「酔って大きい方を漏らしてしまう人が家の中にいるとします。他にも、裸になったり、ものを壊したり。一緒に暮らす人からすれば、それは“酒の上での失敗”では済みません。一種の暴力なんです」
そう話すのは、漫画家の菊池真理子さん。秋田書店運営のコミックサイト『チャンピオンクロス』で“実録家族崩壊エッセイ”と題された『酔うと化け物になる父がつらい』を連載している。
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2日に1回は泥酔して帰宅する父。車を燃やしたり、風呂で溺れかけたり、娘である菊池さんに暴力を振るったりしたこともある。母は新興宗教に救いを求め、その後、自殺。それでも父の仲間は「みんなこれくらい飲んでいる」「あなたも大人になればわかる」という——。
父はアルコール依存症だったのだろうか/少なくとも当時の私にその認識はゼロだった/だから突然父が化け物みたいになっても戦い方がわからない/言葉も/心も通じない/どんな武器でもビクともしない化け物が/勉強してると/ご飯食べてると/お風呂はいってると/寝てると/いきなり現れても
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アルコール依存の人の「身内」(以下、当事者)を取り巻く事情を赤裸々に描いたこの作品。記事公開後、アクセスが集中してサーバーが落ちた。Twitterなどのソーシャルメディアで大きな反響があっただけでなく、感想フォームから多数の“当事者の声”が寄せられたという。
“酔って大きい方を漏らしてしまう人”のエピソードも、当事者の声のひとつだ。この連載のきっかけになった、アルコール外来を取材したエッセイ漫画の中で紹介されている。
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当事者はどんなことに苦しんでいるのか。周囲はどう関わればいいのか。BuzzFeed Newsは菊池さんに話を聞いた。
「この漫画を描く前は、自分に何が起こっているか、よくわかっていなかったんです。アルコール外来の取材のときに、そのときにはもう父は亡くなっているのですが、ひょっとしてうちのお父さんはアルコール依存症だったんじゃないかって、ようやくわかったというか」
菊池さんの父親は約2年前に亡くなった。それまでのおよそ40年間、菊池さんは父親と暮らし、「化け物」になっても支え続けてきたという。
同時に、菊池さんは日々の生活で生きづらさを感じてきた。例えば「子どもがほしい」という友人に、自分が歪んでいることを自覚しながらも「でも、自分に似たもの作るなんてナルシストなの? こんな不幸な世界に生み落すなんて無責任。可愛がれる保証もないのに。自己中。考えなし」と思ってしまう。
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漫画を描くことによって、客観的に見ることができるようになった、と菊池さん。今は、自分の生きづらさは、父親のアルコール依存に関係があると思っている。以前は、家庭が崩壊してしまったことすら、お酒とは結びつかなかったそうだ。当時は「つらいかどうかもよくわかっていなかった」(菊池さん)。
「当事者は、親のせいにしていい問題でも、誰のせいにしていいかわからず、自分のせいにしてしまうことがあるんです。私の場合、父がお酒を飲んで問題を起こしている。これは明らかに父が悪いのに、そう思えない。だって、生まれたときからずっとそうだったから」
最初は「親と縁を切ったら後悔するから止めなよ」という漫画を描こうとしていた。そうしなかったのは、周囲のサポートがあったから。
父親の死によって、菊池さんの中で「区切りはついた」。父親が生きていれば、この作品はまだ描けなかった、と振り返る。
「本来は大ゴマで描くべきところを、小さなコマで描いてしまうんです。例えば、母がお経を読むところや、母が裸で布団に潜り込んでくるところ。私にとっては日常で、変だと思っていなかったから」
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後者のシーンでは、当初、たばこを吸うシーンの方がコマが大きかった。子ども時代の菊池さんにとって「母がたばこを吸う」ことの方がショックだったためだ。ここからも、当事者の中で異常かどうかの線引きが難しいことが伺える。
「今でもいろんなことがズレていて、普通の会話の中で私だけがびっくりしていることもある」。菊池さんを支えるのが、別のペンネームで活動していた時代から長くタッグを組み、プライベートでも親しい編集者(Sさん)の存在だ。
