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伝統=大事。
なぜならそれは、先人たちの営みの尊さや価値観、技術などを次世代に継承していく役割を持つものだから。地域社会のアイデンティティを形成するものといっても過言ではありません。
しかし、厳しい時代をサバイブするためには、その伝統をあえて「裏切る」ことも辞さないとするのが、これからご紹介する「越前打刃物(えちぜんうちはもの)」です。
ジモコロ編集部の柿次郎です。まずはこちらをご覧ください。
唐突に鋭利な刃物の画像でびっくりしましたか?
これは越前打刃物のブランド「アルタス」の包丁。打刃物としては全国初の「伝統的工芸品」の指定を受けたもので、700年の歴史を持つ火造り鍛造(たんぞう)と丹念な手研ぎ作業で仕上げられています。美しすぎるフォルムで痺れますよね。
柄と刃の一体型デザインは最近の潮流に思えますが、実はこの商品が発売されたのは約40年前。世界的デザイナーの川崎和男さんと地元の職人たちがタッグを組み、低迷していた越前打刃物の復興をかけた統一ブランドとして開発しました。
価格は三徳包丁のタイプで約3万円。当時としてはかなり「攻めた」価格設定でしたが、画期的なデザインとクオリティが国内外で高い評価を得て次第に認知度を獲得。現在までに累計で約2000本を販売するロングセラー商品となっています。
アルタスの包丁を製造・販売しているのが、福井県越前市にある「タケフナイフビレッジ」。一風変わった建築デザインが目を惹きますが、ここは同ブランドの開発から10年を経て建設された共同工房兼直売所。
誰でも工房内の作業風景を見学できるユニークな施設で、越前打刃物の職人たちのもうひとつのチャレンジと言ってもいい重要な場所なんです。
日本全国の伝統産業と同じように、越前打刃物も一時は生産量減少で危機が。しかし、そこからが「サバイブ物語」の始まりだったんです!
伝統産業として危機的な状況にあった越前打刃物のサバイブ物語を聞かせてくれたのは、タケフナイフビレッジ創設メンバーのご子息で、研ぎ師・伝統工芸士の戸谷祐次さん。
施設の成り立ちから、ご自身の仕事観、伝統産業の継承者としてのあり方まで、幅広く語っていただきました。
話を聞いた人:戸谷祐次(とたに・ゆうじ)
Sharpening four 代表。タケフナイフビレッジ協同組合。越前打刃物伝統工芸士。研ぎ師。福井県越前市生まれ。地元企業で設備保全、電気工事など10年間の会社員を経験した後、2005年に家業の研ぎ師に転身。2020年4月、祖父、父の跡を継ぎ、新社名「Sharpening four」をスタート。2023年、ブランド「癶(HATSU)」を立ち上げる。趣味は音楽活動。雑種現代音楽カルテットExperimental crosspeedのBassを担当。
高度経済成長と越前打刃物の危機
「このタケフナイフビレッジは刃物会社の共同運営で成り立っていると聞きました。工房内のあちこちで職人さんが作業されてますね」
「14社で運営しているので、いろんな会社の人がいます。違う会社の人同士で飯を食いに行ったりとか、みんな結構仲良しですよ」
「14の会社が一緒に!? 刃物職人のコワーキングスペースみたいだなぁ。横のつながりもあっていい感じだ」
「組合の方針で、ここで働いてる若い人たちは工房の掛け持ち勤務も可能なんです。いろんな親方からいろんなやり方を学んで、どんどん独立していってもらいたいですね」
「へー! 伝統産業の職人の世界で『副業可』というのは新しい響き」
鍛造する職人さん。鍛造は金属を高温で加熱し、叩いたり圧縮したりして成形する加工方法のこと
「ずっとひとりの親方のもとで仕事してたら息が詰まりますから(笑)。ここにはいろんな親方がいるので、この環境をもっと活かしてもらえたらと思ってます」
「以前、鍛冶屋を取材したときに同業者との交流は少ないと聞きました。こういう横の連携は結構珍しいことなのでは?」
「そうだと思います。鍛冶屋自体は全国どこの町にもあり、それを昔は『野鍛治』と呼んだのですが、基本的には独立した事業体であることが多いです。
