■学長インタビュー 「リーダーが語る10年後の大学」
明治期に東京大学の卒業生たちが「理学の普及」を目指して創設し、140年以上の歴史を持つ東京理科大学。2023年度には、「学問分野を越えて連携し、『新しい価値』を創造する理工系人材」の育成を掲げて、「創域理工学部」と「先進工学部」を再編し、また24年度入試から「総合型選抜(女子)」を新設するなど、積極的な動きが見られます。10年後の社会や大学がどうなるのか、今後の社会に求められる人材について、石川正俊学長に朝日新聞「Thinkキャンパス」総合監修者の中村正史が聞きました。
大学は新しいことを生み出す拠点に
——生成AIに見られるようにテクノロジーの発達が著しい現代ですが、石川学長は「10年後の世界」はどうなっていると考えますか。そのときに日本の大学には何が必要でしょうか。
今の社会は、科学技術をベースに動いています。科学技術が社会の変革を牽引している、というのが重要なポイントです。ですから、社会とそこに生きる人たちは、科学技術に対してきちんとした知識とスキルを持たなければなりません。
生成AIのような技術が進歩すると、知っているだけの知識には価値がなくなり、それをどのように使うかが問われ、真の創造力が要求されるようになります。知識の集約ではAIに負けてしまいますから、大学は今までのような知識の集約拠点ではなく、知能の集約拠点、要するに知識を使う場所であるべきでしょう。皆さんも、今や何か知りたければネットで検索しますよね。大学は、そこに行けば知識が得られる場所ではなく、知識や科学技術を駆使して、自分で新しいことを生み出す拠点に変化すべきです。
——そうした形になっていくとしたら、理系の教育はどうしたらいいでしょうか。
「科学技術」という単語を考えてみると、「科学」はわかること、知ること、分析することを表します。分析をベースに新しい真理を探究するのが「科学」です。それに対して「技術」は、新たに何かを作るためのものです。ですから、新しいものを作り出すには、科学と技術の両方が必要です。例えば、電気自動車を作っているときに、何かわからないことが起きたら、「科学(知ること)」が必要ですし、わかった上でまた「技術(作ること)」に戻ればよい。科学と技術を行ったり来たりしながら進むのです。今、日本に足りていないのは「科学」ではなく、「技術」のほうだと感じます。「技術」は、何もないところに、新しく何かを作る構成力と創造力が要求されます。グーグルやメタに代表される米国のIT企業は、すでに存在していた問題を解いたのではなく、新しいものを作ったわけです。
——課題と思われていなかったところに新しいものを生み出したわけですね。
この構図を日本は取り入れないといけません。価値があるかどうかわからないものに対してチャレンジする力が必要で、その力がないと新しいものは生み出せません。「科学」と「技術」の両方を扱う能力をバランスよく育めば、知識を使って新しい価値を生み出すことにつながります。自らオリジナリティーがあるものを作っていけるよう、独創性を育んでいく必要があります。
融合型の教育で独創性を育てる
——独創性を育むにはどうしたらいいのでしょうか。
日本を含め、世界中で少しずついい例が出てきています。知識は当然、与えないといけませんが、その上で「今までの知識とは違うことをやるにはどうしたらいいか」というスイッチを入れるんです。教えすぎると既存の知識の再生産となってしまい、独創性は下がってしまいます。
本学では、新しい価値を生み出す力を育むために融合型の教育を実践しようとしています。今まではAの分野とBの分野をそれぞれ極めることが一般的でしたが、分野の枠を越え、AとBをくっつけると新しいものが生まれやすい。例えば、農業とIT、医学とITを連携させる発想です。
こうした連携にも2種類あって、AとBが分野を横断し交わることでCを思いついたというのが融合型の連携です。23年度に発足した創域理工学部では、学科の垣根を越えた横断型の教育に注力し、学問の融合を後押ししています。もう一つは、「こんなことがあったらいいな」という漠然としたテーマがあり、そこに関係しそうなAとBが集まってきて何かを生み出す統合型の連携です。同じく23年度に2学科を新設した先進工学部では、デザイン思考科目を全学科共通で導入し、現代社会の課題を解決する新たなイノベーションの創出を目指します。
2学部はそれぞれアプローチこそ違いますが、今こそ必要とされる「学問分野を越えて連携し、『新しい価値』を創造する理工系人材」を育てるための教育を行っています。
新しい時代を担う3つの力とは
——日本では高校1、2年生で文系と理系のクラスに分かれ、理系より文系の生徒のほうが多い現状があります。テクノロジーが世の中を変えていく時代にあって、文系の高校生が考えるべきことがあれば教えてください。
今の時代は、科学技術がメインになって社会を牽引しています。ですから、社会が求める人材は、科学技術のことをよく知った上で文系の知識も身につけている人になります。もはや文系の知識だけでは生きていけませんし、私はそもそも理系と文系を分けるのがおかしいと思っています。
——確かに商社や銀行のトップにも理系出身者が増えています。この状況は、10年後にはさらに加速するでしょうか。
そうだと思います。今後、おそらく大きな変化があるでしょう。それに耐えられる知識と能力を持っていないといけません。次の時代を担う人に求められる能力は3つあると考えます。①今の技術を支える力、②次の技術を生み出す力、③いつの時代の変革にも対応できる力。この3つです。これらの力に共通して言えることは、新しく何かを作る構成力や創造力です。ひとりの人がすべての力を究めるというわけではなく、将来的に社会全体でこれらにバランスよく取り組む必要があります。
——この3つの力を持つ子どもを育てるには、親としてはどんなことが必要ですか。
独創性の教育に話は戻りますが、やはりスイッチの入れ方ですね。親御さんが「こうやりなさい」と言った瞬間に独創性はなくなるわけです。だからといって、何も言わないと、子どもは動きません。その中間のスイッチの入れ方を探すのが、親御さんにできることかもしれません。
——そうすると、大学としてもそういった人材を育てられるかどうかが問われます。
本学の学生は真面目で能力が高いということで企業に評価されていますが、さらに独創性を伸ばせば、もっと素晴らしくなると思っています。
違う考え方の人と学ぶ
——そのための仕組みを、23年度にスタートした創域理工学部や、2学科が加わった先進工学部でやろうとしているのですね。
そうですね。あとは、創造や知能の集約拠点になるためには、違った考え方を持ったいろいろな人が集まることが必要条件だと思っています。そこで24年度入試から、工学部の全学科、創域理工学部の工学系6学科、先進工学部の全学科を合わせて3学部16学科で総合型選抜(女子)を導入しました。これにより、工学系分野で女子の進学を積極的に支援し、より多くの視点や感性を取り入れ、多様な学生が学び合う環境を整備します。似たようなタイプが集まっても、新しい考えは出にくいのです。違った考え方には価値があるし、それが新たな価値を生み出し、大きな進歩につながります。違う人がいる、違う考えがある、ということを学生たちには大事にしてほしいと思っています。
プロフィール
石川正俊(いしかわ・まさとし)/東京大学工学部計数工学科卒、同大学院工学系研究科計数工学専門課程修士課程修了。工学博士(東京大学)。東京大学副学長、同理事・副学長、同情報理工学系研究科長などを経て、2022年から現職。
(文=仲宇佐ゆり、写真=加藤夏子)
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