沖縄の漆器 -角萬漆器-

琉球の技巧を継ぐ漆工と暮らしを慈しむ漆工

琉球古来から受け継がれる漆器と、暮らしに寄り添う漆器のこれから。

沖縄の器といえば、「やちむん(焼き物)」を思い浮かべる人も多いでしょう。沖縄旅行のお土産に読谷村のやちむんの里を訪れる人も増える中、沖縄の器として「琉球漆器」がやちむん同様、沖縄に古くから根付き、この土地に合った器だというのをご存知でしょうか。十四世紀、琉球王朝時代に中国から漆工の技術が伝えられた後、漆の乾燥に適した高温多湿な気候の沖縄では近隣国への献上品として、また祭祀に用いる神聖な器として沖縄の漆工は繁栄しました。特に漆に顔料を混ぜて薄く伸ばし、紋様の型で抜いて器に張りつける堆錦(ついきん)という技法は琉球漆器の特徴です。D&DEPARTMENT OKINAWAでは、沖縄独特の漆工の技を創業から百二十年以上守り、そして現在に伝えている「角萬漆器」と、沖縄の木を用いて今の暮らしに寄り添った漆器づくりを行う「木漆工とけし」を迎え、企画展「沖縄の漆器-角萬漆器と木漆工とけし-」を開催しました。続く記事では、沖縄の漆器に関わる二組の取り組みに注目します。

〈木漆工とけし〉はこちら

琉球王朝時代から伝わる巧匠を今へ継承する「角萬漆器」

現在「角萬漆器」の六代目として、百二十年以上続く漆工の技を支えているのは、嘉手納豪さんと、奥様のゆかりさん。豪さんは幼い頃から、木地を挽く職人や、漆塗りの職人たちが揃う工房で、沖縄の祝い行事に用いられる「東道盆(とぅんだーぶん)」や、親族など大勢が集まる席で用いられる御重などが製作される様を見て育った。今、店頭に並んでいるのは、昔からの形や絵柄が施された器が主流。結婚式などの贈答用として漆器を求めて訪れる客が多い。六年前に家業に入ってから、琉球漆器を取り巻く現状を実感し、もっと身近な漆作品を作りたいと、ゆかりさんと共に新商品の開発を始めた。ゆかりさんが筆頭となって制作した漆のアクセサリー「Nui mun(ぬいむん)」もその一環だ。開発にあたり、「長年の積み重ねで培われた漆工の技術は守りつつ、その製品の用途やコンセプトを新しくすること」を意識したという。アクセサリーのニューライン完成後、次は普段使いのできる器の開発を……と考えていた矢先、今回十月に開催される「漆器展」出展への誘いがあった。これまでの伝統的な琉球漆器のイメージを一新するような出展をと、ナガオカケンメイプロデュースの下、min? perhonenのデザイナー皆川明氏を迎え、カップ、ボウル、プレート、御重に加え、アクセサリーの新商品開発がスタートした。コンセプトは琉球漆器の技巧を生かしつつ、今の暮らしに寄り添った上質な漆器。器のフォルムはD&DEPARTMENT OKINAWAのプロデューサー真喜志奈美がデザインを担当した。創業以来、外部のプロデュース、デザインで製作するのは初めての試み。

「外部の方と一緒に取り組む商品開発は前例のない事ですが、これまでにない攻めの姿勢で取り組んでいます」とゆかりさん。琉球漆器といえば綺麗に上塗りまで施し、つるんとした黒と朱の器というのが主流だが、今回の新商品では木目の見える拭き漆で仕上げたものも登場する。今の暮らしに馴染むよう、紋様、フォルム、強度、使用感など、お互いの知識と知恵を寄り合わせるようにして仕上げた。「これまで常識と思っていたものを一旦覆し、自由な発想で取り組めた」というが、完成までにはたくさんの試行錯誤と企業努力が伺える。革新の琉球漆器は漆器展にて初お目見え。

 

「角萬漆器」×皆川明毎日ハレの日の器

「角萬漆器」と皆川明さんが開発した伝統と暮らしの漆器についmin? perhonenの皆川明さんに話を伺いました。

||皆川さんが初めて角萬漆器さんに行かれた時の印象を教えて下さい。

皆川 お店と工房が繋がっているというのがすごくいいなと思ったのと、初めて知った堆錦という技法には沖縄独特の文化があって面白いですね。漆が取れないけれど、漆に適している気候で、何百年も文化として繋がっていることを知り、とても感銘を受けました。

||実際に紋様をデザインをされるにあたり、器を使用される方の暮らしのイメージはありましたか。

皆川 今回の対象は家族が使うものなので、家族が見ていてどこか穏やかになるような景色を描いたり、またはハレの日に合うようなものを描けたらいいなと思っていました。ですから、普段デザインしている女性のための図案というよりは、もう少し広い意味での図案を考えました。何かストーリーが欲しいとも思いましたので、複数の点が線で繋がり、それが家族の思い出を表現するようなデザインや、それぞれ形の異なる螺鈿(らでん)を散りばめたデザインは日々の出来事を連想できればいいなと。あとは、今回描いた図案が固定されたものではなく、このような考え方でこういう感じのものをやるのはどうでしょう……という新しい方法論の提案ができたらと思ったんです。つまり今までの角萬さんの図案は比較的しっかりと、いわゆる図柄として紋様になっている感じがあったので、もう少し自由度を持たせるのはどうかという提案をしたかったんです。

