塩。生きていく上で絶対に欠かせないはずなのに、世のなかでは「減塩」の名のもと、悪者になっている不思議なやつ……。

でも、その通りに塩分を減らしてみると「味が薄くておいしくない」と感じることもあり、「塩の適量ってどれくらいなの?」「塩って味方なの? 憎むべきものなの? どっち?」ともやもやしてしていました。

こんにちは、ライターの荒田ももです。

先日、東京ソラマチの中にある、『ぐるぐるしゃかしゃか』というお店に行ってきました。ここは丁寧にヒアリングをしながら「自分の好みや体質に合った、自分だけの塩」をつくれる塩の専門店。お店を監修しているのは「塩の魔法使い」とも呼ばれている、ソルトコーディネーターの青山志穂さんです。

正直に言うと、私はこれまで「塩分=健康に悪い」というイメージがあったのですが、青山さんのお話を聞いて「塩は自分の生活を豊かにするものなんだ」と知りました。

それ以来、自分の塩を色々な食材に振りかけて味の変化を楽しんだり、体調によって違う塩を使ったり、ちょっとイライラした日にはつくってもらった塩をペロリと舐めて気持ちを落ち着かせたりしています。

私たちの生活に欠かせない「塩」の、知らないともったいない使い方のコツや楽しみ方を、読者のみなさんにもお裾分けします。

青山志穂(あおやま・しほ)さん

塩のプロフェッショナルを育成する一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会の代表を務めながら、塩の魅力を伝えるエバンジェリストとしても活動中。代表著書に「免疫力をあげる塩レシピ」「日本と世界の塩の図鑑」(あさ出版)など。特技は、大学時代に留学して身につけた中国語。 青山志穂さんのHP

 

自分だけの塩をつくってみる

「ももさん、こんにちは。ソルトコーディネーターの青山です。今から600種類の塩の中から、自分が一番美味しいと感じるお塩を見つけていきます。まずは、ももさんの味覚の好みを知りたいので、こちらの5つのお塩を食べていただけますか?」

「壁一面に、ものすごい種類の塩が並んでいますね……!」

「5つのお塩を寒天に少量かけて召し上がっていただいて、1番目に好きなお塩と、2番目に好きなお塩を教えてください」

左から、甘味、旨味、酸味、塩味、苦味、の特徴を引き立たせる塩が置かれている

 

「分かりました! 全部味が違いますね……。ん? これだけ寒天の味が違います??」

「いや、寒天には味はないんですよ(笑)」

「(お恥ずかしい……)」

「でも、塩って食材の味を底上げする力も持っていて。それについては、また後でお話しますね。さて、全部食べた中で1番目と2番目に好きだったのはどれでしたか?」

「 1番好きだったのは甘味で、2番目は苦味ですね」

「お、玄人ですね。甘味が1番、苦味が2番目にお好みだったということで、ももさんの胸キュンソルトは『甘苦(あまにが)塩』となります」

「甘苦(あまにが)塩!」

「この甘苦のお塩は、すでにももさん好みのお塩になっているのですが、ここからさらに、1つ“わがまま”を叶えられます! どのわがままにするかは、この表に沿って最大4つ試すことができ、そのなかで1番気に入ったお塩をお持ち帰りいただけます」

1番目に好きな味×2番目に好きな味の25種類のブレンド塩(甘苦、旨甘、酸苦など)

表の中から”わがまま”を選び、さらに自分好みのお塩に近づけていく

<4つの“わがまま”から、1つを選ぶ>

①味をととのえる:最初に味見してもらった5つの味のなかで、3番目に好きな味があったという場合、追加することができます。または、現状の甘味を強くすることも、苦味を強くすることもできます。

②食感をかえる:食感を変えることができます。ガリガリ、サクサク、サラサラのなかから選んでください。

③食材によせる:もしかけたい食材があれば伺います。お魚、お肉、ご飯など。食材に合わせてカスタマイズできます。

④色をつける:お塩に色をつけることもできます。くまざさの緑、レモンの黄色、ワインの紫、など。

「RPGで道具を錬成するみたい。ええ、どうしよう……」

「赤ワインのお塩は香りがどことなく醤油っぽいので、和食にも合います。たとえばお刺身。あるいは、サクサクした食感のお塩とお刺身を合わせると、食感も楽しめますよ」

「なるほど。じゃあワインのお塩と、魚に合うお塩と、サクサクのお塩と、酸味を足したお塩の4つを試してみたいです」

「お待たせしました。ではこの4つを食べてみてください。このなかで1番気に入ったお塩が、ももさんのMY塩になります!」

「ワインの赤が、すごく鮮やかでキレイですね! 味のベースが自分の味覚に合っているから、どれもおいしくて迷いますね……。でも決めた。ワインの塩にします!

