健康未来をつくる「腸能力」と細菌の不思議な世界

健康未来をつくる「腸能力」と細菌の不思議な世界

腸と免疫の研究 第一人者・國澤純さん(医薬基盤・健康・栄養研究所 NIBIOHN ニビオン)が講演で紹介

2023.09.22

 腸と腸内細菌をめぐる研究は日々、飛躍的なペースで進んでいます。日本人に特有の「やせ菌」を追いかけたり、「肉食系」の人を「草食系」に変えるために、食事を工夫したり。そんな研究調査をリードする腸と免疫の第一人者、國澤純さんが「あなたのお腹は大丈夫? 腸内環境から考えるあなたの健康未来」と題して、最前線の動きを市民公開講座で披露しました。

【連載】腸から始める長寿生活の過去の記事はこちら

 國澤氏の講演は6月27日、東京都江戸川区のタワーホール船堀でひらかれた第27回腸内細菌学会学術集会・市民公開講座「腸活のすすめ」として行われました。(写真下)

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図表を使って、腸内環境の研究について説明する國澤純さん

 

腸内細菌で病気を治す「便移植」

 みなさんは「腸内環境」や「腸活」、それに「善玉菌」といった言葉をよく耳にされていると思います。

 腸内細菌は生体の制御に非常に幅広くかかわっています。たとえば、ワクチンの効果などに関わる免疫や、体重、老化、肌の状態などの見た目、さらには脳機能などです。

 さらに最近では、病気を腸内細菌で治そうという時代になってきています。

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 大きなインパクトを与えたのは「便移植」です。

 これは「腸内細菌の乱れが病気の原因になるんだったら、健康な人のウンチを移植したら治るんじゃないか」というものです。すごいですね。これだけ科学が発達してきているのに、ウンチを移植しようというお話です。

  なぜ注目されたかというと、やっぱり効き目のある事例が海外で報告されたからです。

 日本ではなじみのない病名ですが、難治性腸炎の「再発性クロストリジウム・ディフィシル感染症」という病気があります。この病気に対する便移植の画期的な治療効果が、2013年にオランダで報告されました。

  いま日本でも、いろんな病気に対して、便移植で治療しようという試みが進んでいます。取り組んでいる臨床の先生にうかがうと、便移植がよく効く場合と、そうでない場合があるそうです。

 いろんな要素があるのですが、大事なポイントのひとつは「誰のウンチを使ったか」ということ。つまり、ドナー(提供者)の問題なのです。「この人のウンチを使うと、めちゃめちゃよく治る」というケースがあるようです。「スーパードナー」ですね。

  すでに海外では「あなたのウンチを買い取ります」と、円安の今なら200万円くらいにあたる報酬を出した例もあります。日本でも、製薬、食品、ヘルスケアのメーカーが一堂に会して、一般社団法人「日本マイクロバイオーム(注)コンソーシアム」をつくり、腸内細菌を対象に薬やヘルスケア製品、食品などをつくっていこうというかたちができています。

 

注:マイクロバイオーム 人の体に共生する細菌・真菌・ウイルスなど微生物の総体と、それらの遺伝情報のこと。

  

薬の効きやすさを左右する腸内細菌

 最近、薬の効き目にも腸内細菌が関わっていることがわかってきました。

 パーキンソン病の治療に使われる「レボドバ」という薬があります。この薬は「最初から効かない人」や「徐々に効かなくなる人」がいることが以前から知られていました。

  患者の個人差だと考えられていたのですが、じつは、ある腸内細菌がこの薬をバクバク食べて分解していたんです。だから薬が効かなくなっていた。この細菌による分解を抑えたら、薬は効くようになりました。

  このようなことから、いま私たちは、お薬手帳にどんな腸内細菌がいるのかというデータをのせて、それをお医者さんが見て「この菌を持っているのだったら、こっちの薬の方がいいのでは」と考えながら薬を処方するようなことができないかと考えています。

