■名物教授訪問@信州大学
地球上には多種多様な生き物たちが生息していますが、それらの進化の過程や生きざまは、まだわかっていないことがたくさんあります。信州大学理学部理学科生物学コースの東城(とうじょう)幸治教授は、ゲノム解析など最先端の技術を活用し、生き物の不思議を解き明かす研究をしています。(写真=朝日新聞Thinkキャンパス編集部)
進化の道筋をたどる「進化生物学」
現在、地球上に存在する生物は、名前がついているものだけでも約200万種。未知のものも含めると、その10倍以上と考えられています。それらの多種多様な生物は、1つの共通生物から種が分かれ、進化してきました。「進化生物学」は、進化の道筋をたどり、種の起源や繁栄、生物の多様性などを明らかにしていく学問です。
最大の手がかりともいえるのが、それぞれの生物が先祖代々受け継いでいるDNA(遺伝物質)です。東城教授はこう話します。
「遺伝子解析の技術は目覚ましく進歩しています。生物のDNAを解析することで進化のプロセスだけでなく、その生物がどのような環境でどう生活しているかといったことまで見えてきます。『こんな世界があったのか』という感動があり、それがこの研究の面白さです」
![DNAの分析をする器具に囲まれた信州大学の研究室(写真=朝日新聞Thinkキャンパス編集部)](https://think-campus-s3.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/wp-content/uploads/2023/11/06225614/1130_pro02.jpg)
素朴な疑問が大発見につながる
2021年11月、東城教授たちの研究グループは、「厳冬期の上高地で、ニホンザルが川の魚を食べて越冬していることを確認した」という研究成果を発表し、国内外のサルの研究者たちを驚かせました。もともとサルの仲間は暖かい地方に生息する動物で、一般的に水が苦手とされており、川の魚を食べているという報告は、世界で初めてでした。
この研究が始まったのは17年冬。東城教授たちは当時取り組んでいた水生昆虫の調査のため、長野県の上高地に入山しました。現地でニホンザルの姿を目にしたイギリスの研究者から「雪山にサルがいること自体が驚きだが、厳冬期に何を食べて生きているのか」と質問されました。
「私が『川虫を食べている』と答えると、彼は『それは国際的には発表されていないから、論文にすべきだ』とアドバイスしてくれました。サルが川虫を食べることは知られてはいますが、確かめられてはいません。川虫の中でもどのような種類を食べているのかといったデータもありませんでした」
東城教授がサルのふんを集めてゲノム解析したところ、予想通り、川虫のDNAが見つかりました。さらにイワナなどサケ科の川魚のDNAも出てきました。
「魚を食べているというのは想定外で、驚きました。冬の3シーズンの間、サンプルが偏らないように1カ月ごとに期間をあけたり、群れが重ならないようにふんを採取する場所を変えたりしましたが、やはり魚のDNAが検出されました。うちの研究室ではイワナの研究もしていたので、そのDNAがサンプルに混入した可能性も疑いましたが、部屋を変えて解析しても魚のDNAが出てきました。川の水にもわずかに魚のDNAが含まれますが、それを飲んで取り込んだにしては、ふん中のDNA量が多すぎます。やはり魚を食べていると確信し、21年に論文を発表しました」
山岳写真家の写真で証明 テレビ撮影も
とはいえ、この時点で確認できたのは、「サルが川の魚を食べていること」までです。どうやって魚を確保しているかまではわかりません。東城教授は、サルが川に入って、泳いでいる魚を捕まえている可能性が高いと考えていましたが、サルの研究者からは「水が嫌いなサルが厳冬期の川で魚を捕まえているとは信じがたい」「釣り人が捨てた魚や、死んで岸に打ち上げられた魚、登山者の残飯を拾って食べているのでは」といった疑問が寄せられました。
しかし、東城教授の仮説は思いもよらない形で正しかったことが証明されます。この研究をニュースで知った山岳写真家から、「上高地でサルがイワナを食べている姿を撮った写真を持っている」という連絡が入ったのです。
「冬景色の撮影中にたまたま撮れた写真だそうです。写真のイワナは軟らかそうで、生きたイワナを捕らえて食べたように見えました。これでようやく私の学説が証明されると、救われた気持ちになりました」
