オキシトシンは「絆の形成・共感性・社会性」に関わるホルモンとして、その作用や効果から別名「幸せホルモン」と呼ばれることがあります。「母と子」「人と人」との関わりに欠かせないホルモンとして注目をされているのです。
さらに人と人だけでなく、犬や猫などペットとの触れ合いでも分泌されることがわかっています。今回は「人と動物・ペット」の中で発生するオキシトシンについて紹介していきます。(執筆者:伊藤悦子)
オキシトシンは脳から分泌されるホルモン
オキシトシンは9つのアミノ酸から構成されているペプチドホルモンで、脳の視床下部で作られ、脳下垂体後葉から分泌されています。
子宮筋の収縮を起こすことで分娩を促したり、赤ちゃんがおっぱいを飲む刺激で母乳がよく出る役目をするホルモンとして古くから知られているのです。
しかし、オキシトシンは分娩や「妊娠・授乳」への関与だけにとどまらないことが、近年の研究でわかっています。
母子間の絆形成にかかせないオキシトシン
赤ちゃんは母乳を分泌する乳首の匂いにひきつけられることがわかっています。これは誰かに教えられたのではなく生得的なもの、つまり生まれつき得ている能力です。
出生直後、母乳を飲んだときに赤ちゃんは母親の匂いを記憶します。匂いの記憶を促進するのがオキシトシンです。また、人だけでなくげっ歯類も母の匂いを記憶すると言われています。
そして、母も赤ちゃんの匂いをかぐことでオキシトシンが分泌されるようになります。
例えば、ヒツジは出産後24時間以内に産まれた子のにおいをかぐことでオキシトシンが分泌され、自分の子供の匂いを記憶します。24時間を過ぎてしまうと、母ヒツジは子供を受け入れなくなってしまうのです。
母の毛づくろいもオキシトシンが関わる
オキシトシンは「ラットやマウスの子供を舐める」「毛づくろいする」などの母性行動を促すことがわかっています。興味深いことに、熱心な母性行動によって育った子供は、成長すると母性行動の強い母になりやすいこともわかっています。
さらに、毛づくろいを熱心にする母に育てられたラットほど、大きくなってからのストレスに強くなるという実験結果もでているのです。これからのことから、母ラットによる接触は子ラットの脳内オキシトシが増やすということがわかります。
出産しただけでなく母と子が接触することで、オキシトシンは母子とも分泌させるようになり、こういった行動はアタッチメントという「愛着行動」と呼ばれます。
(参考:オキシトシン神経系を中心とした母子間の絆形成システム)
オス(男)にもオキシトシンは分泌される
ここまで読むと「オキシトシンの関わりに男は関係ない?」と思ってしまいそうですが、男性にもオキシトシンは分泌されていて、父子間の関係においても重要な役割をしています。
「子供を抱っこする・触れる・声をかける」などもオキシトシンの濃度は高くなり、父親の「やってごらん」と子供に遊びを教えるような行動もオキシトシンの分泌を促します。
成人男性にオキシトシンを投与すると、他人への信頼が増加したり、寄付行動を促したりするという結果も2005年の研究で実証されています。
(参考:オキシトシン神経系を中心とした母子間の絆形成システム・オキシトシンと発達障害)
「人と人」「人と動物」の絆をつくるオキシトシンの働き
人や動物にかぎらず、ほ乳類の親子関係に深く関わるオキシトシンは「人と人」「人と動物」の絆や信頼関係にも関わるホルモンです。「この人といるとほっとする」「ペットを撫でているだけで幸せになる」という思いは、オキシトシンの働きによるものと考えられます。
ツライことがあっても大好きな人といるとほっとする理由
オキシトシンは、人や動物など哺乳類のストレス緩和にも関わりがあります。学校や会社でツライことがあったとき、親友と一緒にいるだけで心が落ち着いたり、恋人と抱き合うだけでも気持ちが落ち着いたりするのは「オキシトシン」の分泌によるものです。
これを「社会的緩衝作用」といいます。「大丈夫?」と手を握ってもらったり、「背中を撫でてもらったりする」だけでだんだん落ち着いてくるのもオキシトシンの働きといえるでしょう。仲のよい犬同士・猫同士がなめ合っているときも、オキシトシンが分泌されているかもしれません。(参考:犬のココロをよむ 伴侶動物学からわかること)