大阪は野菜が足りない 腸内細菌タイプは「肉食系」

  腸内細菌は、私たちが何を食べるかによって変わります。食生活によって大きな個人差があります。そうした腸内細菌の差を「エンテロタイプ」という、血液型のような型に分けています。

  たんぱく質や脂質を多くとる「肉食系」。穀物をよく食べて食物繊維や糖質を多くとる「草食系」。これら二つの中間の「雑食系」があります。

 私たちの解析においては、日本人は「肉食系」「雑食系」「草食系」の比率が、およそ「4対5対1」です。

  国内で住んでいる地域によっても、相当ちがうことがわかってきました。

 私たちは北海道から沖縄まで各地の機関に協力してもらって、9000人のデータを収集しました。集めたのは健康診断データ、疾患情報、血液、糞便、唾液、食生活、身体活動量などです。それらを解析し、各地の特色と健康との関わりを調べています。

  私は大阪にいるのですが、大阪にお住まいの方を対象に調査を行ったときの結果は「肉食系」「雑食系」「草食系」が「6対3対1」だったのです。つまり全国平均の「4対5対1」より、「肉食系」が多い。

 どの型だから病気にかかりやすいというわけではありませんが、食事の影響が考えられました。具体的には野菜不足です。 

 厚生労働省の平成28年国民健康・栄養調査報告から 、都道府県別の野菜摂取量をみると、大阪府の男性は全国で下から2番目。女性は最下位となっています。

 このような野菜不足が腸内細菌に影響していると考えられます。

  

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野菜不足、本人の自覚より食生活の実態を反映

 地方はどうでしょう。

 山口県周南市の例を紹介します。周南市は昔の徳山市などが合併してできた市で、新幹線の徳山駅があります。瀬戸内海に面しており、自然が豊かで、石油コンビナートなど工業地帯もあります。

 ここでの調査結果は「肉食系」「雑食系」「草食系」の比率がおよそ「7対2対1」でした。大阪より、さらに肉食系の人が多いわけです。

  なにか食事の影響があるのではないかと調べてみました。すると、周南市の人たちは、緑黄色野菜は全国平均以上によく食べているのです。調査の参加者に聞くと、「野菜はいっぱい食べちょるよ」と言う。

 しかし、よくよく調べてみると、実際は、食物繊維が豊かな根菜などの緑黄色野菜以外の野菜の摂取量が少なく、野菜全体でも全国平均より少ない。つまり、自分たちは「野菜不足」だという認識がないまま、食物繊維不足に陥っていたのです。

  さらに血液データをみると、魚などに多く含まれる「オメガ3脂肪酸」の代謝物であるEPA(エイコサペンタエン酸)が、東京都新宿での調査に参加した人たちよりも少なかった。本人の自覚や周りのイメージとは異なる食生活だったわけです。

  じつは、周南市は私の地元です。健康づくりのために市役所や商工会議所、道の駅、地元企業などとタイアップしました。

 まず、「腸内細菌や食事について調べませんか」という研究モニターを募集しました。参加してくれた人たちに食習慣の改善のアドバイスをしたところ、緑黄色野菜以外の野菜の摂取量が1割増え、「草食系」や「雑食系」の腸内細菌も増えてきました。

  スーパーの中に腸内細菌コーナーをつくってもらって、「あなたの腸内細菌のタイプだったら、こういうものを食べませんか」と食材を推奨したり、レストランで腸内細菌に良いと期待される地元食材をつかった「美腸定食」をメニューにしてもらったりもしました。

 また、地元にある、だしの素メーカーと協力し、麦みそを使った「アマニ粒(注)入り肉みそ」を開発してもらいました。これをご飯にかけて食べると、不足しがちなオメガ3や食物繊維をちょっとでも補えるんじゃないかという取り組みです。

 

 注:アマニ(亜麻仁) アマ(亜麻)という植物の種のこと。見た目はゴマに似ている。原産地は中近東といわれ、食用のほか種からアマニ油をとる。栄養価の高さが注目されている。

 

