今の時代に読みたい「海外文学」5冊を紹介。旅行はできなくても本を通じて世界を知ろう - りっすん by イーアイデム

旅行できないなら本を読もう。今の時代に読みたい海外文学5冊

 谷澤茜

海外文学

新型コロナウイルスの影響により、家にいる時間が長かったり、家と職場の行き来になっていたりする人は多いと思います。ましてや海外へ旅行するには、まだまだ厳しい状況が続いています。

そこで今回は、18歳までに読んだ本は児童書3冊のみだったと語り、現在は「はじめての海外文学」などのフェアを担当するフリーランスのイラストレーター兼書店員として働く谷澤茜さんに、今読みたいおすすめの海外文学をご紹介いただきました。短編集も多く含まれているので、あまり海外文学になじみのない人もご安心ください。

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初めまして、フリーランスでイラストレーターと書店員をしている谷澤茜です。

私は翻訳者さんに選書いただき、あまり海外文学になじみのない読者の方に作品を紹介する「はじめての海外文学」の団長を務めています。

皆さんは、海外文学にどんなイメージをお持ちでしょうか? 違う国の話だし、出てくる文化や人物の名前にもなじみがないから、なんとなく「難しそう」と思っている人は多いのではないかと思います。

何を隠そう、私もそんなうちの一人でした。

そんな私が海外文学を読むようになったきっかけは、以前働いていた大学内の書店で、私のことをよく知る文学部の先生に「おまえみたいなやつは絶対この本が好きだ!」と、岩波文庫の『巨匠とマルガリータ(上下)』をおすすめされたことでした。

『巨匠とマルガリータ 上』
『巨匠とマルガリータ(上)』(ブルガーコフ作/水野忠夫訳)

いきなり岩波文庫のロシア文学上下巻なんて、ものすごくハードル高いじゃん! 全身から「ヤダー!」というオーラを放っていたら、「絶対好きだよ! 猫飼ってるだろ? でっかい黒猫出てくるんだぞ」と興味を引いてきます。

そこまで言うなら……とチャレンジしてみたら、宗教的なことなど分からない部分もありましたが、やはり先生の言う通り“でっかい黒猫”がお気に入りになり、楽しく読むことができたのです。人に本を選んでもらったことで、これまで抱いていた“難しそう”というイメージが一瞬で消えてしまった体験は私にとって衝撃でした。

もしかしたら、私みたいに読まず嫌いをしている人がいるかもしれない、こんな体験を書店から発信できれば最高なのに……。というわけで、出版業界では話題になったものの、残念ながら一度きりで止まっていた「はじめての海外文学」を引き継がせてもらうことになったというわけです。

今回はそんな私が、今の時代におすすめしたい海外文学を5冊ほど紹介します。

チェコ・韓国・イタリア・アイルランド・ナイジェリアと、世界のさまざまな国からセレクトしました。必ずしも爽快なテーマを扱ったものばかりではありませんが、おこもりで凝り固まってしまった頭をほぐしてくれるような作品ばかりなので、是非手にとってみていただけるとうれしいです。

「天使たちのオフ会」を覗き見できる? 『夜な夜な天使は舞い降りる』(チェコ)

『夜な夜な天使は舞い降りる』 『夜な夜な天使は舞い降りる』(パヴェル・ブリッチ著/阿部賢一訳、東宣出版)

北ボヘミア(現在のチェコ共和国)出身の作家、パヴェル・ブリッチの短編集。

本作の主人公は、プラハのとあるバロック様式の教会に夜な夜な集まる守護天使たち。彼らは自分たちが見守っている人間のことを仲間の天使たちと語り合います。

例えば、宇宙飛行士の守護天使は、一緒に無重力を体験したことを話したり、年中ハンググライダーで飛び回っている人の天使は、飛び回っては落ちるを繰り返して過労気味だと愚痴ったり。ほかに優しい銀行強盗やシャム双生児についている天使なんていうのも出てきます。

以前、読書会でこの本の訳者の阿部賢一さんは、この作品のことを「天使のオフ会」と言っていました。守護天使にもそれぞれうれしいことや悩みごとがあり、読んでいるとなんだか金曜の夜の飲み屋で、同じテーブルの席に座っている人の愚痴や自慢を聞いているような気分になります。

そして読み終えると、なんだか自分にも守護天使がついているかも、という気分に。「あれ? 今日はツイてるな」なんて思ったら、もしかしたらあなたの守護天使が必死に仕事しているのかもしれませんよ。

教科書にも使われる楽しい教訓譚『ひつじのドリー』(イタリア)

『ひつじのドリー』 『ひつじのドリー』(ダーチャ・マライーニ著/望月紀子訳/さかたきよこ画、未來社)

クローン問題を国連に訴えにいくおばあさん哲学者のひつじの話や、ぼこぼこにへこんだ安物のアルミ鍋とハンサムなガラスの鍋ぶた夫婦の話、毛皮にされてしまった母ギツネを助けにいく子ギツネの話など、シュールでユーモラスでクスッとしてしまう子どもから大人まで楽しい教訓譚。

教訓譚? そう、実はよく読むと、動物虐待や女性の社会進出を拒む男性など、現実の社会的な問題がテーマになっているんです。どの話もちょっぴりダークなところがあり、主人公たちはありったけの勇気を出して困難に立ち向かっていきます。

