経営学、全学生の必須科目に 「工学×経営」を進める諏訪東京理科大、地元企業と連携も | 朝日新聞Thinkキャンパス

経営学、全学生の必須科目に 「工学×経営」を進める諏訪東京理科大、地元企業と連携も

公立諏訪東京理科大の取り組み

2023/10/31

日本経済の強みであるものづくり産業を支える工学の技術者(エンジニア)には、専門的な技術や知識が求められてきました。しかし、DX時代となって技術者に求められるものが変化する中で、大学でも「工学×経営」という観点から、技術を経営に生かすための教育を行っているところがあります。その一つ、公立諏訪東京理科大学(長野県茅野市)は、工学部のみの大学ながら、1年次から全員が経営を学ぶユニークなカリキュラムを取り入れています。もの作りの現場からの視点を持ち、企業の経営に役立つ人材を育てています。(写真=太陽電池の研究に取り組む同大学院工学・マネジメント研究科修士課程2年の江口兼生さん)

「技術さえあればいい」は通用しない

公立諏訪東京理科大学では、技術者が社会の第一線で活躍するために必要な人材教育に力を入れています。核となるプログラムの一つが、技術者に必要とされる経営の知識を学ぶ「マネジメント基盤教育」です。濱田州博学長はこう話します。

「これからは技術者であっても、時代や社会が求めているものを理解して商品開発に生かすなど、ビジネスのセンスやアイデアがなければ、通用しません。企業の経営に対する考え方や戦略を知っておく必要もあります」

経営の知識を技術者に不可欠な素養と捉え、工学を学ぶすべての学生にマネジメント基盤教育を行っています

(写真=濱田州博学長)
(写真=濱田州博学長)

座学+体験型授業で、経営を身近に感じる

マネジメント基盤教育のカリキュラムは、マネジメント科目と地域連携科目という2本の柱から構成されています。

マネジメント科目は、1、2年次の学生を中心に行われる座学の授業です。1年次必修の「企業システムと経営管理」のほか、経営戦略やマーケティング、デザインマネジメント、海外展開に必要な国際経営や国際化戦略など、企業経営の基本を身につけます。工学部に入って経営学を学ぶことにとまどう学生も少なくありませんが、共通・マネジメント教育センターの韓暁宏教授はこう説明します。

「まず経営学を学ぶ必要性を感じてもらうことが大事。授業では、円安やビッグモーターのニュースといった時事問題や、学生にとって身近な就職関連の話題を取り上げるなど、興味を持たせる工夫をしています」

(写真=韓暁宏教授)
(写真=韓暁宏教授)

地元企業と連携し、「生きた経営」を学ぶ

もう一つの地域連携科目は、諏訪地域に特化した内容を多く取り込んだ学びになっています。地域の企業などに見学に行ったり、学生同士でディスカッションをしたりするアクティブラーニングを展開しています。

その中の「地域に学ぶ経営」では、地元企業の経営者や幹部の講演を聞き、ディスカッションを行います。2023年度は小松精機工作所、セイコーエプソン、ヤッホーブルーイングなど5社の社長や事業部長が講演しました。この授業の主担当である久保吉人准教授はこう話します。

「今回は全員、理系出身者にお願いしました。理系の経営者は文系と違って、自然科学をベースにビジネスを考えることができます。工学部で学ぶ学生の参考になるように、理系出身経営者ならではの視点を引き出したいと思いました」

講演では、自身の生い立ちや、学生時代の失敗、人生観や経営観、経営者としてどのように成長してきたか、会社の危機をどう乗り越えたかなど、毎回さまざまな内容が語られます。講演後のディスカッションを通じて、学生は大学での研究と企業の研究開発との違いを感じ取ったり、ものづくりの現場で顧客の視点がいかに重要かを実感したりするなど、多くの気づきがあるといいます。

「将来、学生たちがビジネスリーダーになったときのことを考えると、ビジネスの第一線で活躍する経営者の生きた言葉を通じて、リーダーシップを学ぶ意義はとても大きいと思います。この授業が技術者としてのあり方を考える転換点になればと願っています」(久保准教授)