腸内細菌も「分業制」 多様性が必要

  腸内細菌も、人間と同じようにダイバーシティ、つまり多様性があるほうがいいのです。

 なぜかというと、腸内細菌は一つの菌ですべてできるわけではない。自分だけではできないけれど、この菌といっしょに働けば、できるようになるという細菌たちの「分業制」になっているのです。

 逆に、特定の菌だけが多い偏った状態、つまり多様性が低い状態を「ディスバイオーシス」と呼び、いろんな病気の原因になるのではないかと考えられています。

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 「どんな腸内細菌の状態がいいのですか」という問いへの答えのひとつは、多様性を高めることです。いろんな細菌がまんべんなくいる腸内環境をつくることが大事です。

  腸内細菌の多様性を高めるためにどうしたらいいかというと、やっぱり食事が大切です。私たちが食べたものは、そのまま腸内細菌のエサになります。私から言えることは、腸内細菌のことも考え、バランス良くいろいろ食べましょう、ということです。

 つまり、食事は自分たちの栄養だけじゃない、腸内細菌にもエサをあげているんだということを少し意識してもらうといいのではと思います。

 

 その一例が食物繊維です。食物繊維は腸内細菌のエサになり、私たちに良い健康効果をもたらしてくれます。しかし、「現代人は食物繊維が足りない」とよく言われます。そこで、食物繊維の多い食材として知られている「もち麦」に注目しました。

 私たちは兵庫県の加東市などと連携して、白米やパンの代わりに毎朝、もち麦を食べてもらう実験を2カ月間行いました。すると、多くの人で腸内細菌の種類が増え、多様性がアップしました。一方、もち麦を食べても、あまり変化がない人もいました。

 いま私たちは、なぜこうした個人差が出るのかを研究しています。そして、効果が出にくい方には、その人に合った最適な食事を提案できるような社会をめざそうとしています。

短鎖脂肪酸に注目 「腸能力」を高める食品は何か

  最近、注目されているのは、腸内細菌が食物繊維をエサにしてつくりだす「短鎖脂肪酸」が大事だということです。

 短鎖脂肪酸はまず、腸がうねうね動くためのエネルギーになり、腸を元気にします。また、免疫バランスを整えます。脂肪がつきにくくする働きもあります。さらに、病原菌や悪玉菌を減らし、善玉菌を増やすので、腸内環境を良くしてくれます。

 このような短鎖脂肪酸になりやすい食物繊維を、最近は「発酵性食物繊維」と呼ぶようになっています。

 

 「腸能力」を高める食材は、たとえば、小麦ふすま、玄米の糠(ぬか)、大麦、オーツ麦、もち麦、根菜、フルーツ類などです。

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 腸内細菌が短鎖脂肪酸をつくるには、いくつかの菌がいっしょに働く必要があります。

 私たちが食べた食物繊維を、納豆菌などの糖化菌が分解して糖をつくる。この糖を材料にして、乳酸菌やビフィズス菌といったヨーグルトに含まれているような菌が乳酸や酢酸をつくる。

 さらに、この乳酸や酢酸を材料にして、こんどは別の腸内細菌がプロピオン菌や酪酸をつくる。こうしてできた酢酸 、プロピオン菌、酪酸が短鎖脂肪酸です。

 

 腸内細菌は食物繊維をスタートにして、陸上競技のリレーのように、ちょっとずつ物質のかたちを変えながら、最終的に短鎖脂肪酸をつくっています。だから、どれかの菌が足りないと、リレーが続かなくなります。

 

 たとえば、酢酸を作ることが知られているビフィズス菌ですが、むちゃくちゃ多い人と、ちょっとしかいない人がいます。ビフィズス菌が少ない人は、もしかしたら酢酸をつくりにくい腸内環境なのかもしれません。

