日本に初めて動物園ができて、まもなく140年が経ちます。高度成長期に次々とつくられ、ずらりと並んだ狭いオリの中に動物たちを展示して、市民のレクリエーションの場としてにぎわった動物園。世界的に動物保護の意識が高まる中で、転換期を迎えています。
これからも存在していくために、果たすべき役割は何か。情報公開請求して入手した84の公立動物園の資料と取材をもとに、現在の動物園が抱える理想と現実、生じたひずみに迫ります。
「余る」動物たち
ほのぼのしたニュースとして報じられる動物園での赤ちゃん誕生。だが、限られたスペースや予算などの都合で、成長するにつれて飼育が難しくなる動物たちがいる。
動物園が飼育できなくなった動物は、どうなるのだろうか?
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2014年度 広島市安佐動物公園安佐動物公園ではグラントシマウマの繁殖を得意としている。多い時で年間5頭くらい生まれ、ほしい動物がいる時に交換できる「持ちネタ」になっている。
- グラントシマウマ
- 1
- ビルマニシキヘビ
- 1
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2015年度 静岡市日本平動物園何世代にもわたって繁殖して行くには、血統の多様性を確保する必要がある。そのため米国から、国内の個体と血縁関係がないレッサーパンダを輸入した。
- シセンレッサーパンダ
- 7
- シセンレッサーパンダ
- 1
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2015年度 多摩動物公園国内におけるチンパンジーの新たなペアを作り、繁殖を目指すため、豊橋総合動植物公園とメス同士を交換した。
- チンパンジー(雌)
- 1
- チンパンジー(雌)
- 1
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2016年度 広島市安佐動物公園「持ちネタ」であるグラントシマウマ3頭を動物商に差し出すことで、代わりにミニブタを4頭入手した。
- グラントシマウマ
- 3
- ミニブタ
- 4
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2017年度 千葉市動物公園余剰になっていたデマレルーセットオオコウモリ35頭などを動物商に引き取ってもらい、代わりにミーアキャットを5頭入手した。
- ケープペンギン
- 2
- ミーアキャット
- 5
- デマレルーセットオオコウモリ
- 35
- ショウカラゴ
- 3
- オグロマーモセット
- 3
- コモンマーモセット
- 1
- アメリカビーバー
- 1
- オウカンエボシドリ
- 2
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2017年度 広島市安佐動物公園もともといたメスが死に、オスだけになっていた。オスだけでは展示として不十分なのでメスを入手しようと考えた。代わりにグラントシマウマを差し出した。
- グラントシマウマ
- 1
- ライオン(雌)
- 2
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2017年度 札幌市円山動物園狭くて使い勝手が悪く、繁殖を目指せる飼育・展示施設ではなかったため、動物福祉の観点から、マレーバクの飼育を断念。ほかの動物園に転出させた。
- マレーバク
- 1
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2017年度 豊橋総合動植物園動物商に、評価額1900万円のミナミシロサイを輸入してもらった。代わりに、評価額95万円のジェンツーペンギン20羽を差し出した。
- ジェンツーペンギン
- 20
- ミナミシロサイ
- 1
公立動物園からほかへ移っていった動物は5年間で約5千頭――。朝日新聞が行った情報公開請求で公開された全国84動物園の文書を分析したところ、そんな結果が明らかになった。
開示されたのは2014~18年度に搬出、搬入した動物に関する資料。独自に集計した結果、5年間で計4978頭が他の動物園に移ったり、業者に渡ったりしていた。
動物園から外に出される背景には、繁殖で生まれたもののスペースなどの問題などから飼育を続けられなった、別の動物を繁殖させるために交換した――など様々な事情がある。
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1 テンジクネズミ 406頭 2 ルーセットオオコウモリ 316 3 オシドリ 169 4 ニワトリの卵 145 5 カヤネズミ 131 6 ヤギ 118 7 ニホンリス 107 8 ウサギ 96 9 ヨーロッパフラミンゴ 87 10 アカアシガメ 84 11 プレーリードッグ 82 12 カピバラ 80 13 ヒツジ 59 14 レッサーパンダ 58 15 マーラ 55 16 アカカンガルー 51 -
17 ミーアキャット 46 18 クロツラヘラサギ 41 19 アフリカヤマネ 38 コツメカワウソ 38 ハツカネズミ 38 22 シロフクロウ 37 ツクシガモ 37 24 ショウジョウトキ 36 ハタネズミ 36 ワオキツネザル 36 27 アヒル 34 カイロトゲマウス 34 29 フンボルトペンギン 33 30 コモンマーモセット 31 ベニイロフラミンゴ 31
移動先としては、国内の別の動物園や水族館が62%で最も多かった。動物商と呼ばれる鳥獣売買業者やペットショップなどの業者も25%を占めた。海外に送られたものも3%いて、札幌市のキリンがミャンマーへ、静岡市のレッサーパンダがカナダへ、広島市のオオサンショウウオがハワイへ行くなどした。