「コマの大きさについても、指摘したのはSでした。そうやって一個一個、小さいところから整理して、ようやく形になっています。父が亡くなったあと、やっぱり自分を責めてしまって、“父と縁を切ったら後悔するから止めなよ”という漫画を描こうとしたこともありました。そしたらSに『何言ってんの?』と言われて(笑)」
このような経験を振り返り「やはり、誰かの助けなしに“アルコール依存の身内を持ったこと”を乗り越えることはできないかもしれません」という。
「私はカウンセリングや医師の診察を受けたことがありません。それは、自分が変だと思っていなかったからです。他の当事者の人も、もしかしたらそうかもしれない。だから、周囲の人たちには、おかしいことはおかしいと言ってほしいですね。それが気づきになるので」
ただし、「親と子どもの結びつきは強い」ため、1回や2回の指摘ではそれに勝てないのでは、と菊池さん。対抗するためには、その機会を増やすしかない。今はTwitterなどがあるため、その一助になるのではないか、と思っている。
なぜ、菊池さんの父は、アルコール依存を抜け出せなかったのだろうか。菊池さんは、本人にも、その仲間にも、問題があったと指摘する。
菊池さんの父親は、泥酔することはあっても、会社には出社していた。そこで、会社にも行かなくなるようであれば、菊池さんや周囲も依存症に気づけたかもしれない。しかし、最低限の社会性があったことで、かえって身内である菊池さんや母親は孤立してしまった。
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「記憶の中の父は、休日に仲間と集まり、お酒を飲んで麻雀をしていました。逆に言えば、それだけ仲間からの人気はあったということです。一方の自分は友だちも少ないし、仕事も上手くいかない。そうすると、父の方が正しいような気がしてしまうんです」
父の仲間から発せられた「飲まないヤツにはわからないよ」という言葉。このような無理解が当事者を苦しめる。菊池さんはやがて「飲むな、なんて言う自分の心が狭いんじゃないか」と思うようになった。
「“酔って大きい方を漏らしてしまう人”の取材をしたときに感じたのは、彼はすごくいい人で、周囲からも好かれていること。となると、その奥さんがどれだけ迷惑を被っていたとしても、周囲は彼の味方をするでしょう。奥さんが死にたくなるくらいイヤな思いをしていたとしても、誰もそれに気づけない」
「殴られた」「蹴られた」のようなわかりやすい被害ではないため、周囲から理解されにくい。菊池さんはこのようなストレスを、「何も悪いことをしていないのに、突然、ランダムで天罰が下されるようなもの」と表現する。「外と内で見せている顔が違うという意味でも、DVと言えると思います」とも。
「私は漫画に描けるからいい。でも、あの奥さんは? あのエピソードには後日談があって、彼はやっぱりお酒を止めないんです。奥さんはどうやって助けを求めればいいのか。別れればいいのか。それだって、情がありますよね。苦しむのは身内の方なんです」
「そうは言っても、飲む人にも理由があるのでは」「親(身内)を捨てるなんてひどい」という意見もある。しかし、それらは当事者を救わない。
菊池さんはこのような意見に理解を示しつつも、あえて「別問題」と言い切る。
「それはそれとして解決してもらって。何の罪もないのに巻き込まれている人のことは、別にしっかり救い出さなければいけない」
タイトルの「(父が)つらい」は、菊池さん自身では思い浮かばなかった。何度もタイトル案を考える中で、担当編集者のSさんに「“つらい”がいいんじゃない?」と提案され、それを聞いて「ああ、私はつらかったんだな」とあらためて感じることができたという。
「自分が悪くないことを『悪くない』と思えるようになって、生きやすくなった」と菊池さん。当事者にとっては「気づく」ことが第一歩になるという。そのために必要なのは、周囲の正確な理解と、アルコール依存への毅然とした対応だ。
実録アルコール依存エッセイ「酔うと化け物になる父がつらい」最新4話公開。相変わらず泥酔しては化け物になる父。そして、もうひとりの化け物との出会い…。 https://t.co/U2HFjPnV7L
治療が必要なアルコール依存症の患者数は、厚労省のある推計によれば、約100万人以上にもなるという。その対策が必要であることはもちろんだが、その患者の周囲には、同じだけ、もしかするとその何倍もの「身内」がいる。
だから、菊池さんはこの作品を描いている。何が異常で、何が異常でないか、当事者にとって曖昧な認識に、ひとつの基準を示すため。
「自分では異常と思っていないことでも、他人のエピソードとして読むとすごくつらいんです。『何でこの人は、普通に生まれてきただけなのに、こんな目に遭っているんだろう』『意味がわからない』って。だから、漫画の力を借りて、今苦しんでいる当事者の人たちに、あなたのせいじゃない、と伝えてあげたい」