■海外へはばたく・つながる
2020年からのコロナ禍で、多くの学生が海外へ向かう夢を阻まれました。神田外語大学4年の海津航太さんもその一人で、海外経験の一環として望んでいたワーキングホリデーはあきらめざるを得ませんでした。それでも、もう一つの希望である留学への熱意は消えることなく、ついに23年2月から1年間の海外留学をスタートさせました。現在の留学生活について、滞在先のベトナム・ホーチミン市とオンラインでつないで話を聞きました。(写真=本人提供、後列右が海津さん)
高度成長期のような国の盛り上がりに憧れて
――海津さんの専攻はベトナム語ですが、なぜこの言語を選んだのですか。
僕はもともと理系で、英語は一番苦手な科目でした。でも「世界を知りたい」という思いがあり、大学受験を控えて、やはり語学は必要だなと思ったのです。せっかく苦手な語学に向き合うなら、英語だけでなくほかの言語も学びたいと思ったとき、修学旅行で行ったベトナムが浮かびました。日本の高度成長期の高揚感に憧れていたのですが、ベトナムにも当時の日本と同じような経済の盛り上がりを感じました。そこでベトナム語に強い大学へ行こうと決めて、神田外語大学を選びました。
――23年2月からベトナム国家大学ホーチミン市人文社会科学大学に留学し、半年以上が経ちますが、苦労したことはありますか。
まだ少し言葉を聞き取るのが難しいことがあります。僕は現地の不動産会社で部屋を借りたのですが、最初は大家さんが何を言っているのか全然わからなくて困りました。でも「ベトナム語オンリーの世界に飛び込めたんだ。日本でできない経験ができる」と逆にわくわくしました。今では大家さんともきちんとコミュニケーションが取れるようになりました。日本にいたときとは「言葉を理解する」ことの感覚が変わり、すべて聞き取れなくても内容がわかるようになりました。
――大学でもベトナム語のみの環境ですか。
基本的にはベトナム語ですが、学生の国籍はさまざまです。クラスメートは学生と社会人が半々ぐらいで、年齢もさまざまです。欧米人もいますが、特に韓国人が多く、街でもよく見かけます。ホーチミンを選んだ理由の一つに、この国際色の豊かさがありました。いろいろな人と関われるのは、とてもいい刺激になっています。言葉以外の苦労は、とにかくバイクが多いこと。そのほかは物価も安く、日本人も過ごしやすい場所だと思います。
テーマは「戦争体験の声を聞くこと」
――留学するにあたって、語学のほかにもあるテーマを掲げていたそうですね。
僕は昔のドキュメンタリー映像を見るのが好きで、ベトナム戦争の記録を見たことがありました。48年前までここで戦争があったとはいまだに信じられませんが、戦争を体験した人が今も生きているので、ぜひその人たちの生の声を聞いてみたいと考えていました。
例えば、部屋の大家さんは1957年生まれで、75年4月のサイゴン(現在のホーチミン市)陥落のことをはっきり覚えています。日本で映像を見ているときは、当日のあまりの静かな幕切れに「こんなにすんなり受け入れられるものなのか」と疑問を抱いていました。でも、大家さんの「勝ちとか負けとかではなく、とにかくただ終わってほしかった」という言葉に、戦争の当事者たちがどんな思いでいたのか、あの映像に出てくる人たちの気持ちが少しわかったような気がしました。戦争はけっして教科書上の出来事ではないんだと強く感じました。
就職活動は放課後にオンラインで
――日本の企業への就職活動もベトナムで行ったのですか。
ベトナムでの留学経験を生かし、両国をつなぐ日本の企業で働くことをめざして就職活動をしました。そのため企業との面接はすべてオンラインで、筆記試験も遠隔で受けました。遠く離れた地での苦労はありましたが、8月に商社の内定を獲得したときはうれしかったです。本社は東京にありますが、ホーチミンにもオフィスがあるグローバル企業であること、社会への貢献性が高いことなどが僕にとっての決め手になりました。
――1年間という留学期間は長いですか、それとも短いでしょうか。
ベトナムに来る前は長いだろうと思っていましたが、始まってみるとあっという間です。平日は朝10時から大学の授業が始まり、終わるのは15時頃。ベトナムはコーヒー文化の国なので、放課後は友達とカフェで予習したり、夕食を食べたりしています。就職活動も放課後にしていました。ベトナムに来て半年以上経ちましたが、時間が過ぎるのが早く感じて、体感ではまだ2カ月目ぐらいのような気がします。統一記念日など、年に一度の行事は今年しか見られないんですよね。それも何だか寂しくて、3年ぐらいあってもよかったかなと思いながら、毎日忙しく過ごしています。
――語学の面以外で、自分が成長したと思うことがありますか。
あまり偉そうなことは言えませんが、人や国に対する考え方が変わりました。ベトナム人とか日本人とか、そういうことは関係ない。僕の周りにいるのは国籍にかかわらず、まじめで尊敬できる人ばかりです。現地でできた韓国人の友達と、竹島問題や日本統治時代のことについて率直に話し合うこともできました。今はどんな人とも、一人の人間として偏見なく向き合うことができていると思います。
大学2年になったときにコロナ禍による渡航制限が始まり、留学を何度もあきらめかけました。半年間休学したので、本当は今大学5年生なのですが、あきらめずにベトナムに来て本当によかったです。楽しいこともつらいこともすべて成長につながるし、今は、ここに来ないという選択肢はなかったと感じています。
(文=鈴木絢子、写真=すべて本人提供)
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