■現役大学生による 学部・学科紹介
伝統的な学問の一つである日本文学を学ぶ学部で、学生自身が創作することに力を入れる大学が増えています。SNSなどを通して、自分の思いを書くことや表現することに興味を持つ学生が増えているからでしょうか。就職を重視して学部を選ぶ傾向が強まる中で、就職には直結しないと言われることが多い日本文学を選んだ学生は、どんな目的で選び、どのような力をつけているのでしょうか。(写真=左から武蔵野大学大学院文学研究科修士課程1年の森貞茜さん、同じく保理江悠人さん、文学部長の土屋忍教授)
現代演劇や国際比較など幅が広がる
日本文学を学ぶ学科は近年、演劇や書道などの文化を取り入れたり、国際的な観点から比較したり、学ぶ範囲が広がっています。その影響もあって文学部の日本文学科などから名称を変更するケースが増えています。武蔵野大学は、2011年に従来の文学部日本語・日本文学科から現在の文学部日本文学文化学科に改組しました。新しい学科では、俳句・短歌から、歌舞伎・現代演劇なども含めた、幅広い日本文化を学ぶことができます。専修大学、東洋大学も同様に文学部に日本文学文化学科という学科名を称し、国際社会における日本文学文化といった点を強調しています。東洋大学では、日本語学や日本文学のほかに、比較文学文化分野を設置し、国際社会における日本文学文化の意義や可能性を学びます。
もう一つの傾向として、小説などの実作の授業を取り入れている大学が増えています。清泉女子大学の文学部日本語日本文学科では、小説、短歌、俳句を創作する授業があります。25年度から文学部は総合文化学部と新しく生まれ変わり、日本文化領域として、表現や創作を学ぶ授業の幅が広がります。
文学研究と実作を学部や学科、専修で分けている大学もあります。早稲田大学文学部日本語日本文学コースでは、日本語や日本文学全般についての研究が中心ですが、文化構想学部では小説や詩の創作ができる演習があります。立教大学の文学部文学科は、研究がメインの日本文学専修と創作や批評の実践などを学ぶ文芸・思想専修に分かれています。
日本文学を学べる学科は歴史がありますが、その内容は大きく変化しているのです。
そのようななかでも、文学部の設置当初から研究と創作の双方に力を入れてきた実績があるのが武蔵野大学です。同大学は24年に創立100周年を迎え、その中で最も歴史がある文学部は土岐善麿、秋山駿、黒井千次、阿刀田高、三田誠広など多くの作家や評論家が教壇に立ってきました。23年度からは芥川賞作家の町田康さんが特任教授を務めています。
自分の言葉で創作を
創作するジャンルは、小説だけではなく俳句、短歌、現代詩、絵本、映像など多岐にわたり、そこに魅力を感じて入学する学生が多いようです。大学院文学研究科修士課程1年の森貞茜(もりさだ・あかね)さんもその一人。テレビ番組「プレバト!!」で俳句の人気を高めた夏井いつきなど多くの俳人を輩出した愛媛県の出身です。
「愛媛県は多くの高校に俳句部があります。私も俳句部で地域の吟行会(外に出かけて俳句をつくる会)に参加したり、俳句甲子園に出場したりしてきました。高校は進学校で勉強についていくのが大変で、大学はどうしようかと思っていたときに『私には俳句がある』と気づいて、俳句を学べる大学を調べました」

同研究科修士課程1年の保理江悠人(ほりえ・はると)さんも、小説の実作ができる大学が志望でした。
「高校生のころから、小説の創作に興味がありました。僕も高校生のときには、受験勉強がまったく楽しめませんでした。でも武蔵野大学に入ってから短歌や俳句の面白さにも気づいて、大学の学びはこんなに自由な世界なんだと思いました。高校生のときは創作について語るのが恥ずかしかったのですが、大学では自然に話せて、自分が解放されたような感覚でした」

