疑惑の島「パラダイス文書」:朝日新聞デジタル

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疑惑の島「パラダイス文書」

パナマ文書の衝撃から1年半あまり。新たな秘密が再び、世界で一斉に報じられた。「パラダイス文書」。世界67カ国の記者たちが加わる国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)はこの1年、文書をもとに取材を重ね、タックスヘイブン(租税回避地)に隠された事実に迫ってきた。

第1部 楽園の闇

Where is Bermuda?

舞台はバミューダ

【動画】バミューダ諸島(Google Earth)

ニューヨークから飛行機で2時間。窓の下には青い海が広がっていた。北大西洋に浮かぶ英領バミューダ諸島。「ようこそパラダイスへ」。タクシー運転手は、こんな言葉で観光客を歓待する。ここバミューダ諸島と米フロリダ半島の先端、大西洋のプエルトリコを結ぶ三角形の海域は、「バミューダトライアングル」と呼ばれる。飛行機や船が消える魔の伝説は日本でも有名だ。

中心都市ハミルトンの港。多くの船が浮かぶ

中心都市ハミルトンの港。多くの船が浮かぶ

10月上旬。正午すぎの気温は26度。中心都市ハミルトンの港には無数の白いクルーザーが浮かぶ。ピンク色の砂浜、薄いパステルカラーの家々、柔らかい風……。 米ドルが広く流通し、米国人の避寒地として人気だ。ニューヨークやアトランタなど各地から1日10便以上が降り立つ。日本人にとっての米領グアム島のような存在だろうか。

What's happening here?

もうひとつの顔

我々がこの島々を訪れたのには、理由がある。138の島から成るこの地域の総面積は、東京都足立区とほぼ同じ53平方キロメートル。だが、この小さな島々には別の顔がある。所得税や法人税、キャピタルゲイン(金融資産の値上がり益)への課税がない「タックスヘイブン」。多くの多国籍企業がここに拠点を構え、本国の利益を移転するなどして、その恩恵に浴しているとみられている。中心都市ハミルトンの海岸から徒歩数分の金融街。司法省や金融庁と並んでガラス張り4階建ての近代的な建物が立つ。ここが今回の取材のターゲット。パラダイス文書の主な流出元である法律事務所「アップルビー」だ。

「アップルビー」受け付け

「アップルビー」受付

今回、アップルビーから流出した文書は680万点に及ぶ。少なくとも2万5千の法人や組合に関する情報があり、契約書や銀行口座、Eメールなどが含まれる。膨大なデータは、パナマ文書の時と同じく、南ドイツ新聞の記者が入手した。入手経路や時期は極秘。ICIJ内の記者も知らされていない。データは何を語るのか。それはアップルビーが通常は決して明かすことのない「人」「企業」「カネ」のつながりだ。

仕組みはこうだ。

Meeting

打ち合わせ

流出した文書について報じるにあたって、当事者の取材は必須だ。直接取材の予定日は10月10日。我々はそれまでに、同事務所に9月から3度にわたって書面で取材を申し入れていた。だが具体的な回答は得られていなかった。直接取材は、世界各国のメディアによる異例の協働作業となった。現地入りしたメディアは7社、約20人。日本の朝日新聞とNHK、調査報道で知られる米新興メディアVICE(バイス)、オーストラリアの公共放送ABCなどだ。

バミューダ入りした各国メディアの記者たちによる取材の打ち合わせ

「当日は何時に行く?」「正午だと遅すぎるし、午前10時は早すぎる」「地元警察を呼ばれないか?」「事務所をきょう見てきた。1階の受付は行っても大丈夫だろう」我々は前々夜から計3時間以上かけて綿密に打ち合わせした。最も避けたいのは取材拒否とともに、記者やカメラマンが当局に拘束されることだ。「ジェントル(穏やか)であろう」と、互いに声を掛け合った。取材ルールも各国で異なる。一般人に迷惑をかけたり、取材相手を刺激したりしないよう、どう担当者と接触するか、テレビカメラはどのタイミングで建物に入るかを詰めた。

It's time

いざ突入

10月10日午前10時53分。質問状送付などを担ってきたICIJ記者のウィル・フィッツギボン(31)と、一番のベテランである米テレビ局「ユニビジョン」上級編集者のデイビッド・アダムス(56)がドアを開け、各社の記者とカメラクルーが続いた。「メディア担当の方につないでいただけますか?」。アダムスは受付カウンターの女性職員に丁重に依頼した。ICIJの正式名称を告げると、受付職員は「インターナショナル……?」と聞き直した後、入り口近くのソファで待つよう我々に指示をした。対応したのはメディア担当ではなく、施設責任者の男性だった。ひざよりやや短い半ズボン「バミューダパンツ」をはいている。この島では正装だ。アダムスが、流出文書に関する取材であることや質問状を送付したことを説明した。

施設責任者(右)の男性に取材依頼をするアダムス記者(左)ら

施設責任者(右)の男性に取材依頼をするアダムス記者(左)ら

30分後、上階から戻ってきた男性の回答は、「今日は対応できる人がいない」というものだった。わずか1分足らずの、事実上のゼロ回答。タックスヘイブンの実態を正面から暴くことの難しさを実感させるものだった。

いかなる疑惑にも反論する

直撃取材から半月後、アップルビーはホームページ上に相次いで声明を掲載した。「我々が不正行為をしたという証拠は何もない。いかなる疑惑にも反論するし、当局の適切な調査には全面的に協力する」「我々は合法なビジネスのアドバイスを提供しており、違法行為は容認していない」「違法なハッキングで文書が流出したと考えられる」

The power players
The power players

浮かんだ疑惑

パナマ文書には、ロシア・プーチン大統領の友人や中国・習近平国家主席の義兄の名前があり、世界を驚かせた。だがパラダイス文書も、それに勝るとも劣らぬ内容だ。税逃れへの取り締まりを公約に掲げるカナダ・トルドー首相の資金調達者が、巨額資金をタックスヘイブンに移し、課税を逃れていた疑いが浮上した。英国のエリザベス女王や、日本の鳩山由紀夫元首相の名前もあった。ICIJによると、文書に登場する各国の政治家・君主らの名前は、47カ国127人。

Mr.X

その中で、ICIJが特に注目した人物がいる。エスタブリッシュメント(既得権)批判をして大統領選を勝ち抜いたトランプ米政権の、中核を担う大物閣僚だ。我々はこの大物閣僚の疑惑を追及する中心人物と会うため、バミューダ諸島から米東海岸に向かった。(敬称略)

第2部影を追う