。その時の師である村上泰亮先生が経済学の出身であったこともあり、大学院は経済学の院に進みましたが、心の中にはこのような幅広い学問分野からの視点が生き続けたように思います。それを端的に言えば経済学が想定する合理性への懐疑の念です。
経済学では基本的に合理性を仮定します。最近でこそ行動経済学のように合理性を緩める議論が出ていますが、当時は経済学が合理的個人を仮定するのは当たり前でした。合理性とは何らかの目的関数を最大化することで、経済問題とは条件付き最大化問題であると言い切る人もいました。最大化されるものは個人の効用(企業の場合は利潤)であり、所得や価格を与件として、財の量を選択して効用を最大化するのが経済学のモデルです。
しかし、人間の行動はそのような合理的最適化行動で語れるのでしょうか。政治学、社会学など他の分野にも親しんできた身からすると懐疑の念が去りません。たとえば当時のあるビジネス指南書には結婚は投資であると書いてありました。なるほど結婚には投資の面があります。長期間にわたって相手と過ごし、時間とお金を投入します。得られる便益は子供であったり、家庭での休息であったりで、さらに離婚という失敗のリスクもあります。投入要素と便益があり、失敗するリスクまであるなら投資と考えるのは道理です。投資なら最も合理的な選択を、つまり合理的に相手を選ぶべきとなります。
しかし、結婚とはそういうものでしょうか。情熱にかられ、あるいは勢いで、さらにはやむにやまれぬ事情で思い切って踏み切るものであり、合理的な選択とはいいがたいのが現実のように思えます。そしてそれが悪いことともいえない。むしろ、合理的に考えて相手を選ぶような人はつまらない人生を生きているように思えます。少なくともあまり面白くない。結婚に限らず、合理的に行動する人が良き人生を生きているかといえばそうとも思えません。
このような違和感はいろいろな形で現れ、私の研究の方向を経済学の本筋から外れた方向に向かわせました。たとえば進化経済学というのがあります。個々の生物は必ずしも合理的に計算して行動しているわけではなく、あらかじめプログラムされた本能にしたがっています。それにもかかわらず、長い目で見ると見事に環境に適応し、結果としては合理的に行動しているように見える。この進化の概念を経済学に取り入れようというのが進化経済学で、この分野の第一人者であるネルソン&ウインターの本を訳し、自分でも進化モデルを作ったりしました。
また、ゲーム・音楽・映画・アニメなどエンタメ産業の研究に取り組んだのも同じように合理行動への違和感が一因になっています。エンタメ産業は他の消費財と異なり、無くても生活には困りません。そこで追求されるのは好きなコンテンツ(いわゆる推し)にどれだけ時間と労力をかけるかであり、経済合理性で語るにはいささかバランスが壊れています。コンテンツを提供するクリエイター側も必ずしも儲けることばかりはなく、ファンとの交流を重視していることも多い。ともに推しのコンテンツあるいはファンとの良い時間を持ちたいと思っているのであり、最適化行動というより、充実した時間を過ごすこと自体が目的となっています。
最近ではネット上のコミュニケーションの在り方を研究対象にするようになったのも、同じ流れにあります。若者の車離れなどモノの消費が低調であることはよく言われます。ではあいた時間に彼らが何をしているかといえば、スマホをひたすら見ているわけです。そこで行われるのはエンタメもありますが、それよりコミュニケーションがほとんどです。多くの人と交流し、楽しい時間を過ごすこと、これが彼らの目指すことになっている。ならばこれを分析対象としてとりあげるのがよいだろう。良いコミュニケーションの場をいかに維持するかをリサーチクエスチョンとし、ネット上の炎上や分断、フェイクニュースなどコミュニケーションを阻害する要因の分析を始めました。
このような興味関心は経済学の全体から見ると異端でしょう。しかし、その異端を受け入れるだけの懐の深さが慶應大学にはあったと思います。人の目を気にすることなく、思う存分、好きな研究ができたこと、これは心から大学に感謝したいところです。
そして、学生たちもまたよくこんな私に付き合ってくれました。わがゼミは慶應大学経済学部でオタクの集うゼミということで学生には知られていたようです。私はこれをむしろ誇りと思っています。今でも学生たちとはOB・OG会でつながっており、これからもつながりは維持していくつもりです。ゼミで育った彼らが今後どのようにのして行くかを見るのは教師冥利に尽きます。
良き同僚とかわいい学生に恵まれ、好きな研究に没頭できたこと、これは考えてみれば幸せ極まりないことです。このような場を与えてくれた慶應大学に心から感謝したいと思います。ありがとう。
プロフィール
1988年 |
東京大学大学院経済学研究科博士課程単位習得退学 |
国際大学GLOCOM研究員、ワシントン大学非常勤講師、コロンビア大学客員研究員 をへて1999年より現職 |
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※プロフィール・職位は取材当時のものです |