それがたまたま軍団化したのがこの地域で、ルーツは1973年に当時の若手職人たちが結成した『武生刃物工業研究会』というグループです。地域産業としての越前打刃物が低迷していたことから、その危機を乗り越えるために結成されました」
「危機。具体的にはどんなものだったんですか?」
「この地域はもともと鉄製の鎌と包丁を主につくっていたんですが、高度経済成長で農業の機械化が進み、鎌の需要が激減。包丁の方も鉄に代わってステンレスが登場したり、大量生産でつくられる海外製の型抜き包丁も台頭してきて、苦しい状況に追い込まれていました」
数多くの工程を経てつくられる、包丁や鎌
「越前打刃物としてのブランド力で何とかならなかったんですか?」
「当時はそういうブランド力がなかったんです。基本的に問屋からの受注が頼みの綱で、鍛冶屋は言われた通りに生地をつくるだけ。その生地にどこかの名前が入れられて売られるのが一般的で、越前打刃物としての独自性などは特に打ち出されていなかったんです」
「なるほど。つまり『越前打刃物でなくてはならない理由』も乏しくなっていった時代とも言えそうですね」
「このあたりの産業のなかでも、刃物はいち早くしんどくなっていたと言ってもいいと思います。職人の高齢化や後継者不足も深刻でしたし、近隣との騒音トラブルも抱えていて。武生刃物工業研究会はそういう喫緊の課題を解決するために集まったグループだったんです」
越前打刃物とデザイナー川崎和男の邂逅
タケフナイフビレッジ内のギャラリーで施設の成り立ちを説明する戸谷さん。パネル右上の男性がキーパーソンのデザイナー・川崎和男さん
「そこに世界的なデザイナーである川崎和男さん(※)という存在が現れたんですよね。どういう経緯で関わることになったんですか?」
※川崎和男……デザインディレクター、医学博士。1949年福井市生まれ。伝統工芸品、メガネ、コンピューター、ロボット、原子力、人工臓器、宇宙空間までデザイン対象として、トポロジーを空間論に持ち込んだ「ことばとかたちの相対論」をデザイン実務としている。グッドデザイン賞審査委員長など行政機関での委員を歴任。
「もともと越前市のご出身で地元に還元したいという気持ちを持っていらっしゃったようですね。工業試験場の紹介で新商品開発に加わることになり、越前打刃物に『インダストリアルデザイン』の概念を導入したんです」
「インダストリアルデザインというのは」
「18世紀半ばのイギリスの産業革命から発祥した『量産』を前提とした工業製品開発のことですね。川崎さんはこの概念をもとにデザイン画をたくさん描かれまして、それを職人たちが試行錯誤して再現したのが『アルタス』です」
「40年前にこのデザインを構想しているのはめちゃくちゃ早かったんじゃないですか?」
「そうですね。刃と柄が一体になっているデザインは今でこそよく見かけますが、当時では画期的なデザインです。それに3万円以上の値段とブランド名を付けて『売るぞ!』って川崎さんはおっしゃるので、みんなびっくりしたみたいですね」
「川崎さんって調べたらいろんな情報が出てくるなぁ。僕が敬愛する編集者・松岡正剛さんのサイト『千夜千冊』にも登場してる!『デザイナーは喧嘩師であれ』っていう本を出してるんだ……強いタイトル」
「川崎さんはデザイナーですけど、越前打刃物のプロデューサーとしても関わっていて、早くから自分たちの名前が売れるものをつくりなさい、それを売るショップをつくりなさい、工房も見える化しなさいとおっしゃっていて」
「先見の明がすごすぎる!」
「その最初のアプローチが自分たちのブランドを持つことで、それが実際に世に出て反響を得られたことは、越前打刃物の技術力の証明にもなりましたし、職人たちの自信にもつながって」
「自分たちの名刺ができたようなものですよね。大きな一歩だよなぁ」
「ただ、統一ブランドを展開していくためには、市内に点在する工房の状態では安定的な生産量が見込めなかったんです。そこで新たな拠点として建設されたのが、このタケフナイフビレッジですね。10人の職人がそれぞれに3千万円ずつ借金して建てました」
「それぞれに借金を! まさに運命共同体だ」
「僕が子どもの頃だったんですけど、ある日突然父が『借金するぞ! 小遣いなくなるかもしれんが覚悟しろ』って言い始めて、何言ってんだ?? って思った記憶がありますね」