(写真=久保吉人准教授)
(写真=久保吉人准教授)

2年次必修の「地域連携課題演習」も特徴的な授業です。工学部にある情報応用工学科と機械電気工学科の2学科の学生が混合で10人程度のチームを結成し、地元の企業などに現場の声を聞いて課題をあぶり出し、チームごとに解決するためのアイデアを提案します。22年度は、農家の無人販売の課題について解決方法を考え、公開発表会で披露したチームもありました。

学生目線での提案ですが、画期的なアイデアが出てくることもあります。課題解決力やプレゼン力が培われるのはもちろんのこと、いずれ社会に出ていく学生たちにとって、地域の人たちとの交流を通して実社会に触れることは貴重な経験になるはずです」(韓教授)

理論では立ち行かない「経営のリアル」を知る

学生はマネジメント基盤教育をどのように受け止めているのでしょうか。

大学院工学・マネジメント研究科修士課程2年の江口兼生さん(24)は、再生可能エネルギーとして注目されている太陽電池の研究に取り組んでいます。

「大学に入学してから、経営を学ぶことを知って驚きました。その一方で、工学部に入ると専門の勉強ばかりで視野が狭くなるのではないかとも思っていたので、経営を学べるのはうれしかったです。高校にはなかった学問分野で、社会で活用できそうなことにも興味を感じました

特に「地域に学ぶ経営」は、強く印象に残っていると言います。

「地元企業6社の経営者の方々の話から、会社経営は型通りに進められるものではなく、目まぐるしく変わる世界情勢や業界の動きを見ながら臨機応変に対応していかなければならないことを感じました。また、同じ経営者という立場でも、会社ごとに何を大事にしているかが違います。これは複数の経営者の講演を聞いたからこそ実感できました」

(写真=大学院工学・マネジメント研究科修士課程2年の江口兼生さん)
(写真=大学院工学・マネジメント研究科修士課程2年の江口兼生さん)

経営を学ぶことで選択肢が広がった

江口さんが研究しているのは、有機薄膜太陽電池です。

「薄い膜状で軽量、光透過性にも優れているため、既存の窓ガラスや外壁に貼るといったフレキシブルな使い方ができます。実用化レベルになれば多くの電力生産が可能になるだけでなく、太陽電池が身近なものになっていくと思います」

江口さんは、修士課程修了後、技術職ではなく、監査法人のアドバイザリー業務に就くことにしました。工学部からコンサルになるという進路選択には、学部生時代の経営の学びが大きく影響しています。開発現場を知る立場を生かして、企業に対して出口戦略からの提案ができるのではないかと考えたからと言います。

「技術職として就職することも考えましたが、就職活動を通して面接で自分が何を話しているときにワクワクするかが少しずつわかってきました。私はビジネスの要素が強く加わる話題のほうがワクワクするのです。経営を学んだことで、技術をどう社会に生かすのかをリアルに考えられるようになったと思います

マネジメント基盤教育によって、経営や地元の産業に関心を持つ学生は着実に増えてきているようです。濱田学長はこう話します。

「本学はミッションの一つに『地域に貢献するとともに世界にも羽ばたく人材を育成する』を掲げていますが、今の時代は大学が地域と一緒に学生を育てていくことが重要です。地域の企業や地域で暮らす人からたくさんのことを学びながら、成長していってほしいと考えています」

ちなみに、「経営工学」という分野がありますが、これは経営上の問題を工学的な視点から解決していくものです。早稲田大学(創造理工学部経営システム工学科)、法政大学(理工学部経営システム工学科)などでは経営工学が学べます。技術的な工学系の視点が、企業のマネジメントに必要とされている時代です。技術者になるつもりで学んだことが、会社の経営に重要な役割を果たす可能性もあります。理系の枠にとらわれずに、自分がどのような技術者になりたいのかをイメージしながら、学びの内容を比較してみることも、大学・学部選びの際には重要です。

(文=熊谷わこ、写真=倉田貴志)

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