ドーピングの深い闇 1章 ロシアン・ショック リオオリンピック2016:朝日新聞デジタル

ドーピングの深い闇

輝かしい栄光を手にした選手と、大歓声で偉業をたたえる観客。華やかなその光景から一転、瞬時に深い失望へと転落させてしまうのがドーピング違反だ。2016年夏のリオ五輪では開会前、ロシアが国家主導でドーピング隠しをしていたことが発覚し動向が注目された。過去に手を染めたスター選手や対象の薬物、検査や隠ぺいの方法、各国で進みつつある法整備の動向をまとめてみた。

1 ロシアン・ショック

国家ぐるみの隠ぺい

7月18日、前代未聞の不祥事が「事実」として認定された。世界反ドーピング機関(WADA)の調査チームは「マクラーレン報告書」を公表し、ロシアが国家主導でドーピング隠しを行っていたことを明らかにした。マクラーレン報告書によると、モスクワの検査機関は2011年から15年8月にかけて、577件のロシア選手の陽性結果を把握していた。陽性結果はその都度、検査機関からスポーツ省に報告され、上層部の指示で、312件は救済対象として「陰性」にされた。13年にモスクワで開かれた陸上競技の世界選手権でも違反がもみ消されていた。14年のソチ五輪では、検査所で尿検体をすり替えていたことがわかった。スポーツ省の指示で、ロシア連邦保安庁(FSB)も協力。ムトコ・スポーツ相は全容を把握していたとされる。WADAは、IOCや国際パラリンピック委員会(IPC)に対し、ロシアの全選手をリオ五輪とパラリンピックから締め出すことを提案した。しかしIOCは過去に違反歴がないなどの条件を設けた上で、各国際競技連盟に判断を委ねた。陸上、重量挙げで全選手、ボートで22人がリオ五輪から除外された一方で、卓球、馬術は全選手の出場が認められた。IPCは8月上旬にも判断する。

モスクワの検査所で陽性反応が隠蔽されたロシア選手の競技・種目別検体数

WADA検査チームの報告書から

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リオ五輪出場禁止となったロシアの主な選手

左からユリア・エフィモワ(2015年水泳・世界選手権女子100メートル平泳ぎ優勝)、アレクサンドル・ディヤチェンコ(ロンドン五輪男子スプリント・カヤックペア200メートル優勝)、エレーナ・イシンバエワ(女子棒高跳び世界記録保持者)

深夜に「ネズミ穴」から

モスクワのドーピング検査所は、検査結果が陽性になるたびに、スポーツ省に連絡を入れていた。ナゴルヌィフ次官の判断で、有望な選手は「陰性」にするよう指示された。14年ソチ五輪での尿のすり替えは、用意周到だった。メダル獲得が期待される選手は薬物をしばらく使わず、五輪前にきれいな尿を採取。大会前に、ソチの検査所近くのFSBの建物にある冷凍庫に保管した。ソチの検査所には、FSBの人物が待機する部屋を用意した。施設の水道管の作業員を装って出入りしていたこの人物は深夜になると、検査所の部屋の壁に開けた通称「ネズミ穴」からすり替えが必要な検体を受け取った。そして闇に紛れて隣のFSBの建物に走った。尿検体の入ったボトルを特別な方法で開封し、保管していたきれいな尿と一緒に検査所に持ち帰った。尿検体を入れるボトルのふたは、割らないことには開封できない仕組みになっている。しかし、FSBはソチ五輪の1年前に、ふたを割らずに開封する方法を見つけ、五輪に備えていた。

ロシアだけではない

組織ぐるみのドーピングは、ロシアだけの問題ではない。2013年2月、ロイター通信がケニアの陸上界でドーピングが横行していると報じた。国際陸連が調査した結果、反ドーピングの取り組みが妨害されていることがわかった。ケニア陸連の会長を含む幹部3人が、180日間の資格停止処分を受けた。WADAからの要請もあり、今年4月、違反者に刑事罰を科すことができる法案がケニア議会を通過した。ブルガリアでは昨年、複数の重量挙げ選手のドーピング違反が発覚、リオ五輪の参加資格を剝奪(はくだつ)された。今年6月には、IOCが実施した08年北京五輪と12年ロンドン五輪のドーピング検査のやり直しの結果、ロシアのほかにカザフスタン、ベラルーシをリオ五輪から締め出した。国際カヌー連盟は今年7月、組織的なドーピング違反があったとして、ルーマニアとベラルーシを1年間の出場停止にした。

ケニアのマラソントップ選手ジェプトゥーはドーピングで資格停止。これはケニアでは氷山の一角とも言われる

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ドーピングの深い闇 Index

2016年8月3日公開

取材・文:遠田寛生

構成:松田光、山本晋、梅本響子

デザイン:加藤啓太郎

制作:白井政行、中西鏡子、佐藤義晴

敬称略。写真はロイター
敬称略。写真はロイター、朝日新聞社