動物別にみると、外に出された動物で最も多かったのはテンジクネズミ(モルモットなど)で、学校や子どもの施設への譲渡が目立つ。このほか、ルーセットオオコウモリ、アカアシガメなどの爬虫類、小型のサルなどペット需要のある動物は業者へ渡っていた。繁殖の目的での移動が多かったのは、レッサーパンダ、カピバラなどだった。
対価の有無でみると、無償での譲り渡しが全体の47%。動物同士の交換が34%、繁殖のために所有権を移さずに貸し借りをするブリーディングローン(BL)関連が9%だった。金銭を得る売却も2%あった。動物同士を交換する場合、シマウマ1頭とライオン2頭、ペンギン20羽とシロサイ1頭など、動物の評価額を算出し、等価になるように交換するケースがほとんどで、10頭以上がからむ「大型トレード」もあった。
約5千頭の取引を分析、取材していくと、動物園が直面する課題、未来に向けて模索する姿が見えてきた。動物園は100年後も日本に存在できているのか。
抱える課題、むかう先
神戸のカバはなぜ中国に渡ったのか。死んだアフリカゾウが1頭で暮らしていたわけは。ショーに出ていたチンパンジーに「できない」こととは。動物園が抱える課題が、動物たちの運命を左右することもある。
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生まれる前から余る運命 カバの出目丸は異国へ旅立った動物園にとって「想定外」の生を受け、行き先探しの末に海外に渡ることになった1頭のカバがいる。名前は出目丸(でめまる)。なぜ動物園を離れなくてはいけなかったのか。その誕生の背景には、動物園が抱える事情があった。
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「1歳までに3分の1死ぬ」 動物園の人気者に迫る死「友好親善の使節」として日本にやってきたオーストラリアの固有種コアラ。エサのユーカリの確保など飼育面での課題も多いが、繁殖して数を増やすことには大きな壁が立ちはだかる。関係者を悩ませるものとは。
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子育てできなかったが「十分頑張った」 ある母親の一生絶滅が危惧されながら、動物園での繁殖が難しいとされるホッキョクグマ。メスのキャンディは、これまで出産したものの子どもを大きくなるまで育てることができなかった。不運もあったが、将来に残したものもある。
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ハワイから被災地に来たイケメン 期待の「エース」にりりしい面構えで「イケメン」と評判のスマトラトラのケアヒ(オス)。ハワイの動物園から仙台市にやってきたのは、東日本大震災の直後だった。「被災者を元気に」との願いを託され、いまは「繁殖のエース」とも呼ばれる。
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「これからも見守っててね」愛されたケニー、ひっそりとアフリカゾウのメスは通常、野生では群れで生活する。ケニア生まれのケニーは、一緒にいたオスに先立たれて約10年間、1頭だけで暮らしていた。「寂しくないように」と気遣われてきたが、この8月に息を引き取った。
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家族の不幸な事故、攻撃、早世 年老いたジェイは孤独にシンリンオオカミのジェイ(オス)は、キナコ(メス)との間に3頭の子どもに恵まれて群れで暮らしていた。でも高齢になった今は、1頭だけでいる。キナコや子どもたちに、いったい何があったのか。
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群れをまとめる優しいボス 「できない」ことに挑戦中野生で生まれ、子どものころに日本に来たとされるチンパンジーのデッキー(オス)。子どもの面倒をよくみて、メスたちからの信頼も厚い。いまは約20頭の群れのリーダー格だ。ただ、ひとつ「できない」ことがある。
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お役御免のオス「かなた」故郷にかえる 新たな期待とは長崎県の離島・対馬にのみ生息するツシマヤマネコ。「海のかなたから多くの人に来て欲しい」との願いで名付けられたのが、オスの「かなた」。福岡市の動物園で生まれ、昨秋、はじめて「故郷」に戻ってきた。
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NEW 閉園やむを得ない動物園、取り残されたニホンザルの運命再建された小田原城の天守閣前で飼育されている9頭のニホンザル。その前で足を止める観光客はわずかしかいない。閉園を目指す動物園で、最後に残ったのがこのサルたちだった。仲間が増えることもなく、淡々と日々を暮らしている。
100年後もそこにあるために
上野や京都、天王寺など戦前に開園したおよそ10園を除けば、公立動物園は戦後の復興期から高度成長期に次々と設立された。海外の野生動物を次々と輸入して展示し、来園者を喜ばせた。
風向きが変わったのは、1980年に日本がワシントン条約の締結国になった前後からだ。絶滅の危機にある野生動物を保護しようという国際的な世論が高まり、希少な動物を展示という形で利用する動物園の存在意義が問われ始めた。レクリエーションの多様化や少子高齢化で、動物園の価値が相対的に低下してきたのもこのころだ。
変化に直面した動物園が見いだしたのが、絶滅の危機にある動物たちを繁殖し、後世に残していく「種の保存」という存在意義だった。海外から買ってこられなくなった動物を自分たちで増やすことで「自給自足」する――。絶滅の危機にある動物たちの「ノアの箱舟」たろうという役割に、生き残る道を見つけた。
近年は動物福祉の向上という使命も新たに加わった。こうして向き合わざるを得なくなったのが、動物園にいる動物の「取捨選択」だ。
これから100年後、動物園はどんなかたちで存在しているのか。いま、大きな分岐点を迎えている。