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いまやクルマは「走るコンピュータ」へと進化を遂げようとしている──。
ここ数年、モビリティ業界で新たなトレンドとして注目を集める「SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)」。ソフトウェア中心のクルマを意味するSDVの潮流が加速するいま、クルマはスマホのようにソフトウェアアップデートできる時代を迎えようとしている。
今後のモビリティの未来を牽引するであろうSDVの潮流は、私たちの移動体験や生活様式、さらには都市設計、環境問題にまで影響を与える可能性を秘めており、あらゆる業界のビジネスパーソンもおさえておきたいトピックだ。
そもそもソフトウェア中心のクルマ、SDVとは何か? 私たちはSDVがもたらす変革や未来をどのように捉えればいいのか?
自動車部品領域で世界No.2の売上を誇るデンソーでCSwO(Chief Software Officer)を務める林田 篤氏と日本を代表するITサービス企業であるNTTデータ 執行役員の杉山 洋氏がやさしく解説。5つのQ&Aから、モビリティ業界のトレンドをざっくりおさえておこう。
この記事の目次
Q1:ソフトウェア中心のクルマ「SDV」とは何か?
林田 SDVとは「ソフトウェアの更新によって継続的に進化するクルマ」のことを言います。
たとえばクルマの購入後でも、自動運転・安全機能の追加やエンジン制御の最適化による燃費向上など、ソフトウェアアップデートだけで性能や機能を大幅に向上させることができます。
従来はエンジンなどハードウェアがクルマの価値を決める中心でしたが、SDVの登場により「ソフトウェア」がクルマの価値の中心となる時代を迎えたのです。
また私なりに別の表現をすれば、SDVの価値の本質は「クルマがこれまで以上に愛車になっていく」ということにあります。
ソフトウェアを介して簡単に機能をアップデートできるようになれば、5年、10年と経つごとにクルマが自分好みに進化する感覚を誰でも味わえるようになります。その結果、多くの人が「自分だけの愛車」としてクルマにより深い愛着を感じるようになるでしょう。
杉山 いまはあらゆる製品やサービスが「多様化した生活者の嗜好に応じて、いかにパーソナライズできるか」が問われる時代です。
その点、クルマに求められる価値も、単純な移動手段から「人々の生活に密着した体験」へと進化することが求められています。
加えて、さまざまな業界の人にとってもSDVはビジネスチャンスが眠る領域です。今後、IT企業がクルマ向けアプリケーションを開発したり、異業種企業がクルマのデータを活用して革新的なサービスを生み出したりする動きは加速するはずです。
たとえば運転中のデータから健康状態を検知して、事故リスクの回避につなげるといったサービスを実現することも可能です。実際、私たちもいま自動車業界や製薬業界とともに、運転中のデータから認知症の兆候を検知する取り組みを進めています。
異業種からの参入機会が広がり、多様なプレイヤーとの共創が増えれば、SDVを通じて社会に新たな価値を提供できるという手応えを感じているところです。
Q2:SDV変革を理解するカギ、「In-Car」と「Out-Car」とは?
林田 In-Carは車内の機器やシステムを通じて価値を提供する領域、Out-Carは外部の社会やネットワークとつながることで新たな価値を生み出す領域になります。
この二つの概念をおさえておけば、これからのモビリティが生み出す体験をイメージすることができます。
たとえば二つの概念が融合することで、車内センサー(In-Car)が運転者の疲労を検知し、外部データ(Out-Car)と連携して最適な休憩ポイントを提案するといった体験が可能になります。
ただし両者の融合はそう簡単ではありません。最大の課題は「安全性の担保」と「法令遵守」です。
人の命を乗せるクルマでは、PCやスマホのような突然のフリーズやリセットは許されません。もし運転中にメーターの表示が固まったら、ドライバーが突然のことに驚いて安全運転が継続できなかったり、スピードの出しすぎに気づかないまま危険な走行を続けて事故につながったりする可能性があります。
また自動車特有の厳格な法規制への対応も必要です。たとえば自動車に関する法律では、エンジン始動からバックカメラ映像表示までの時間制限(2秒以内)があるなど、こうした事細かで多岐にわたる法規制への対応もハードルの一つです。
これらの課題を解決するため、デンソーでは「In/Out統合プラットフォーム」の開発を進めています。車載技術とIT・モバイル技術を適切に融合させ、安全で革新的なモビリティサービスの基盤を構築することを目指しています。
車載ソフトウェアを知り尽くしたデンソーが、IT・モバイル技術をクルマに適合させるための基盤をつくる。その土台とIn-Carにおける40年以上の知見を活かして、パートナーの参入を促したいと考えています。
今年6月にクラウドなどIT領域のOut-Car技術を持つNTTデータとの包括提携も発表しましたが、まさにこれも「In-CarとOut-Carの融合による新たな価値創出」を目指すものです。
Q3:自動車業界とIT業界の融合の難しさと可能性とは?
