MOTUのハードウェア付属の無料DAW、Performer Liteが、歌ってみたの歌い手にお勧めな理由 | DTM

MOTUのハードウェア付属の無料DAW、Performer Liteが、歌ってみたの歌い手にお勧めな理由

先日11月2日、3日の2日間、日本武道館もある北の丸公園の科学技術館で楽器の展示会である東京楽器博 2024が開催されました。かなりの大盛況だったので、参加した、という方も多かったのではないかと思いますが、各楽器メーカーがブース展示をする中、ちょっと珍しいブースがありました。それが「一般社団法人 日本歌ってみたMIX師協会」(以下MIX師協会)のブース。実はDTMステーションもMIX師協会の賛助会員として参加しているので、とってもよく知っている団体なのですが、その代表理事を務めているのが、レコーディングエンジニア、MIX師として活動するこいた。(小泉貴裕)さん。

その小泉さんと話をしている中、ちょっと盛り上がったのが、「歌ってみた」で活動する歌い手(ボーカリスト)は、どんな機材、どんなソフトを使っているのか、またどういったソフトを使うのがお勧めなのか、というもの。そこで挙がっていたのが、MOTUのPerformer Liteだったのです。Performer Liteはソフト単体で市販されているものではなく、M2やM4など、MOTUのオーディオインターフェイスを購入するとオマケで付いてくるソフトで、これまでDTMステーションでもあまり積極的に取り上げたことはありませんでした。ちょっと意外な話だったので、なぜPerformer Liteが、歌ってみたの歌い手にお勧めなのか、少し詳しく聞いてみました。

東京楽器博2024での日本歌ってみたMIX師協会のブース

歌ってみた、MIX師って何!?

--まず、「歌ってみた」とか「MIX師」ってなんだか分からない、という人も少なくないと思うので簡単に教えてもらっていいですか?
小泉:「歌ってみた」の正確な定義はありませんが 、既存の曲のカラオケ(インスト音源)に自分の歌声を載せて動画を制作し、ニコニコ動画やYouTubeなどの動画サービスに投稿する音楽制作だと考えれば良いと思います。幅広い年代の人たちが楽しんでおり、そのシンガー、ボーカリストが歌い手と呼ばれています 。コロナ禍に入った2020年ごろ歌い手が急激に増えた印象があります。自分は当時nanaという音楽投稿アプリのマーケティングユニットマネージャーをしていたのですが、その増加はデータにも現れていました。コロナが明けてからその勢いは緩やかにはなりましたが減少した印象はなく、 今も多くの人が「歌ってみた」を楽しんでいます 。歌ってみたは1人で制作することも可能ですが、複数のクリエイターに依頼して制作することが多く、動画制作をする動画師、動画用のイラストを描く絵師、そしてボーカルミックスをするMIX師がいます。私が書いたSound&Recording Magazineでの連載に詳しく紹介してあり、MIX師協会のサイト内の「MIX師とは」からもリンクで読めるようになっているので、ぜひ参考にしてみてください。MIX師協会は、音楽の重要な入口となりつつある歌ってみたの活性化を通じてMIX師、ひいてはレコーディング・エンジニアなどのサウンドクリエイターの認知度向上を目指して活動する社団法人で、現在は330名の個人正会員、16社(名)の賛助会員にご加入いただいています。企業や社会とMIX師、歌い手のハブとしても活動しています。

歌ってみたの楽曲アップまでのフロー

--MIX師と、いわゆるミキシングエンジニアは同じと考えていいのでしょうか?
小泉:ボーカルミックスという点で部分的に同じところもありますが、同じではありません。ハッキリした定義はないのですが、歌ってみた制作において歌とカラオケ音源をバランス良くミックスする人がMIX師だと考えれば良いと思います。 。MIX師の多くは自宅スタジオを拠点にしていて、ネット上のやりとりのみですべて完結させるのが一般的です。また、歌ってみたMIXはステレオのカラオケ(インスト音源、オフボーカル)とボーカルをミックスすることがほとんどで、マルチトラックでのミックスはほとんどありません 。一方でピッチ補正やタイミング修正、ノイズ除去、場合によってはハモリパートの生成などは必須とも言えるスキルです。ミキシングエンジニアはレコーデイングエンジニアのうちミキシングに着目した呼び方だと思うのですが、録音や楽器のスキルが必要ですし、読譜能力も必要で、さらには実際に会ったことがあるクライアントと仕事をすることがほとんどでしょう。MIX師と歌い手が会うことは少ないです。そのあたりがMIX師とレコーディング・エンジニアの違いではないでしょうか。もちろん録音ができるMIX師やパラミックスができるMIX師もいて、逆も然りですから、はっきりとした境界線を引くのは難しいと思いますね。