「いいですね〜、ありがとうございます! 今から、選んでいただいたお塩を、ももさん用にブレンドしていきますね。ぐるぐる(塩をブレンドする音)」

「ぐるぐる。そうか、これがお店の由来なんですね! わ、塩のいい香りがふわっとしてくる……」

「お待たせしました。ももさんに合うお塩『赤ワインの香りのする甘苦塩』ができました!」

世界にひとつだけの塩が完成!

「ありがとうございます! パッケージもかわいい。早く家で料理に使ってみたいです」

パッケージはお店のキャラクター「ぐるぐる」の顔がモチーフになっている

 

減塩ではなく、適塩

「ふう、楽しかったな。さて……」

「ももさん、今夜のごはんは塩少なめのご飯にしないとって考えてません?」

「(読まれた……!)今日はたくさん塩を舐めたので、さすがにごはんは減塩しなきゃですよね?」

「実はそうする必要はなくて。ぜひみなさんに知っていただきたいのが、世の中では『減塩』と言われているけれど、本当に考えたほうがいいのは『適塩』であるということなんですよ」

「 適塩、ですか?」

「もちろん、お塩の過剰な摂取は高血圧の要因になったり、体内のカルシウム不足につながったりと健康に悪影響を与える可能性があります。ただ、お塩って動物が生命維持をするのに欠かせないものでもありますよね」

「たしかに! あの、ひとつ悩みがあって。塩分を過剰に摂らないように気をつけてはいるんですけど、そうすると、今度は味が物足りない気がするんです。いまだに塩梅がよくわからなくて……」

「減らすことより先に考えるべきなのは、自分に合ったお塩を適切な量でしっかり摂るということ。自分の味覚にあった塩を使っていると、かける量ってすごく少なくて済むんですよ」

「どういうことですか?」

「ももさんは苦味の強い塩を選んでいたけれど、実は私はあの塩の味は少し苦手で。苦味の強いのはマグネシウムが多い塩。ももさんにはマグネシウムが足りていなくて、逆に私はちゃんと摂れているよっていうこと。自分に合った塩を使うと、少しの量でおいしいと感じることができるんです」

「味の好みで、自分の身体の状態がわかるんですね。だけど、塩ってひとりひとりに合ったものを見つけられるくらいの種類があるんですか?」

「たくさんありますよ。わたしの自宅には、2,500種類の塩があって」

青山さんの沖縄のご自宅。部屋中にお塩が溢れている

2,500種類……!? 海外の塩もあるんですか?」

「海外の塩もかなりありますよ。お塩って価格も色々で、1kgで1円未満から、1kg6,000円以上のものまであるんですよ。流石にそれくらいお高くて産量も少ないお塩はこのお店では扱えないんですけどね(笑)」

「それくらい高価な塩も、青山さん個人で買われたりするんですか?」

「もちろんですよ。この世の中に、自分の知らない塩があることが耐えられないので。なので、『またあの塩田の新作が出た! ひい〜!』と嬉しい悲鳴を上げることもしばしばです」

「(なんて幸せそうな表情をする人なんだろう……)」

 

塩から土地の歴史を知る

「どうして、青山さんはそんなに塩が好きなんですか?」

「私は元々、東京で調味料メーカーに勤めていたんですが、ちょっと働きすぎてしまって。仕事を辞めて南の島でのんびりしようと思い、20年前に沖縄に移住したんです。その時、ちょうどお塩のメーカーが塩の専門店をオープンするということでスタッフを募集していて。興味があったので応募してみたんです」

「当時からお塩に興味があったんですか?」

「いえ、そのときは全然塩に興味なくて。調味料メーカーでは平均的な塩だけを使っていたので、新しい職場で塩の種類に腰を抜かしました。なんで同じ塩なのにこんなにも味や形が違うんだろうって