林田 自動車開発は人の命に直結するため、変更点(差分)の厳格な管理を重視します。
たとえばブレーキなどの直接的な不具合はもちろん、メーター表示の異常や突然の異音など、間接的に事故につながる可能性のある問題も徹底的に排除しなければいけません。そのため、ソフトウェアの変更には細心の注意を払います。
一方、IT業界ではオープンソースが主流で、多くのユーザーに使われていることが品質の指標となることも多い。アジャイルに改善を繰り返すことが求められるため、この考え方の違いは両業界の協業における課題の一つとなるかもしれません。
杉山 IT業界から見ると、自動車開発の難しさは、性質の異なるシステムが一台の中に混在している点にあります。
たとえば金融システムのような高度な安全性が求められる仕組みと、一般的なWebサイトのような柔軟性が求められる領域が共存しているのです。
前者の場合は高い品質を確保するためにウォーターフォールで開発しようとか、後者ならユーザーの利便性を優先してアジャイルに開発するといった切り分けが必要になります。
もちろん企業のITシステムでもそういった領域は共存しますが、クルマにおいてはより「複雑な結合」と「最高レベルの品質」が求められるため、極めて難しい挑戦だと実感しているところです。
林田 自動車の技術開発でもアプリケーションなどはアジャイル開発が効果的な領域です。一方で、リアルなセンシング(センサーを利用して情報を計測し数値化する技術)が必要な領域をはじめ全体をシステムとして統合することは決して簡単ではありません。
重要なのは、IT業界の先進的な手法と自動車業界の堅実な開発手法を適切に組み合わせることです。私たちもIT業界から学びたいことがたくさんあるので、お互いの技術や知見を融合することで、より安全かつ革新的なモビリティの未来を創造できると考えています。
Q4:SDVが変える未来の暮らしとは?
林田 冒頭でも述べたように、SDVを通じてクルマは社会とより深くつながり、個人の生活に寄り添う“愛車”へと進化していきます。
たとえば安全面では、天候など外部環境の変化を検知し、ドライバーに適切な対応を助言できるようになります。
またクルマを通じて環境貢献も可能になります。駐車中にEVバッテリーを活用した家庭や地域への電力供給など、ユーザーも自身の社会貢献を実感しやすくなるはずです。
さらにはデータを活用したパーソナライズも実現します。たとえば長距離運転中にクルマがドライバーの疲労を検知し、休憩を提案する。
また過去の行動データに基づいて好みのカフェの提案を行い、承諾を得れば自動予約やお店までナビゲーションをしてくれる。そして到着したタイミングでコーヒーが出てくる。そんな未来も遠くないはずです。
杉山 現在はクルマ離れが進んでいると言われますが、これはクルマが単なる移動手段と捉えられているためかもしれません。
しかし、自分好みにアップデート可能で、個人に合わせた提案をしてくれるクルマが登場すれば、「自分だけの愛車を持ちたい」と考える人が再び増える可能性があるはずです。クルマが単なる移動手段から、人々の生活に密着した体験へと進化する未来が到来するのではないでしょうか。
Q5:デンソー×NTTデータの提携が生み出すものとは?
林田 デンソーは自動車部品や車載半導体に強みを持ち、クルマを隅々まで知り尽くしています。
さらに、グローバル企業として世界中のモビリティ関連企業と取引があり、最先端の知見や技術を開発に活かせることは大きな競争優位性となっています。
一方、NTTデータはソフトウェア事業のマネタイズや異業種連携において豊富な知見を持っています。IT領域において日本を代表するNTTデータはデンソーにとって強力なパートナーであり、両社の強みを融合することで、大きなシナジーを生み出せると確信しています。
杉山 今回の提携について「動きの遅い大企業同士で何ができるのか」と懐疑的な見方もあるかもしれません。
しかし、私たちは両社の強みを掛け合わせ、互いに刺激し合うことで、世間の印象を覆すようなインパクトを社会に与えたいと考えています。
それに大企業だからこそできることもあります。たとえば人材創出や育成がその一つです。
モビリティ開発に携わるエンジニアを新しい未来をつくる担い手としてプロモーションし、その社会的地位や存在感を高めることで、この職種を志望する若い人材を増やせるかもしれない。また現在この領域に携わるエンジニアのモチベーション向上にもつながるかもしれません。私たちも大企業だからこそできる業界全体への貢献を実現できればと考えています。
さらに、これからは技術的な側面だけでなく、クルマを通じてどのような体験や価値を提供できるのか。それをどのようなビジネスモデルで実現するのかといった、ビジネス開発スキルを持つ人材も必要になります。そうした人材の創出や育成にも取り組んでいきたいと思います。
林田 ありがとうございます。私たちが目指すのは「デンソーのソフトウェアがないとモビリティ社会の未来はつくれない」と言っていただける存在になることです。
社会課題の解決には、1社だけでは限界がある。だからNTTデータをはじめさまざまな業界の方々と共創することで、新しいモビリティ社会の未来を切り拓いていきたい。ぜひ私たちの挑戦に共感いただける方がいたら、ともに社会実装する仲間に加わっていただけると嬉しく思います。
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