日本文学文化学科では、1年次に文学作品や作家、古典芸能から書道など幅広い教養を身につけ、2年次からは深く追究したい研究や創作のジャンルを選択していきます。
2年次に選択した創作の授業の中で、保理江さんが特に印象に残っているのが、歌人の林あまりさんが講師を務めている短歌を創作する授業でした。
「短歌は自分の内面を表現することが一般的なので、個別指導が基本で、林先生と面談する時間もありました。一対一で素直に自分の考えていることを話せたのもうれしかったですし、『いい作品を書いているから賞に応募したほうがいい』と言ってもらえました。いま思えばお世辞のようなものだったかもしれませんが、積極的に創作をして賞に応募するきっかけになりました」
森貞さんは、創作の授業で俳句をより好きになれました。
「高校生のときは詠んだ句を添削してもらう受動的な教わり方でしたし、作品に対する鑑賞も見よう見まねでした。でも大学の授業では、その作品のどんなところがいいのかを説明するための論理的な学修と、自分の言葉での創作を、相互還元的に行います。さらに鑑賞や創作に対しても、納得できる形でフィードバックしてもらえるので、俳句をより自分のものとしてつかめるようになりました」
好きなことで成績トップに
森貞さんは現代文学、保理江さんは近代の作家とその背景をテーマに研究してきました。

森貞さんは23年度に文学部を首席で卒業し、保理江さんは早期卒業しました。早期卒業とは、必要な単位を取得し、成績が優秀であれば3年間で学部を卒業できる制度です。高校時代の受験勉強が好きではなかったという2人が、大学では優秀な成績を収められたのはなぜでしょうか。「関心があることに取り組んでいたら、自然と成績がついてきた」と2人は口をそろえます。
「大学4年間は、一度失った学習意欲を取り戻せた時間でした。自分で考える、新しいことを知るという環境で学べて、それを踏まえて創作できたことが大きかったです。本当は『源氏物語』などの古典は苦手なのですが、現代の作品とも確実につながっているので、そう考えると苦手な分野でもやる気が出てきました」(森貞さん)
目指すはお笑い芸人

2人は研究を続けるために大学院へ進学。森貞さんはすでに次の目標に向かって歩き出しています。
「お笑い芸人になります。そのために、芸能事務所の養成所に入りました。大学院では、文学と笑いについて真剣に考えるようになりました。大学で学んだ『言葉』を武器にお笑いライブに出たり、キングオブコント(日本一のコント師を決める大会)に出場したりすることを目標にしています。そして10年後には芥川賞をとりたいです」
保理江さんは将来の道を決めかねているようです。
「研究を続けるのか、就職活動をするのか、創作に打ち込むのか、それ以外の道を選ぶのか。まだよくわからないという状態をもう少し楽しみたいと思っています。僕はこれまでずっと本やアニメ、映画や絵画など芸術作品と向き合う時間が一番楽しかったので、これから先もそこに人生の価値を置いていきたいです」
土屋忍・文学部長は、「就活を始めるタイミング、就職をする時期、みんなが同じレールに乗って同じように進まなくていい。就職先に対する安心・安全の指標が崩壊しつつある今、言葉を身につけ自分を持っている学生にはチャンスです」と話します。

「日本文学文化学科は、言葉と格闘して、言葉を形にしてコミュニケーションをとることを楽しむ学科です。文学が好きであれば、好きなことだけを学ぶのですから、成績は勝手についてきます。就活にしても、自分で目標を決めてやるべきことをやれば結果がついてくるようです。例年1割程度の学生が教職課程を履修しますが、今春の卒業生は25人の受験者全員が中学校や高等学校の国語教員としての道を歩み出しました」
また土屋学部長は日本文学科などの変化について、次のように話します。
「かつての国文科、日本文学科で学べたのは『国文学』という狭い世界で、教員が教えたいことを教えていたので、学生はつまらなく感じることもあったと思います。しかし今は、各分野の教員さえ揃っていれば、多様な学びが可能です。多様な選択肢の中から学生自らが学びたいことを選び、掘り下げていけます。楽しいと感じれば、学生たちはいきいきと学びます」
(文=中寺暁子、写真=朝日新聞「Thinkキャンパス」編集部)

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