「そこから塩の魅力に惹かれていったんですね」

「はい。私はオタク気質なところがあるので、周りにいる理系の先輩方と一緒に『この海水はなぜこの形の塩になるのか?』みたいなことを全部調べていったんです。気づいたら塩にどっぷりハマっていました(笑)」

 
 
 
 
 
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今では、塩のおもしろさに魅了され、日々発信を続けている

「そうして塩の沼に…..」

「当時、塩専門店の事業ははじまったばかりで。店内に塩はいっぱいあるけど、誰もがなにも知らない状態だったんですね。じゃあ、データベースをつくろうと。とりあえず1日10個塩を並べて舐めて、成分を書き出して傾向を見たんです」

「研究所みたいですね」

「そうしたら、先人たちが唱えている『ナトリウムはしょっぱい』『マグネシウムは苦い』というような情報は大体あたっているんですけど、データと味が合わない塩もあると分かったんです。『この塩、ナトリウムが多いのに旨みが強い』みたいな」

「データと味が合わない塩が出てきた」

「そのあと、産地にまで謎を解明しに行ったのが、本格的にハマった瞬間でした。『なるほどこういうことか!』と腑に落ちる瞬間があって。例えば、ナトリウム数値が高い岩塩はしょっぱいはずなのに、ホタテの貝柱みたいな甘味を感じる塩があるんです。疑問に思って地質や歴史を調べていくと、そこには昔、貝塚があったそうなんです」

「それはおもしろい……! ミステリーを解いているみたいですね」

「塩って、その土地の歴史や文化、経済発展などの結晶なんですよ。塩を研究すると、世界をより深く見ることができるんです」

 

塩のスペシャリストが教える料理のコツ

「なんだか、すごく塩に興味が出てきました。普段の料理のなかで、もっとここに塩を使ってくださいというポイントや、上手な塩の使い方ってありますか?」

「あります! 例えば炒めものは『フライパンの中で味を完璧に決めない』ことがポイントで。塩って溶かすと、塩角(しおかど)が取れてしまうので塩気のインパクトが弱くなってしまうんです。そうすると、無意識に量を多く使ってしまうので、私は食卓で各人が塩を振って食べるのをおすすめしています」

「各人がそれぞれ塩の味付けを行うんですか?」

「それにはもうひとつ理由があって。食卓を囲む人が4人いるとしますよね。そのなかには今日汗をかいた人、かかない人がいるはずなんですよ。つまり、欲しい塩分量が人それぞれ違うんです」

「家族であってもですか?」

「はい。同じ家族と言っても、年齢・身長・体重はもちろん、通学や出勤の時間とか、職種も、その日考えたこともぜんぜん違いますよね」

「考えたこと?」

「その日テストがあって緊張したり、ストレスがかかる仕事をしたり。イライラしていてもマグネシウムやミネラルは消費されていくので、精神的に負担がかかった日には塩が必要だったりするんですよ」

「そうなんですね」

「だから、炒めものは少し薄味でつくっておいて、それぞれが塩をかける食べるのが一番。自分がおいしいと感じる塩を、おいしいと感じる量かけて食べる。スープも同じですね」

「もし一回食べて『薄い』と思ったら、お塩をパラパラ追加するのはぜんぜんありだと思うんです。料理をつくった人も怒らずに、『あ、この人はきっと今日、プレッシャーやストレスがかかったんだな』ってやさしい眼差しを向けてあげるといいのかなと思います」

「じゃあ、レシピ通りつくっても、自分の求めている塩の量にはならないんでしょうか?」

「そうそう。最近のレシピは親切で、『このレシピ本で使っている塩はこの商品です』と記載があったりするんですが、それでもその塩を基準にしてるだけであって、求めている質や量は人それぞれなので。最初は塩を少なめにして味見をすること。で、足りなかったら食卓で振るのがいいかなと思います」

「ちなみに、家でトンカツを揚げたり、買ってきたりするときは、何柵かに切って、柵ごとに違う塩やソースで食べるのもおすすめです。最初の塩だとさっぱり、次の塩だと旨みが引き立つ、など違いを楽しめますよ」