“かわいい”と“怖い”がちょうどいい割合で調合されていて、しぐさや口調にほっこりしていると、ガツンと現実を見せつけてくるのでハラハラドキドキします。

この本はイタリアの小・中・高校の教科書としても使われ、ときに著者も招いて討論をするのだそうです。子どもたちとどのような意見を交換しているのかとても興味がわきますね。

ガラスの靴は履かない。現代のおとぎ話『目覚めの森の美女 森と水の14の物語』(アイルランド)

『目覚めの森の美女 森と水の14の物語』 『目覚めの森の美女 森と水の14の物語』(ディアドラ・サリヴァン著/田中亜希子訳、東京創元社)

シンデレラや白雪姫、美女と野獣など、誰もが知っているおとぎ話を現代に合わせて書き直した14の物語。そこに魔法やメルヘンチックな要素は見当たりません。

例えば、シンデレラをモチーフにした「靴をはいた娘」では、助けてくれる魔法使いや王子様(ヒーロー)は登場しない。継母たちにこき使われていたシンデレラは、王子が舞踏会を開くその夜に、牢獄のような家から逃げ出すことを自ら決意します

そこで彼女が履くのは、ガラスの靴ではなく、亡くなった母が残した靴。まるでDVを受けていた女性が自分の力により逃亡するお話として読むことができます。

アイルランドではYA(※ヤングアダルト。中高生向けの文学作品)に分類されているそうですが、詩人でもある著者による、風のないときの湖面のように静かな雰囲気を持ったエロティックな文体も本作の魅力です(エロティックな……というと、とっつきにくい人もいるかもしれませんが嘘つきたくないから言っちゃう)。

女性がステレオタイプなあり方から脱出を試みるとき、必ずしも全てがいい方向に向かうとは限りませんが、これから100年後に語り継がれるおとぎ話は、かわいく人に尽くすお姫様が王子様に助けられてハッピーエンド! ではないのかもしれません

母と娘の相容れなさを描いた『娘について』(韓国)

『娘について』 『娘について』(キム・ヘジン著/古川綾子訳、亜紀書房)

たとえあなたが同性婚について理解があると自分で思っていても、我が子が同性愛者だと分かったら素直に祝福できるでしょうか。

本作は、介護施設で働く母のもとに、住む場所を失った娘がパートナーの女性を連れて帰ってくるところから物語が動き出します。

一番理解してほしい母親に理解してもらえない娘のつらさと、同性愛を理解できず自分の育て方が悪かったのかと悩み、「普通」に幸せになってほしい願う母親。そこにはそれぞれの譲れない“想い”があって、ときにぶつかり合いながら平行線をたどります

作中の「料理も掃除も得意なのに、なぜ結婚しないのだろうか。家庭を築き、子を産み育て、母となって社会責任を果たす。そういう意義のある、胸を張れることをしようと思わず、なぜ無意味に時間とエネルギーを浪費しているのだろうか」という母親の気持ちを表現した言葉は、ここ日本においても耳にすることがあるように思います。

もちろん、母親は子どもが親の所有物ではないことを分かっています。それでも手放せない。諦められないのです。

また、介護施設でひどい扱いをされている身寄りのない高齢者に未来の自分の姿を重ね、母親の将来への暗澹たる気持ちも描写されます。母、そして娘とパートナーの主張が食い違う様子は、読んでいて苦しくなるほどです。

あなたの“普通”を壊す『なにかが首のまわりに』(ナイジェリア)

『何かが首のまわりに』 『なにかが首のまわりに』(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著/くぼたのぞみ訳、河出書房新社)

ナイジェリアから見た人種差別、ジェンダー、戦争、宗教とは? 私たちの日常とはかけ離れた世界で生きる女性たちの物語です。

表題作『なにかが首のまわりに』では、アメリカに行けばすぐにお金持ちになれると思って移民したナイジェリア人女性が主人公。しかし、お金持ちどころか彼女には居場所がなく、親しくなった白人の男の子との環境の違いにも大きな溝を感じながら生活を送っていきます。

この話の主人公の代名詞は「きみ」。そのため、読み手は自然と物語のなかに入っていき、そして自分の中の“普通”がガラガラと崩れ去っていく体験をするでしょう。

訳者あとがきにも書いてありますが、彼女たちの言う“ふつうの人”とは肌の黒い人。彼女たちの見ている不自由な世界を、本を通して見ることができる作品だと思います。

アメリカで黒人の抗議デモが続くいま、人種差別にピンとこない人に読んでほしい一冊です。

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私が海外文学に魅力を感じるのは、肌の色・性別・生まれた場所・経済状況、そういう自分ではどうしようもできないものに対する苦悩や抵抗を、本を通じて彼ら/彼女らの目線で知ることができるからです。

こんなことを言うと,また海外文学に小難しいイメージがついてしまいそう(もちろん笑える本もたくさんありますよ)ですが、知らないことを知ると、自分には関係ないと思って見ないふりをしていたものが視界に入るようになります。今まで自分が普通だと思っていたことが、実は誰かを黙らせていた可能性だってありますよね。

おそらく旅行に行くのが難しいであろうこの夏、海外文学を通じて私たちの“普通”から抜け出してみませんか?

著者:谷澤茜

谷澤茜

元書店員のイラストレーター・本の手描きPOPクリエイター。#カドブン で連載中。本と動物と虫と鉱物と文具が好き。好物はあんことハッピーターン。#はじめての海外文学 団長です。
Twitter:@kainushi838

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編集/はてな編集部

※2020年7月27日10:30ごろ、記事の一部を修正しました。