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ローカルプレイヤーの皆さんに、地元のおすすめおやつと、それにまつわるエピソードを教えてもらう企画。
今回、おやつを紹介してくれるのは、香川県高松市にある「本屋ルヌガンガ」の中村涼子さん。ルヌガンガをオープンする前、ある人に差し入れしてもらった、忘れられないフルーツゼリーの話です。
おやつを紹介してくれた人:中村涼子さん
愛知県出身。2017年に香川県高松市に本屋ルヌガンガを夫婦で開業。店名はスリランカにある庭園邸宅の名より。小学生のこども店長と文鳥おもちちゃんの3人と1羽の家族経営で、メインは絵本とカフェを担当。
X:@lunugangabooks
Instagram:@lunuganga_books
知らない土地で本屋を開く
高松に移り住んだ理由は、自分たちの本屋を開きたいと思える物件が見つかったから。商店街アーケードから1本外れた場所に、レコード店の跡地を見つけた。
「賑やかな大通りではなく、路地裏くらいにお店を構えたいね、というイメージは夫婦で一致していました。
お客さんには、商店街アーケードから一度出て、本との出会いを期待しながら私たちの本屋へ『わざわざ』立ち寄ってほしい。そんな本屋を、開店前から目標にしていました」
こうして2017年夏にオープンすることとなる「本屋ルヌガンガ」。店名は、スリランカの建築家が長い年月を費やしてつくった、庭園邸宅の名前からとった。自分たちの店も、長い時間をかけて理想郷と言えるような場にできれば。そんな想いをこめている。
けれど、理想郷をつくるのに選んだ香川県高松市は、ふたりにとって馴染みのない土地だった。パートナーの勇亮さんは、中学・高校時代は高松に住んでいたものの、その地域はお店からは少し離れている。自分は愛知出身で、香川県には学生の時に青春18きっぷで行った記憶があるのみ。安定した仕事を辞め、知り合いがまったくいない土地でお店を開く不安が、心の片隅に影を落としていた。
オープン前の来客
高松に引越し、本格的に開店準備に取り掛かったのは、暑い時期だった。設計事務所や工務店に大半の内装工事は行ってもらうものの、少しでも経費を削減するため、壁面のペンキ塗りなど出来る作業は自分たちでやった。広報のひとつとしてクラウドファンディングをはじめたけれど、それ以外にお店の宣伝と呼べることはあまりしていなかった。まだエアコンも届かないなか、作業を続ける身体からは汗が吹き出し、次第に口数も少なくなっていった。
そんなある日、まだ改装中のお店に初めての来客があった。場所違いかと思ったが、どうやら本当に自分たちを訪ねて来たらしい。赤ちゃんが眠るベビーカーを押してきた彼女は、突然すみません、と謝ってから、続けた。
「中村さんですよね……? はじめまして。これ、差し入れです。暑いなかの作業は大変でしょうから」
差し出されたビニール袋を受け取ってなかをみると、小さなゼリーが4つ入っていた。もう一度、その人に視線を戻す。
「どうして私たちを知っているんですか?」
「8月に、ここで本屋さんをオープンされる中村さんですよね。クラウドファンディングで知ってから、このあたりを通るたびにそわそわしてしまって。そうしたら、最近、とうとうシャッターが開いて、なかで内装作業をされているのが見えて。自分の住んでいるこの地域に、本当に個人書店が出来るんだ! って、すごく嬉しかったんです」
その人は、クラウドファンディングのページに載っていた家族写真を見て「お子さんのぶんもどうぞ」と、4つゼリーを買ってきてくれたのだった。
彼女は、本屋の開店を心から楽しみにしていますと告げて、そのあとゼリーについても付け足した。
「そのうちわかると思うのですが、ここのすぐ近所に中井ストアーという八百屋があります。これはそのお店のゼリーなんですよ」
もらったゼリーをみんなで食べた。プラスチックのスプーンですくうとゼラチンがプルンと震えて、口に入れるとひんやりとした。知り合いがいない高松という土地に、入り口が開けたような心地だった。
この街で本屋をやっていくんだ
中井ストアーは、戦後間もないころから続いている、小さな八百屋さん。ひじきや切干大根の煮物、雷こんにゃくなど、手作りのお惣菜が並ぶ、スーパーの役割も担う昭和の商店だ。レジにはいつも、店主のおばちゃんが座っている。
お店に置いてある甘味は、手作りのゼリーのみ。フルーツゼリー、牛乳ゼリー、抹茶ゼリー、さらにはタピオカゼリーまで。時代に合わせたメニューがなんともチャーミング。150円でおつりが来る、値段もかわいいおやつだ。
お昼どきには、会社勤めと思しき人たちが、お弁当とともに、ゼリーをまとめ買いしているのを見かける。その人がゼリーを食べる様子を想像する。事務所のみんなで食べるのかな。帰ってから家のみんなで食べるのかな。
もちろん近くにはコンビニもあるし、おしゃれなお店で買えるスイーツもたくさんある。けれど、そんな選択肢のなかで、このゼリーを選ぶ人がいて、小さなお店を買い支えている。
開店当初は3歳だった娘も、今年で小学5年生になり、近所の中井ストアーにひとりでゼリーを買いに行けるようになった。お気に入りはフルーツゼリー。お店のおばちゃんは、娘の名前を覚えて気にかけてくれる。おまけの飴ちゃんを持たせてくれることもある。
お相撲の中継を見たり、レジのところでうとうとしたりしながら、いつもおおらかな態度でお店を開けていてくれるおばちゃん。商店街が元気で、こういう昔ながらの風景があって、優しいおばちゃんたちが見守ってくれている。そんな魅力的な街に、自身の店を構えているという自負がいまはある。
わざわざ来てくれるお客さんたち
現在では、SNSや口コミでルヌガンガを知り、県外から足を運ぶお客さんも多い。移り住んだ時はアウェイだと感じていた高松の土地。不安を感じながらはじめたけれど、7年かけて、街のなじみのお店に近づいているのを、一冊本が売れるたびに、お客さんと会話するたびに感じている。
あの日、ゼリーを差し入れしてくれたIさんは、今でもずっとルヌガンガのお客さんでいてくれている。
本屋に事前予約はないから、明日、誰が来るのか、何人お客さんが来るのかなんてわからない。少し先の未来もわからない商売だ。けれど、ルヌガンガには開店前からお店を心待ちにして、足を運んでくれたお客さんがいた。
中井ストアーの素朴な味のゼリーを口にするたびに、あの暑い日のことを思い出す。路地裏の本屋に、わざわざ訪ねてくれる人がひとりでもいるということは、とても幸福なことだ。
中井ストアー
香川県高松市亀井町12-19
イラスト:植田まほ子