■特集:大学新時代
2014年に開学したアメリカのミネルバ大学は、世界の都市を巡りながら学ぶユニークな教育方法をとっており、「キャンパスを持たない大学」として知られています。梅澤凌我さん(23)は同大に日本の公立高校から進学し卒業しました。梅澤さんが日本の高校生に伝えたい、大学選びで大切なこととは?(写真=ドイツのブランデンブルク門の前でオンライン授業を受ける梅澤さん)
2014年創立の4年制総合大学。本部はアメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコ。物理的なキャンパスを持たず、20人程度のクラス単位による寮生活で世界7都市(サンフランシスコ、ソウル、インド・ハイデラバード、ベルリン、ブエノスアイレス、ロンドン、台北)を移動しながら学ぶのが特徴で、企業、NPO、行政、研究機関などと協働したプロジェクト学習やインターンシップ、オンライン講義などを通じて、未知の分野でも活躍できる実践的な人材を育成しています。600人を超える学生の8割以上を占めるのは、世界の約100カ国からの留学生です。その多様性やユニークな学びのスタイルから注目を集め、合格率はわずか3%という狭き門に。「ハーバード大学よりも入るのが難しい」と言われています。25年からは8カ所目の拠点として日本が加わることも話題になっています。
「講義が大嫌い」
――梅澤さんが学んだミネルバ大学はどんな大学ですか。
ミネルバ大学は、WURI(The World University Rankings for Innovation)の「最も革新的な大学ランキング」で3年連続1位になりました。世界7都市を回りながらオンラインで授業を行うのが特徴で、これらがよく注目される点だと思います。しかし、こうしたこと以上に大学が重視しているのは、自分たちがどんな人物を育てたいのかということです。こだわっているのは、予測できない社会のための実践的な知恵を持つ、真のリーダーを育成すること。ミネルバ大学の存在意義は、このミッションにこそあると思います。
――そうしたミッションやビジョンが、梅澤さんの大学選びの決め手になったのですね。ほかにも魅力に感じた点はありますか。
僕には、既存の大学は絶対に合わないだろうと思う3つの理由がありました。1つ目は講義が大嫌いであること。人の話を聞き続けられなくて、高校の授業も8割方、寝ていました。同じアメリカではハーバード大学の「白熱教室」も有名ですが、どれだけ白熱していても、僕はきっと寝ちゃうなと(笑)。だから100%アクティブラーニングで、自分でアクションを起こしながら学べるミネルバ大学はとてもいいと思いました。
2つ目は、大学で得たいものが「何かの専門性」ではなく、「面白いことを思いついたときに実行できる実践力」だったこと。それがそもそも大学で身に付くものなのかという葛藤もありましたが、その点でもミネルバ大学は僕の志向に合っていました。
そして3つ目は、飽き性であること。4年間同じ場所に留まるよりも、世界を転々としながら学べるほうが絶対にいい。付け加えるなら、最先端の教育自体に興味があったことも挙げられます。
――キャンパスがなく世界を旅するスタイルで実際に学んでみて、どう感じましたか。
世界を見られたことはとてもよかったし、毎日新しい発見がありました。だれもがマイノリティーである状況で、苦労もありましたが、それも楽しかったですね。
授業は1日2コマで週4日
――特に印象に残っている授業など、大学の学びについて詳しく教えてください。
衝撃的だったのは、1年全員が受ける「システム思考複雑系」という授業です。例えば戦争について考えるなら、戦争が起きる理由を社会の動きからひもといたり、人々がなぜ群れようとするのかを考えたりします。この授業を通じて、社会をシステムとしてとらえる思考法が身に付きました。
また、地域のパートナーと協働する授業では、企業と一緒にオンライン学習の空間設計のために調査をしたり、ロンドンでは地産地消のデリバリーサービスのブランドビデオを制作したりしました。オンラインの授業は1日2コマ・週4日なので、それ以外の時間の使い方は個人の裁量に任されています。僕はYouTubeなどでインフルエンサーとして活動していました。
――ミネルバ大学にはキャンパスがありませんが、そのことについてはどのように感じましたか。
キャンパスがあったほうがいいと思うこともありました。まずはコミュニティー形成のしやすさの面です。ミネルバ大は全寮制なので自然と友達はできますが、学年ごとに都市を移動するので縦のつながりは生まれにくい。キャンパスがあったほうが、学年を超えたつながりは生まれやすいかもしれません。また、いろんな学問に取り組む人たちの出会いの場としては、やはりオフラインの研究機関などにも強みがあると思います。
人が集まるための場所や新たな知の交流拠点として、僕はキャンパス自体はあってもいいと思っています。キャンパスに集まる人を見れば、そこがどんな大学かもわかります。志望校のことを知るためには、目指す大学の人と一度は話してみるといいと思います。
――現在は、その「目指す大学の人と話す」機会を作ることに注力しているのですか。
「グローバルな進路選択の民主化」を掲げて、「52Hz(ヘルツ)」という大学生と中高生のコミュニティーを運営しています。ここには海外進学を目指す全国の中高生と、メンターとなる現役の海外大学生が合わせて400人以上参加しています。情報交換しながら励まし合える、放課後のサードプレイスのような場になっています。
日本で海外大学に進学するのは、東京や大阪といった大都市圏に住んでいる人か、帰国生などのアドバンテージがある人ばかりです。興味はあっても具体的にどうすればいいかわからない人がほとんどで、彼らの一番の痛みは、分かち合う人がいない孤独感です。彼らへの支援は日常的に行うことが重要ですが、地域格差も非常に大きく、京都出身の僕も孤独でした。
僕は子どもの頃から、機会や体験に格差があるのが嫌で、それを埋める方法が知りたいと思っていました。人はどんなときに変われるのか、人生を好転させる機会や偶然の出会いは、どうしたら増やすことができるのか。こうした課題を感じていたことと、ミネルバ大学で得たものが、いまの活動に生きていると思います。
――ミネルバ大学で得たのは、具体的にどんなものですか。
「まずは自分なりにやってみる」というマインドセットの人に囲まれていたことは大きかったですね。いろんな生き方があって、高給取りになったり大きな成功を収めたりすることがすべてではないと感じました。また、大学時代にYouTuberをやっていたおかげもあって、人のネットワークを得ることもできました。どちらも高校時代には持ち得なかったものです。
日本は同じような道を選ぶ人が多く、とくに若いときにそのしがらみから抜け出すのは難しい。でも、進路はもっと自由に考えたらいい。多様な「越境」ができるように、支援を進めていけたらと考えています。
――進路を検討中の高校生にメッセージはありますか。
伝えたいことは2つ。まずは「自分の納得できる道を選んで」ということです。ほかの人のことも、偏差値のことも気にしなくていいし、「楽したい」という動機で進学しても、大学に行かなくたっていいと思う。たとえ後悔するとしても、自分で選べばそれでいいと思います。
もうひとつ、他者の言葉を借りて伝えたいのが、孫泰蔵さんが著書で語っていた「親の言うことだけは絶対に聞くな」ということです。子を思っての言葉であっても、それをうのみにすると「親のせいで望む道に行けなかった」と悔やむし、そんな子どもの姿に親も後悔します。だれも得しないんです。僕はひとつだけ親の言うことを聞きました。それは「自分のやりたいことをやれ」というもの。親の言うことの「いい聞き方」をしたな、と思っています。
(文=鈴木絢子、写真=本人提供)
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