「子どもは困惑するでしょうね(笑)。でもお父さんは川崎さんやまわりの職人さんたちを信じてリスクを背負うことにした……いい話だ。反発する人とかはいなかったのかな?」
「いましたし、めちゃくちゃ喧嘩もしたみたいですよ。川崎さんとソリが合わなくて去っていった人もいたようです。でもほとんどの人は生き残りをかけてみんなで戦う道を選んだんです。やるしかなかったんでしょうね」
「はー、職人さんの覚悟もすごいけど、個性の強い職人さんたちに強いビジョンを提示できる川崎さんの求心力は相当なものだったんだろうな」
「そうですね。川崎さん、最近はお会いしてませんがとても仕事に厳しい方で、以前こう言われたことがありますね」
「切る痛みを知れ!って」
「刃物職人にそれ言う?(笑)」
「要は使う人の身になって考えてるか?ってことなんです。川崎さんの前で中途半端な仕事への態度は見せられないです。俺は真剣にデザインをやってるが、お前たちはどれくらい真剣に刃物のことを考えているのか?って問われますから。怖いですよ〜(笑)」
「さすが喧嘩師……。でも、川崎さんに出会ってなかったら今の越前打刃物は別のかたちになっていたかもしれないんだよな。偉大な存在だ」
伝統的であることを“裏切る”信念
「戸谷さんはどういう経緯で研ぎ師になられたんですか?」
「僕は地元の電気関係の会社で普通に会社員をやっていたんですよ。小さい頃から親に『研ぎ師なんて不安定な仕事をしないで、普通にボーナスがもらえる会社員になりなさい』って言われてたからそれを真に受けていたんです」
「ボーナスか。確かに会社員の特権ですね」
「でもあるときに父が病気になって、ふと家業のことを考えたんです。うちの家って結構変わった仕事をやってるし、父の代でそれが終わっちゃったらさみしいことだよなって。
ボーナスがもらえるのは確かにいいけど、研ぎ師としてひとつのことを突き詰めるのも面白そうだし、その方が自分には合っているようにも思って。それで会社員をやめてこの道に入りました。20年近く前ですね」
「じゃあそこから技術を身に付けて。大体一人前になるのはどのくらい時間がかかるものなんです?」
「研ぎ師としてひとり立ちできるようになるのが、大体10年と言われてます。僕がこの世界に入ったときは、鉄の包丁を一本仕上げて300円くらいだったので、それで生活できるようになるには……まあ大変ですね」
「根気がいる仕事だ」
「当然ミスはあってはならないし、100丁あったら100丁すべて同じクオリティで仕上げられなくちゃいけない。お客さんの求めに応じて研ぎ方を変える必要もあるし、人の幸せまで考えられてやっと一人前と言える世界ですね」
「人の幸せを考える。深い言葉だなぁ」
「会社員でも職人でも、仕事の本質ってそういうことだと思うんです。それに気付かせてくれる仕事がその人にとっての適職なのかもしれないし、僕の場合はそれが刃物職人だったんですよね。もちろんやりながら気付いていったことでもあるんですけど」
「何事も飛び込んでみないと気付けないですよね」
「迷ったら自分がかっこいいと思える方に行く、というのがポリシーです。あと僕は趣味で音楽をやっているんですけど、川崎さんと越前打刃物の職人がつくったタケフナイフビレッジ『7つの指針』の第4条がパンク的でめちゃくちゃ響いたというのもあります」
伝統を大切にしていくためには、あえて“伝統的”であることに対しても、“裏切る”信念と具現化をめざします。(伝統Traditional=第4義:裏切ること)
「タケフナイフビレッジのポリシー」より
「反骨的なマインドを感じますね。『裏切る』というのはどういうことなんでしょうか?」
「要はひとつのことに固執するのではなく、時代に合わせて変化していく構えを宣言してます。強い言い方かもしれないのですが、守りたいものがあるなら戦っていかないといけない。越前打刃物はそうやって勇気を出して自分たちのあり方を刷新してきたから、今日まで生き残ってこれたんだと思います」
地図のない世界で“くらう”こと
「越前打刃物の歴史は、チャレンジと変化の歴史でもあるんだなぁ。でも同じ伝統産業でもそういう変革がうまくいってる産業とそうでない産業があると思うんです。成功の要因はどんなところにあると思いますか?」
