■理系女子の未来
食品業界は学生の就職希望先として人気が高く、特に女子の人気を集めています。身近な食品や飲料の開発に携わる仕事とは、どのようなものでしょうか。京都大学農学部から、サントリーに入社して商品開発をしている女性に、その仕事にたどり着いた経緯や面白さなどを聞きました。(写真=本人提供)
「植物が好き」で理系へ
渡邉美佳子さんは、小学生の頃から庭にチューリップを植えるなど、植物を育てるのが好きでした。その関心はずっと続き、いつしか「植物の研究がしたい」と思うようになりました。父親が農学部の大学教授であったことも影響を受けたといいます。
「中学生の頃、父の大学の研究室に連れていってもらい、植物の培養を見せてもらいました。ちょうど学園祭が開かれていて、農学部の雰囲気も楽しそうだなと感じたことを覚えています」
奈良県でトップの進学校、県立奈良高校へ進学すると、周囲には京都大学や大阪大学などを志望する友人が多く、「みんなで勉強しよう」という校風からも影響を受けました。友人の多くが理系を志望していたこともあり、渡邉さんも自然と理系を選択し、京都大学農学部を目指しました。
「実は数学や物理よりも国語が得意で、文系を選ぶことを考えたこともありました。でも、自分が興味のある植物の研究ができる農学部で学びたいという気持ちに正直になろう、と思いました」
物理が苦手だったため、大学受験の理科は生物と化学を選択。京都大学農学部資源生物科学科に合格し、入学しました。3年次まで農学を幅広く勉強した後、4年次から大学院修士課程までの3年間はバラ科の果物を扱う果樹園芸学研究室で、サクランボの生産性を高める研究をしました。
「サクランボの花粉に含まれる遺伝子を探るために、大学の農場で育てたサクランボの花を大量に集め、そこから花粉を一つずつ取り出す作業を日々続けました。DNAを取り出すには膨大な量の花粉が必要で、地道な作業が欠かせません。最先端の遺伝子解析を行っていたものの、その前段階の作業は非常に地味で、コツコツと積み重ねていく忍耐力がつきました」
就職活動では、大学で学んだ遺伝子解析を生かせる仕事がいいと思って、いろいろと探しました。サントリーに入社を決めたのは、同社が世界初の青いバラを開発したことを知ったからです。「植物の品種改良に力を入れている点に惹かれて入社しましたが、全然そういう仕事はしていません」と笑いますが、大学で学んだ果物に関する知識や、論理的に考えて物事を積み上げていく研究プロセスは、今の仕事に役立っています。
ロングセラー商品の「伸びしろ」を探せ
2024年4月、サントリーはロングセラー商品「GREEN DA・KA・RA」をリニューアルしました。その商品開発を担当したチームの一人が、渡邉さんです。渡邉さんは2015年に入社後、酒類の商品設計に携わり、現在は「天然水スパークリング レモン」「GREEN DA・KA・RA」などの飲料を担当しています。
「GREEN DA・KA・RA」は、発売から10年以上が経過した、多くのファンがいるロングセラー商品です。どのようなユーザーが購入しているのかなどを分析し、その結果をもとに、商品のリニューアルについて検討してきました。
「たとえば『新しい原料を加えたらどうか』『現在使用している原料の配合バランスを変えれば、お客様にどう感じてもらえるか』といったアイデアを出し、それを配合表としてまとめます。それをもとに、ラボで試作を行い、何度も調整を重ねて最適な配合に落とし込んでいきます。消費者調査を実施し、どのように受け取られるかを確認しながら、仕上げていきました」
室温45度の部屋で試飲
サントリーは、「徹底的なお客様の理解」を大切にしています。これは、どのようなシーンで商品が飲まれるのか、そのときに求められる価値は何かを深く考える手法で、風味や機能など商品の要素を細かく分析して設計するアプローチです。
「GREEN DA・KA・RAのように、すでに多くのファンがいる商品は、好評の果実や食塩など7種の自然素材でつくったすっきり飲みやすい味わいは残しつつ、飲み心地やテクスチャー(質感)などのわずかな改良を積み重ねる必要があります。私も消費者の一人として実際に飲むシーンを意識するために、施設の中にある45度の部屋で汗をかきながら何度も試飲しました。汗をかいたときに飲んだ感じなど、データだけではわからないことを体感するためです」
その結果、リニューアルした商品では、果実オイルを使った白濁設計を調整し、発汗時における「飲み心地の良さ」や「補給感」をより強化する工夫を加え、好評を得ました。
「自分が関わったものが商品化され、世の中に出ていくことに大きなやりがいを感じます。自分たちが考えた商品が店頭に並び、それを手に取ったお客様においしいと感じていただけることがこの仕事の一番の喜びだと感じています」
一方で、いくら自分たちが「おいしい」と感じた商品でも、必ずしも市場で成功するとは限りません。過去には、自信を持って開発し、周りからも評価されたチューハイが思ったほど売れず、販売中止になったこともありました。
「味は、正解がはっきりしないものです。また、単においしいだけでは不十分で、お客様の飲用シーンやニーズを深く理解して、それを商品の価値に反映させることが大切だと学びました。失敗の原因を見極める難しさを痛感しますが、それもやりがいになっているかもしれません」
京都大学農学部は、実は半分が女子
渡邉さんは、「京都大学農学部は約100人のうち半分が女子で、研究室も男女がほぼ半々でした」と振り返ります。就職後も、部署には一定数の女性がいるため、自分が「理系女子」という感覚はあまりなく、特別な苦労を感じたことはなかったといいます。男性ばかりの研究生活で、女性は苦労するのではないかと心配する必要はないと、後輩の女子学生たちに伝えたいと思っています。
「商品開発は、繊細さや細やかさが求められる場面が多い分野です。私自身、開発の仕事はとても楽しくて、これからも長く続けていきたいです。もっといいアイデアを出して、商品を作っていきたいと思っています」
大学受験を控える高校生に対しては、「進路を選ぶ際に『理系は女子が少ない』という先入観にとらわれず、興味のあることに従って、好きな分野を自由に選んでほしい」とメッセージを送ります。
食品業界で活躍できる力を養うための充実したカリキュラムを持つ大学は、多くあります。東京農業大学応用生物科学部食品安全健康学科では、食品の安全や機能を科学的に理解し、説明できる人材になるために、リスクマネジメントや商品開発、食品衛生管理に加え、グローバルな視点での問題解決能力を学べます。東京農工大学農学部応用生物科学科では、食品の機能性や安全性、バイオテクノロジーに関する研究が行われています。また、中部大学応用生物学部食品栄養科学科食品栄養科学専攻では、バイオサイエンスを基盤に食品化学と栄養科学を学び、食と栄養の未来を創造するエキスパートを育成します。これらの大学での学びが、食品業界で活躍するための一歩につながるかもしれません。
(文=黒澤真紀)
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