  ビタミンB1も大事です。マウスの実験では、ビタミンB1が足りないと、酪酸をつくる菌が減少し、その結果、短鎖脂肪酸の一つである酪酸が減ることがわかっています。

 つまりビタミンB1の摂取が腸内細菌と短鎖脂肪酸の産生に影響を与えているのです。

日本人に特有の「やせ菌」を探せ

  ヨーロッパで「やせ菌」の研究が進んでいます。

 その一つが「アッカーマンシア菌」と呼ばれる菌です。この菌を低温殺菌したものが、体重コントロールのための食品として認められています。日本でいえば、機能性表示食品や「トクホ」(特定保健用食品=健康増進を目的に有効性や安全性について国が審査した食品)のようなかたちです。

  日本人は世界でみても肥満が少ないから、さぞかし、このアッカーマンシア菌をたくさん持っているだろう。そう考えて私たちのデータで調べてみると、じつは日本人はこの菌をほとんど持っていないのです。

 それなら、肥満を改善する日本人特有の菌があるんじゃないかと、いろいろ調べました。そうすると「ブラウティア菌」が浮かんできました。肥満ではない方や糖尿病ではない方には、この菌が多い。私たちの調査では、日本人の約9割が、腸内細菌の1%以上のブラウティア菌をもっていることがわかりました。

  ブラウティア菌は、より正確にいうと「やせ菌」ではなく、「太りにくくする菌」です。体重を減らすのではなく、増えないようにする。脂肪がつきにくくする。マウスの実験で確認できました。

 この菌が腸の中で何かをつくって、それが私たちの体に影響しているはずだ。では何を作っているのかと調べていくと、「オルニチン」や「アセチルコリン」などという物質をよく作っていることがわかってきました。

 これらには代謝を促進したり、炎症を抑制したりする効果があります。皆さんはオルニチンというと、「シジミ何個分」などと耳にされているかもしれません。

  日本人で、やせていて、糖尿病ではない人に共通して多い腸内細菌はブラウティア菌です。これが代謝を促進したり、腸内環境を良くしたりする物質を作り、太りにくい体質にしている可能性がみえてきました。

 このあとは、ブラウティア菌を対象にした薬や食品などの開発を進めていこうと思っています。

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腸内環境の大切さを説明する國澤純さん

 

健康増進へ腸内環境の「見える化」を

 こういう話を聞くと、「自分はどれくらいブラウティア菌をもっているんだろう」と気になるかもしれません。

 いま私たちは、できれば「ワンコイン1時間」で腸内細菌を調べられるシステムをつくろうとしています。腸内細菌の全部ではなく、気になる菌を選んで手軽に調べる。

 たとえば、スーパーで買い物をする前に「ちょっとこれを調べておいて」と検体を出し、その分析結果を見て「この細菌が少ないから、今日はこれを食べましょう」みたいなことができるようになればいいと考えています。

 

 今後は、腸内細菌がいればいいというだけではなく、その菌はいったい何を作っているのか、それが体にどう働いているのかが大事なポイントになるでしょう。

 腸内細菌はなかなか変わりにくいものですが、継続的に「食」を工夫することによって、変えていくことができます。

 腸内細菌は私たちの健康がどうなるかを先取りして反映しています。いま腸内細菌や腸内環境がこうなっているから、将来、自分はこうなっていくんじゃないか。それを予測できるかたちになっています。

 ですから、腸内環境を「見える化」することによって、みなさんの健康意識を高めていこうという取り組みを私たちは進めております。

(ライター・橋本聡)

国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN ニビオン)では、腸内フローラデータベース構築への寄付を募っています。詳細はこちら


  • 國澤 純
  • 國澤 純(くにさわ・じゅん)

    国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 医薬基盤研究所 副所長、ヘルス・メディカル微生物研究センター長

    1996年、大阪大学薬学部卒業。2001年、薬学博士(大阪大学)。米国カリフォルニア大学バークレー校への留学後、2004年、東京大学医科学研究所助手。同研究所助教、講師、准教授を経て、2013年より医薬基盤・健康・栄養研究所プロジェクトリーダー。2019年よりセンター長、2024年から副所長。

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