その後、NHKの生物の生態を追う番組「ダーウィンが来た!」の撮影クルーの協力で、世界で初めて、生きた魚を捕らえる瞬間の動画撮影に成功しました。「サルが生きたイワナを追いかけ回して捕まえる瞬間の映像を見たときは、感無量でした」(東城教授)
東城教授らは、この成果を22年11月に国際的な科学誌「Scientific Reports」に発表しました。同番組でもこの映像が流れ、専門家だけでなく、一般の人にもサルの生態や、東城教授らの研究が広く知られることとなりました。
![(写真=2019年1月4日 上高地/河童橋~田代湿原 鈴木裕子氏撮影、信州大学提供)](https://think-campus-s3.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/wp-content/uploads/2023/11/06225720/1130_pro03.jpg)
現在のところ、サルが川で魚を捕るという行動は、上高地以外では確認されていません。東城教授はこう話します。
「厳しい冬を越すためのエネルギー源として、栄養価が高い魚を食べる行動はとても重要です。冬は水量が少なく、浅く緩やかな流れの中にたくさんのイワナが見られることから、こうした行動が進化したのではないでしょうか」
つまり、上高地という極寒の環境で生きる中で身につけた「独自のサバイバル術」というわけです。
サルの行動についての大発見をした東城教授ですが、もともとは昆虫が専門です。「川虫の調査から、まさかサルの論文を書くことになるとは思ってもいませんでした。想定外の方向へ進んでいくのも研究の面白さですね」と話します。
学生の研究を指導する際には、「この研究をやっていくと、こんな結果になるだろう」といった青写真をある程度、考えながら進めますが、想定と違うデータが出てきたときこそ、研究の面白いタネが潜んでいることがあるといいます。「面白いタネを見落としてしまわないように、失敗データも含めてみんなでざっくばらんに議論するようにしています」
興味や学びたい気持ちを大事にしてほしい
東城教授は福島県出身で、子どもの頃は野山を駆け回り、虫を採ったり、魚を釣ったりしていました。
「そんな環境で育ったので、生き物への興味はごく自然に生まれていたように思います。勉強は理数系の科目、特に理科が好きで、理科の教員になりたいと思っていました」
ただ、大学受験の生物は暗記中心であまり好きではなかったそうです。筑波大学第二学群生物学類に進み、大学では多様で不思議な生物の現象に触れたり、最先端の内容を学んだりすることができたため、生物への興味がどんどん湧き上がってきました。
「生物学は、数学や物理学などに比べると、まだまだわかっていないことが多い分野です。教科書に書いてあることをわかりやすく教える教員よりも、わかっていないことを自ら解き明かす研究者になりたいと思うようになりました」
高校生の中には生物に関心があっても、数学も含めた理系科目が苦手だからという理由で生物系の学科への進学を諦めてしまう人が少なくありません。東城教授はこう話します。
「興味があるとか、やってみたいという理由で、大学での専門分野を選んでいいと思います。あまり得意ではないところは人工知能がサポートしてくれる時代が来ていますし、今は学問が多様化していますから、大学に入ってから興味が変わったとしても臨機応変に軌道修正していくことができるでしょう」
大学のキャンパス見学会などで高校生に付き添って来る親からは、「理学部を卒業すると、どんなところに就職するのですか」と質問されることが多いといいます。
「就職の心配もわかりますが、本人が学びたいことを一番大事にしてあげてほしいと思います。大学や企業で研究職に就く人もいれば、公務員や金融など生物とは直接関係ない分野に就職する学生もいて、どの分野でも研究で培った論理的思考力は必ず生かすことができます。若者って案外、たくましいですよ」
プロフィール
東城幸治(とうじょう・こうじ)/信州大学学術研究院理学系(理学部理学科生物学コース)教授 、副学長。1971年福島市生まれ。筑波大学第二学群生物学類卒、同大学院生物科学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会科学技術特別研究員などを経て、2004年信州大学理学部生物科学科進化生物学講座・助手。同講座助教、准教授などを経て17年から教授、21年から副学長。
(文=熊谷わこ)
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