RESULT2024年5月号 Vol. 35 No. 2(通巻402号)

最新の研究成果 CONTRAILへとつながる国内外の旅客機観測の歴史

  • 梅澤拓(地球システム領域 物質循環観測研究室 主任研究員)

CONTRAILは、日本航空の旅客機を利用した温室効果ガスの観測プロジェクトであり、これまでの地球環境研究センターニュースでもいくつもの研究成果が紹介されてきました(*1) 。CONTRAILのような旅客機観測は世界でも珍しく、国内外の様々な地域の上空で観測データが取得できることや、長期的に観測の運用が続いていることなどから、温室効果ガスの研究に大きな貢献をしています。

このように特徴的な旅客機観測が、どのように生まれてきたかをご存知でしょうか。今回の解説論文では、大気科学の国内外の研究の中で、旅客機を利用した大気微量成分観測がどのように生まれ、どのような苦労を乗り越えて発展してきたかを紹介しています。

大気微量成分の観測に旅客機が初めて利用されたのは、1960年代のことです。ストックホルム大学がスカンジナビア航空の旅客機において、客室にある空調システムの吹き出し口から空気を採取し、実験室に持ち帰ってCO2濃度を分析しました。これは現在、CONTRAILでも行っている手動での大気採取の観測とほぼ同じ手法です。

その後、成層圏を飛行する超音速旅客機の開発が進む中、1970年代には上空における旅客機の排気が大気組成にどのような影響を与えるかに関心が集まり、ドイツや米国においてオゾンや一酸化炭素の観測が行われました。一方でオーストラリアでは、旅客機での空気試料採取によるCO2濃度の観測が開始され、2000年まで30年近くにわたって継続されました。

このような中、国内でもCO2濃度の観測が開始されるにあたり、観測のプラットフォームとして旅客機が選ばれます。東北大学が東亜国内航空(後に日本エアシステムを経て日本航空に合併)の仙台―福岡及び仙台―函館路線での観測を開始したのが1979年のことです。この観測は今も引き継がれています。

さらに、1980年代には全日空での仙台―那覇路線や日本航空の国際線(アンカレッジ路線とシドニー路線)での観測も実施され、日本や周辺地域上空の大気微量成分の変動の研究成果を報告するとともに、航空会社と対話を繰り返すなかで、CONTRAILの前身となる「JALプロジェクト」の機運も醸成されてきたのは間違いのないことでしょう。

「JALプロジェクト」は、1993年にスタートし、気象庁気象研究所が自動大気採取装置で採取して持ち帰った空気試料の分析やデータ解析を担いました。この頃、ヨーロッパにおいても自動測定装置を旅客機に搭載するプロジェクトが始動しました。このうち、フランスのMOZAICとドイツのCARIBICプロジェクトは、発展的に装置開発や更新を継続し、現在では欧州のIAGOSプロジェクトとして観測研究を継続しています。そして、「JALプロジェクト」は、観測に使用していた「ジャンボ」747型機が退役を迎えるのを機に、国立環境研究所や株式会社ジャムコも参画するCONTRAILプロジェクトへと発展し、2005年から観測が継続されています。

今回の論文では、これらの内容や背景をより詳しく記述しました。国内外のいずれの大気観測プロジェクトにおいても、実現や運用に際しての継続的な努力が観測を支えており、多くの航空会社や現場担当者、研究者に敬意を表します。

写真1(左)東北大学による旅客機上での手動ポンプを用いた試料空気採取の様子。(右)ドイツの観測プロジェクトCARIBICで使用されている自動計測機器を専属技術者が点検している様子。
写真1(左)東北大学による旅客機上での手動ポンプを用いた試料空気採取の様子。(右)ドイツの観測プロジェクトCARIBICで使用されている自動計測機器を専属技術者が点検している様子。