不安や痛みをやわらげる「オピオイド」の分泌を促す
オピオイドは痛みや苦痛をやわらげる効果があり、特にがんの疼痛をやわらげる薬として知られています。生体内でも分泌されており、オキシトシンの活発化がオピオイドの放出を促すのです。
特に他者との親密な強い絆をもつことでオキシトシンの分泌が促され、さらにオピオイドの分泌も促すことになります。小さい頃、転んで泣いているときに母親がなでてくれたら不思議と痛みが消えた。この体験は気の持ちようではなく、オキシトシンが分泌されていたのでしょう。(参考:オキシトシン神経系を中心とした母子間の絆形成システム)
人と犬が見つめあう・触れ合うことでもオキシトシンが分泌される
人と犬は目を合わすことでもコミュニケーションが取れます。犬は人の視線を追ってオヤツのありかを知ることもありますし、散歩中に何かを見つけたときは、対象物と人を交互に見ながら知らせようとしてくれます。
実はよく視線を合わせる人と犬では、双方にオキシトシンの分泌が促進されていることが2015年の研究で明らかになっています。この論文はScience誌にも掲載され、話題になりました。
目を合わせることは動物の種類によっては威嚇となりますが、「人と人」「人と犬」では愛情や親しみのサインとなります。「犬と目を合わせる」「おいでと呼ぶ」「犬が駆け寄ってくる」、犬とのこういったやりとりは飼い主さんにとってもうれしく、呼ばれた犬にとってもうれしいものです。
オオカミは人と視線を合わせない
では犬に近いオオカミは人のことを見つめるでしょうか?人によく慣れたオオカミはどんなに慣れていても、人と視線を合わせることはありません。「視線とオキシトシンの関係はオオカミに見られない」という実験結果がでています。
これは視線を人と合わせるという行動が、犬にとっては人間へのアタッチメントであることが推測され、「視線を合わせて意思の疎通を図るという方法」を進化の過程で得たと考えられています。これが人と共生し、絆を作ることを可能にしたといえるでしょう。
犬には人間と同じように、白目と黒目があります。そのため視線を向けた場所がわかりやすく、どこを見ているのかが一目瞭然です。犬も人の視線を追うことができるのは、白目の中に黒目があるからと考えられます。
人間に近いと言われるチンパンジーには、白目がないので視線を追うことが困難です。逆に、見つめることで襲われてしまうかもしれません。他の動物とはなかなか得られない共感は、白目の存在の有無も関係するのかもしれません。
(参考:犬のココロをよむ 伴侶動物学からわかること)
ペットとの触れ合いでもオキシトシンが分泌される
人や犬だけでなく、他のペットとの親密な関係がオキシトシンの分泌を促すこともわかっています。たとえ視線がわからなくても、やさしく愛情をもって触れ合うことで可能になります。
例えば「疲れた・いやなことがあった」と帰ってきたとき、ペットを抱っこすることでイヤなことを忘れられることもあるのではないでしょうか。
「疲れはてて眠ろうとしたときベッドに猫が入ってきた。」それだけでも気持ちが安らぎます。「デグー・モルモット・ハムスター」などの小さなペットたちも、手の中に包むことだけで癒されます。(関連:デグー・チンチラ・モルモットの違い)
双方が気持ちいい、癒されることがポイント
ただ、触れ合うといってもペットがイヤがっているのに追いかけて撫でまわしたり、しつこくほおずりしたりするのはやめましょう。ペットのストレスになるばかりでなく、信頼を失い近づいてくれなくなる恐れもあります。
人もペットもお互いが気持ちよく、心地よくなっていることがオキシトシンの分泌には欠かせません。一方的に飼い主の都合でかわいがるだけでは、オキシトシンの効果はのぞめないでしょう。
ペットを撫でていると目をつぶって気持ちよさそうになり、うとうと寝てしまったということがあります。このとき、人にもペットにも温かい絆が生まれ、オキシトシンが分泌されると考えられています。
「気づくとペットが寄りそってくれている。」これは体温の温もりだけでなく、信頼し合っているあたたかさともいえるのではないでしょうか。