先日、リットーミュージックから発売された小泉さん執筆の書籍「歌ってみた制作バイブル」

年齢層も幅広い、歌い手。はじめはスマホでの制作からスタートするのが一般的

--2020年ごろから現在にかけて何か傾向の変化とかあるものですか?
小泉:当時はボカロ曲が特に人気があり、さらにはある曲が集中的に流行る傾向があったように思います。「フォニイ」や 「ヴァンパイア」は毎日誰かが投稿していたような印象がありますね。 最近は1曲集中からいろいろな曲に分散し、皆さん本当に色々な曲を歌っているような印象を受けます。そんな中でもAdoさんの曲はよく聞くので、若年層を中心に高い人気があるように思います。

--歌ってみたの中で特に流行る曲、というのがあるんですね。
小泉:今回の東京楽器博では想定を上回る来場者の方にブースにお立ち寄りいただくことができ、 いろいろな方と話をさせていただきましたが 、「歌ってみた」、「MIX師」という存在を知らない方がまだまだ多いなと感じました。一方で、話をすると興味を持ってくれる方が多く、MIX師協会としてのやるべきこともいろいろありそうだと思ったところです。

--そうした歌い手さん、いろいろな方がいると思いますが、いきなりMIX師に頼むというわけではないですよね?
小泉:年齢的には下は中学生から上は70代くらいの方までいろいろです。僕のお客さんでは 72歳の方が最高齢で、演歌の歌ってみたを制作されています。全体では20代~30代が多いです 。お金をかけずにスマホ録音などで始めてみるものの、もっと聞いてもらうためにみんなどうしてるんだろう……と調べていくうちに、音質が重要であることを知り、MIX師やマイク、オーディオインターフェースの重要性に気づいていく、という流れが多いと思います。

--DTMと近い世界ではあるけれど、それとも違うユーザー層ですよね。
小泉:Desk Top Musicという意味ではDTMですが、歌い手を始め、歌ってみた制作をしている過程においては作編曲という要素が無いので、いわゆるDTMerとはちょっと違うように思います。一方で録音に関する知識はある程度必要になってきます。ボーカル録音では録ったテイクのいいところをつなぎ合わせてひとつのテイクを作るので 、そうなるとスマホでは編集効率の悪さが目立ってくるんです。パソコンを使ったほうが圧倒的に作業効率がいいので、スマホからパソコンに移行することになります。

歌い手にとってPerformer Liteがいいのは、無料なのにピッチ修正機能を搭載していること

--確かにDAWが必要で、Melodyneなどのボーカル編集ツールも揃えないといけないですね。
小泉:つい先日までStudio One Primeが無料で配布されていたので、歌い手さんには、まずはこれを使ってみて、とお伝えしていました。 無料配布が終了してしまったのはちょっと痛いところです。ここで個人的に次なるおすすめDAWとして注目しているのが MOTUのPerformer Liteなんです。

Studio One Primeなき後のお勧めという、Performer Lite

--どうしてPerformer Liteなんですか?
小泉:まず、そもそも歌い手さんにM2が大人気なんです。したがって、M2を持っている人、これから買う人であれば追加費用なしで入手できます。さらにPerformer Liteは無料DAWながらも録音には ボーカルのピッチ編集ができる機能を備えているんです 。ピッチ編集はMIX師の仕事ではありますが、歌い手さんが知っておいたほうが良い作業ではあります。個人的には、上達するためには歌い手さんがピッチ編集をしたほうが良いとさえ思っています。