「旨みを引き立たせるのって、どんな塩なんですか?」

「ふふふ、だんだん深みにはまってきましたね。塩には『同化』と『対比』という特性があるんです。
たとえば、赤身肉の鉄分と塩の鉄分を合わせてあげると、鉄分が同化して口のなかで旨みがより強く感じられつつ、塩味もしっかり感じることができる」

「うんうん」

「いっぽう、『対比』というのは、たとえば市販のラクトアイスにちょっとだけお塩とオリーブオイルをかけてあげると、ハーゲンダッツの味に歩み寄るんですよ。甘いものに対極のしょっぱいものを合わせると、主要な味が強くなって、塩味はふっと感じなくなるんです。それが『対比』です」

食材が持っている特徴に合わせて塩の使い方を変えると、より素材がおいしくなる

「すごい、塩って助演俳優賞ですね! なんだか自分の選んでもらったお塩がだんだんキラキラして見えてきました」

「そういうお塩の理論や、ソルトコーディネーターとしてシェフの方々に塩を紹介している経験値もひっくるめて、このお店のお塩を選んでいるんですよ。今日、ももさんが体験した塩づくりも同じ食卓を囲む家族やパートナーと来てみると、身近にいる人の味覚の違いに驚くと思いますよ」

 

高知県は「天日塩」王国! 塩田を見に旅行に行こう

「海外だと、もっと塩に興味がある人が多いんですかね?」

「いやいや、こんなに各国から塩を輸入して使っているのは日本だけですよ。海外だと、香りとか味をつけたシーズニングソルトが多く使われていて、このお店の前を通りかかる、海外のお客さんは大抵『What’s!?』って驚いています(笑)」

「やっぱり日本人って、食に対するこだわりがクレイジーなんですね」

「それに、色々な塩が流通している日本だからこそ、塩の楽しさを知って欲しいという気持ちもありますね。最初の扉を開いていただきさえすれば、そこには豊かな塩の世界が広がっているので」

「ぐるぐるしゃかしゃかに訪れたお客さんにおすすめしたい、塩にハマるための次のアクションはありますか?」

「自分に合う塩の産地を知ることと、その土地や生産者さんを知ることかな。あとは、実際に塩田を見に行くこと!」

「塩旅行! 塩田を見に行くなら、どこがおすすめですか?」

「沖縄はおすすめですね。あと、高知県って日本一の『天日塩』王国なんですよ。半島を囲むように11軒もの製塩所があって、一般見学できるところもありますよ」

高知県にある、田野屋銀象の天日結晶ハウス

「他にも、新潟から山形にかけての笹川流れの海岸線にも8軒くらいあります。やっぱり海岸線が多いですね。旅行の時に海沿いをドライブする機会があればぜひに寄ってみて欲しいです」

「あの、ずっと気になっていたのですが、青山さんって、いろいろな塩を、まるで友だちのように紹介してくれますよね」

塩って人間みたいにそれぞれ個性があるので。わたしはこの子たちを『いい子なんだよ』『こんなに素敵なんだよ』って紹介するためにこのお店にいるんですよね。ももさんも、途中から前のめりで質問してくれて嬉しかったです」

「青山さんの嬉しそうに話す姿を見ていると、なんだかこっちも嬉しくて。青山さんが言うなら、塩って本当におもしろいものなんだ! って思えてきたんです」

「嬉しいです。塩のことならなんでも教えますので、またぜひお店に来てくださいね!」

 

おわりに

「ぐるぐるしゃかしゃか」で、好みを伝えて塩をブレンドしてもらっているとき、自分の内面がだんだん紐解かれていくような感覚になりました。

どことなく、友人にタロットカードで占ってもらった時の気持ちと似ていました。自分の状態を知ることができてわくわくする気持ち。未来を考えてどきどきする気持ち。

この塩は今の自分に合わせてつくられているから、半年後に改めて塩づくり体験をしたら、また違う味のものになるのだと思います。

健康でいたい。そして、美味しい食事も楽しみたい。そんな方はぜひ、「自分に合った塩」を探しにぐるぐるしゃかしゃかに遊びに行ってみてください。

塩のスペシャリストと一緒にブレンドした塩は、きっと、あなたの生活をさらに豊かにしてくれるはずです。

 

編集:吉野舞
撮影:番正しおり