第4回 最優秀作品賞
優秀作品賞 『助けられた命』
野川 清さん(埼玉県)
定年退職を迎えるに際し「人間ドックの夫婦無料」を勧められ、受けることにした。
普段から健康には自信があり、私は会社の簡単な定期健康診断しか受けていなかったので、人間ドックの結果は心配だったが、思った程のこともなく済んだ。
その後、嘱託になりさらに3年働いたが、健康に過ごせた。嘱託を辞める時にまた夫婦の人間ドックを勧められたが「あの病院のバリウムを呑むのは嫌。この前ゲップをしたら凄く叱られ、もう一回発泡剤を呑まされたのよ。私は胃カメラを呑んだ方がましよ」と妻が言い出した。
「私も面倒だから人間ドックを止めようかな」と思い始めていたら、「別の病院の胃カメラの予約を取った」と妻が言い出したのである。
「妻が辛い胃カメラを呑もうとしているのだから、人間ドックくらい受けなくちゃ」と思い直し、受診を決心したのである。
この時のエコー検査は妙に長く感じられ、素人の私にも「何かあるのでは」と不安を感じさせた。しかし、職場に戻ってからはそんなことも忘れて仕事をしていた。
届いた検査結果を見て驚いた。「すい臓の再検査が必要」とのこと。自覚症状がまるでないのだから「念のために検査を受け直せば良い」くらいに考えていた。
再検査の結果は「すい臓の精密検査が必要で、がんの疑いが濃厚」とのこと。青天の霹靂だった。
それからは生きた心地がしなかった。がんセンターでの診断は、願いも虚しく「すい臓がん」とのこと。急に身の回りの色も音も消えたようだった。これで私の人生は終わるのかと思ったら、元気に歩いている人までも憎らしく感じられた。
帰宅して妻と息子達に充てて遺書を書いた。「俺には残せるような財産は何もないが、借金もないから安心してくれ。その代り、兄弟仲良く母親を守って欲しい」
検査入院では検査漬けで心も身体もボロボロに感じられた。
「手術出来なければ、抗がん剤による延命治療しかありません。手術が出来ても必ず助かると言う訳ではありません」
医師は何と冷酷ことを言うのだろう。
「何が起こるか判らないので、医者は最悪のことを想定して、患者や家族に告げるのだろう。結果がそれよりも良ければ感謝されるけど、言っていたことよりも悪ければ、恨まれるばかりだから」
冷静な友の言葉が脳裏を駆け廻った。しかし医師に言われた最悪の言葉ばかりが、心を締め付けてくるのである。
手術は予定の6時間を超え、付き添ってくれた妻と義妹夫婦に大変な心配を掛けた。ストレッチャーで戻った私に義弟が「良く頑張ったね」と声を掛けてくれた。まだ半覚醒だった私は、その声にこの世に引き戻されたように感じ、「ありがとう」とようやく言えたのである。
術後の回診の時に、
「先生を鬼だと思っていましたが、今は神様だと思っています」
と主治医の手を握ったら、思わず涙がこぼれた。
「俺は鬼だからな」
と主治医は言った。鬼の主治医には大変お世話になった。
がんの専門書を繙くと「すい臓がんの術後の生存率は1割」と書かれていたが、お蔭様で術後5年を経過した。主治医の腕も良かったのだろうが、ギリギリながら人間ドックでがんを見つけられたのが幸いだった。自覚症状が出てからでは、がんは手遅れになるのだから、せめて隔年の人間ドックの受診を、私は人様にお勧めしている。
私はすい臓がんで危うく手遅れになる所を救われたので、何の病気にしても早期発見が大切だと思い、毎年人間ドックを受診している。
今では助けられたこの命を少しでも世のために役立てられたらと願い、暮らしの中でボランテアの世界を少しずつ広げていきたいと考えている。
受けてよかった人間ドック ~人間ドック体験記~
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