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第9回 健保連賞

健保連賞 『二度目のプロポーズ』

  吉見 重則さん(京都府)

東日本大震災の復興支援のため福島県相馬市に単身で来てから、三年が過ぎようとしていた。それまで、定期健康診断は受けていたが「還暦を超えたし、全身の健康チェックだ」と人間ドックを受けた。

これまで受けた健康診断などは、もう少し運動したほうがいいとか、お酒を控えたほうがいいとか、私にすれば健康な日常を確認する作業だった。

数週間後、アパートに郵送された「人間ドック受診結果について」を、ビールを片手に見はじめた。血液検査の結果は、「こんなもんか」。いつもの肥満傾向は、半年前からはじめた山歩きで解消した。「やったね。家内に自慢ができる」と読み進むと、見慣れない記述。便潜血検査・「陽性」。大腸がんの疑いもあるということらしい。検便採取のときは、体調が悪かったし、検便をやり直してもらえばいいや。こちらに来て医者にかかったこともなく、ネットで歩いていける医院を探し受診した。

「一日や二日でどうこうはありませんが、早いほうがいいので、来週末、十日後ですが、内視鏡検査します。切除もあるかもしれないので血液をよく調べます。今日は、多目の採血をします」

「もう一度、検便を」と軽い気持ちだった私は、採血用注射器にどんどんと溜まっていく血をジーッっと見つめていたが、だんだん不安になり、そそくさとアパートに戻り座り込んだ。

「急がないと言うけど、来週に検査するということは大変なことなのかもしれない」

たった三年だが、住み慣れそれなりに楽しく飾った部屋に、急に不安が満ちた。入院はおろか、点滴注射すらしたことのない私に、ガンという死に直結する病気の可能性を突きつけられたのだ。

「死ぬかもしれないんだ……」

家内に「家に戻ったら電話を」とメールをした。
一人の部屋で待つ時間はとても長く感じた。

ビデオ通話で「大腸がんかもしれない」と沈んだ声で言うと、「生焼けの焼肉、いっぱい食べたんじゃないの」と笑いながらも「でも、しっかり診てもらってね」と。画面の顔からは、心配と不安が伝わってきた。

一人で過ごす、十日間は本当に長かった。ここには、体のことを話せるような友人はいない。まして、ガンかもなんて。ガンに関わる不安を紛らわすために、出来ることから始めようと、タバコをやめることにした。四十年間、「元気の証拠だ」と続けてきたが、家内の心配顔を思い出すと、不思議と苦痛もなく禁煙は続いた。誰かに聞いてほしくて、十日後の検査日に「先生、タバコやめました」と報告した。「ふーん、そりゃ、いいコトしたね」と当たり前そうに言われ落胆したが、看護師さんは、にっこりとガッツポーズで祝福してくれた。家内の思いが「卒煙」に導いてくれたのだった。

幸い、内視鏡検査の結果は『異常なし』だった。「そろそろ、戻ってほしい」という家内の言葉で、その年の暮れで四年間続けた単身赴任を終えた。

自宅に戻り、次の仕事を探していると、

家内が「もう、十分に働いてもらった。もう、働かなくていい。しばらくは、私が働くので。あなたは長く二人で暮らす準備を始めてよ」という。仕事一辺倒だった父が、悪性腫瘍で六十代に亡くなり、二十年以上、ひとり暮しをしている母の境遇を見てのことなのだろう。

「でも、働かない暮しって、どんなイメージかな」

「私もイメージなんかないわ。でも、ドックの結果を聞いた時、そして、タバコをやめてくれた時に思ったの。一日でも長く一緒にいたいと思っていてくれているって。いつまでも一緒に、と」

「そわそわ生きてきたなぁ、とは思う。暮し方のリセットか」

求人サイトをシャットダウンして、

「いつまでも一緒に」

と三十六年前と同じことを言う。

「は~い」と彼女はほほえんでくれた。

人間ドックの「死ぬかもしれない」通知は、定年後の生き方を考える契機をくれた。家内と『これから』についての話もさせてくれた。結果は「健康で生きつづける。いつまでも一緒に」だ。三十六年前にはなかった健康条件付きの二度目のプロポーズになった。