↑皆川さんのイメージスケッチ

||図柄に自由度が生まれることで使い方にも柔軟性が出てきそうですね。

皆川 そうですよね。御重も、もしかしたら毎日のおかずを入れる器になるかもしれないですし、高価な素晴らしい仕事が入った物を毎日使えば、みんながその良さを毎日感じられますよね。

||今回のコンセプトは、ハレの日の器でもあるけれど、これまでの重厚感がある物より少し生活に寄り添った漆器になるということですね。

皆川 多分今は昔ほど、歳事記で暮らしてなくて……。歳事記のある暮らし方はすごく素敵なんですけれど、いっそのこと、「毎日ハレの日」になったら良いなって思うんです。サラダとパンといった朝食すらお重で……という具合に。そのくらい自分の身の周りの器を愛し、好きでいる感覚に、今はやや無頓着になりすぎている気もしますね。歳事記もなくなっているし、日々にも無頓着だとやっぱり寂しいから、それなら毎日本当に楽しくなるようなものを自分の側に置いてあげたらいいなって思うんです。そうして既成概念を少しずつ変えて、今の暮らしに少し寄り添うことを、伝統を持った角萬漆器さんのような老舗が取り組むことで、文化を活性化させる一番の力になると思います。

||使い方だけでなく今回の商品開発の工程でも柔軟性を持った考え方で製作されたようですね。

皆川 これまでの角萬漆器さんの商品はきっちりと上塗りまで仕上げたものが主流でしたが、拭き漆の状態も木目の表情がとても綺麗。でもそれは漆で綺麗にフラットに塗ると言う価値観の中で隠れているから、それをもう少し引っ張りあげてみました。工程が多いか少ないかで測るのではなくて、今の暮らしに合うかどうかが重要なのかなと思うんです。日常の中で漆があるとしたら……僕らの視点で言ったら、着物がもっと日常に入ってきたらいいなというのと同じことかもしれないですね。今の生活様式に合うように使いやすい状態にしてあげるのが大切なのかなと。

||今の暮らしに合わせるとはいえ、伝統として脈々と受け継がれてきた本物の良さを伝えるのも大切ですよね?

皆川 そうですね。徐々に変わるものもあるだろうし、大きく変わらなければいけない時もあると思うんです。生活様式がかなり早く変わっていってるので、今は比較的大きく変わらなければいけないタイミングだと思います。そういう意味では長く続けている老舗の当主はその意思を持たなければいけない責任があるように思います。とはいえ、漆風のラッカーを塗ってしまうという改革ではなくて、本物の漆の良さを引き出す事が大切ですね。変にハードルを下げて普及させるのではなく、自分達が守らなければいけない本質は変えずに、本質の中に隠れている新しい価値観を見つける責任があると思います。伝統のある角萬漆器さんのような老舗が、今回のように革新的な取り組みをすることで、木漆工とけしさんのような若い作家達がもっと増えるかもしれない。そうなって漆の文化がもっと大きく波及する可能性が生まれてきたらいいですね。

||商品開発で角萬漆器さんと皆川さんが関わり合う中、角萬漆器さんの変化を感じられた部分はありますか?

皆川 どうでしょうね。なんかとてもお互いの息が合ってきた感じがありますね。歩み寄りながら、僕らは知識をいろいろ聞きながら、そして可能性を聞きながら、またはリスクを知りながら……、その上で新しい事や挑戦できる事を問いかけ直すというか。そのやりとりがあるので、外と中の関係性としてはとてもいいんじゃないかなと。もちろん開発途中で乗り越えなくてはいけない課題は生まれてくるのですが、まずは出来る可能性について注力したほうがいいですよね。問題があっても、ネガをポジに出来るんじゃないかなと。そうすることで仕上がりも俄然良い物になっていきますね。

||今回のように外部の方々が関わることで、新しい価値観が生まれる促進力になるのかもしれませんね。

皆川 そうですね。決して老舗の方々が過去に固執しているわけでもなく、日々のことを夢中にやっているから気付いていない価値観があるだけで、今回のように外からコンタクトをすることで新しく生まれてくる価値観と今の暮らしに合った形があると思います。今回はその役割をD&DEPARTMENTが担っているということにも、すごく意味があると思います。仕事と場が合っているというのはとても大切で、D&DEPARTMENTのように、受け継がれてきた伝統と革新を伝える場所と売る場所があることに意味があるのではと思っています。

 

 

【Profile】

嘉手納 豪
角萬漆器/制作

角萬漆器六代目 武蔵大学経済学部経済学科卒後、2010年に家業の角萬漆器へ。同年、沖縄県工芸技術支援センターにて漆工研修を終了。2012年 第65回沖展 入選、2014年 沖縄県工芸士の盾を制作。同年、角萬漆器の新たなブランド「Nui Mun」を立ち上げる。

嘉手納 ゆかり
角萬漆器/制作

第66回沖展 入選。2014年沖縄県立芸術大学美術工芸学部工芸専攻漆芸分野非常勤。第67回沖展 入選。「Nui Mun」の企画・制作を担当。

 

皆川 明
1967年東京生まれ。1995年に自身のファッションブランド「min?(2003年よりmin? perhonen)」を設立。オリジナルデザインの生地による服作りを進め、国内外の生地産地と連携して素材や技術の開発に注力する。デンマークKvadrat社、英LIBERTY社、スウェーデンKLIPPANをはじめとするテキスタイルメーカーにもデザインを提供するほか、青森県立美術館、東京スカイツリー?のユニフォームデザインも手掛ける。また、衣服にとどまらずテーブルウエアや家具など、暮らしに寄り添うデザインへも活動を広げる。2006年「毎日ファッション大賞」、2016年「2015毎日デザイン賞」、「平成28年度(第66回)芸術選奨美術部門文部科学大臣新人賞」を受賞。