Performer Liteはピッチ修正機能を標準で搭載している

もちろんCubaseにもVariAudioという機能があるし、LogicもFlex Pitchというピッチ編集機能を装備していますが、Vari Audioはオーディオインターフェイスに付属する無料のCubase AIやCubase LEには搭載されておらず、最上位版のCubase Proのみの機能です。またFlex Pitchも有料のソフトであるLogic専用のもので、無料で入手できるDAWでこのような機能を持っているのはPerformer Liteだけなんです。ピッチ編集に挑戦したいと思ったときにすぐ挑戦できるというのは、大きいと思うんですよね。僕の YouTubeチャンネルで歌い手さん向けにPerformer Liteのピッチ編集機能を紹介したことがあるので、参考にしてみてください。

--なるほど、そんな機能があったとは知らなかったです。もっとも、Performer Liteの場合、無料とはいえオーディオインターフェイスを買わないと入手できませんよね。
小泉:はい、MOTUのオーディオインターフェイス付属のソフトなので、購入が必須となります。ただ、オーディオインターフェイスはいずれ 必要になりますから、大きなマイナス要素ではないと思いますね。とくにM2は音質面においても十分な性能を持っているので、歌ってみた録音にはちょうどいい機材だと思います。

MOTUのM4(左)とM2(右)

MOTUxAudio-TechnicaのMOTUボーカルレコーディングセットなら全部が揃う

--ボーカルレコーディングをするのであれば、マイクやヘッドホンも必要になりますね。この辺は歌ってみた用としてお勧めはありますか?
小泉:オーディオテクニカのAT2020は歌ってみた界隈でも定番の コンデンサーマイクなので、失敗はないと思いますね。ただし、コンデンサーマイクは繊細なところまでキレイに録れるので 、部屋の反響までハッキリ録れてしまう、という問題があるんです。自宅録音の場合は一概にコンデンサーマイクが良いとも言えない場合がありますね。

オーディオテクニカの手ごろで人気のマイク、AT2020

--となると、部屋でダイナミックマイクを使う?
小泉:もちろん、うまくいくケース、そうじゃないケースありますが、もし反響音が気になるようならダイナミックマイクを手で持って至近距離で歌うのも試す価値があると思います。ヘッドホンのほうは密閉型一択ですね。オープンエアだとヘッドホンの音がマイクに回り込んでしまうし、周りの音も聴こえてしまうためレコーディングに使うことができません 。普段使っているBluetoothのイヤホンをモニター用に使っている人も多いみたいですね 。

ダイナミックマイクであるAT2040

--Bluetoothだとレイテンシーが出ちゃうから、さすがにモニターできませんが、普通そんなこと知らないですもんね。
小泉:そうですね、遅延したまま歌っているケースもあるかもしれません。MIX師はそういう知識を歌い手さんに教えてあげる、という役割も持っています。総合的に考えると 、MOTUの日本の代理店であるハイ・リゾリューションがMOTU X Audio-Technicaとして販売しているセットは必要なものが揃うのでお勧めですね 。今回の東京楽器博のブースでも展示をしていましたが、MOTUボーカルレコーディングセットというのがM2とAT2020、それにオーディオテクニカの密閉型ヘッドホンであるATH-M20xのセットとなっています。またその上のMOTUクリエイターセットはAT2035とATH-M50xのセットになるので、マイクもヘッドホンもワングレード上です 。配信ユーザー用ですが ダイナミックマイクであるAT2040とATH-M20のセット もあるので、ダイナミックマイクがいいという場合はこのセット を選んでみるのも手ですね。いずれにせよPerformer Liteは付属していますから。SNSを見ていると最初から高額なマイクやインターフェイスが必要な気がしてしまいますが、そんなことはないんです。信頼できるメーカーの入門セットを使えば長く高音質で楽しむことができます。このセットで歌ってみたを始めて、ゆくゆくはMIXやボーカル編集にも挑戦して、音作りの楽しさを体感してみてもらいたいですね。相談したいことがあれば、近くのMIX師や楽器店に相談してみてください。

MOTUボーカルレコーディングセット。M2またはM4のどちらかを選択できる

--これまでまったくDTM系の機材を触ったことがないという人にとっては少しハードルが高いかもしれませんが、たとえばMOTUボーカルセットなら5万円ちょっとですべてが揃うので、かなりお手頃といえそうですね。歌い手さんがこうした機材を使いながら、さらにパワーアップという意味でMIX師とやりとりするようになれば、かなりのレベルアップが図れそうですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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MOTUxAudioTechnica製品情報

一般社団法人 日本歌ってみたMIX師協会サイト