「難しいんですけど、少なくとも越前打刃物がうまくいったのは、やり方がよかったわけでも、運がよかったわけでも、川崎さんに出会えたことでもないと思います」
以前昔の職人さんたちと『なんで越前打刃物は生き残ってこれたか?』と話したことがあったんですが、そのときに聞いたのは『ただ、元気やったから』ということ」
「本質的すぎてヤバいですね。元気!」
「彼らは低収入でも、先行きが見えなくても『元気やったから乗り越えられた』って言うんです。そのときに思いましたね。究極は、健康なんだなって」
「健康第一。アントニオ猪木も『元気があれば何でもできる』って言ってました」
「これはちょっとマゾっぽい表現かもしれないんですけど(笑)、健康だったらいろんな刺激を『くらう』ことができるんですよね。僕は刺激を『くらう』と動かずにはいられない性分で、それもあって実は昨年『癶(HATSU)』というブランドを立ち上げたんです」
「HATSU。変わったブランド名ですけど、どういう意味があるんですか?」
「これは『はつがしら』という部首から名付けたんですけど『ものごとをスタートさせるときに両足を揃えて立つ』という意味があります。越前打刃物の新しい挑戦としてふさわしい名前だと思ったんです」
和洋の良さを取り入れたHATSUの三徳包丁。越前打刃物特有の「軽さ」とどんな料理にも対応できる「使いやすさ」が特徴。暮らしに馴染むベーシックなデザインが魅力
「『アルタス』にはない柔らかな趣があって、これもまたいいですねぇ。この取り組みを始めたのは何かきっかけがあったんですか?」
「鯖江にあるデザイン会社『TSUGI』の新山直広さんから『自分のブランドをつくりませんか?』と提案されたんです。鍛冶屋にとっての研ぎ師は縁の下の力持ち的な存在で、自分のブランドを持つ人は少ないんですが、だからこそ、その価値をちゃんと打ち出していく必要があると説得されまして」
「新山さん! 先日お会いしてジモコロでも記事にさせてもらいました。福井の伝統産業をデザインで盛り上げる活動をされてますよね」
「新山さんには『あなたは自分のブランドを持ってしっかり稼ぎ、人を雇い、その技術を継承していく使命があります』とも言われました。やるかどうか『今すぐ“はい”か“YES”で答えてください』って」
「選択の余地なしだ(笑)」
「これにはめちゃくちゃ『くらい』ましたね。一方で川崎和男さんからは『指は切れないけど食材だけ切れるレーザーを早く開発しろ!』って言われてますし、『くらわせて』くれる人には事欠かないです(笑)」
「越前打刃物の周辺、すごいデザイナー集まりすぎ」
「でもすごくありがたいですよね。自分だけの世界で生きていたら気付けないことをたくさん教えていただけますから。だから僕は『くらう』のが好きなんです」
「いいマインドですね。越前打刃物のサバイブ精神を体現されているように思います」
「越前打刃物がこれからどうなっていくのかは全然分からないですけど、みんなで右往左往しながらいい仕事をたくさんしていきたいですね。
ここに行けば宝物に出会えるというような地図はとっくの昔からないけれど、地図がないからこそ、僕たちはどこにでも行ける。大変なことはたくさんあるけれど、僕にとってこんなに自由で夢のある仕事はないんですよ」
☆お知らせ
福井県鯖江市、越前市、越前町を舞台にした体感型マーケット「RENEW(リニュー)」が今年も開催! タケフナイフビレッジも会場の一つとなり、工房見学やショップでのお買い物が可能です。詳細はRENEWのHPを。
【RENEW/2024開催概要】
開催日:2024年11月1日(金)~3日(日)
会場:福井県鯖江市・越前市・越前町全域
HP: https://renew-fukui.com/
構成:根岸達朗
撮影:小林直博
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この記事を書いたライター
株式会社Huuuu代表。8年間に及ぶジモコロ編集長務めを果たして、自然大好きライター編集者に転向。長野の山奥(信濃町)で農家資格をGETし、好奇心の赴くままに苗とタネを植えている。