ニトリ会長が夢に見た風景 京都の名庭園公開 楽しんで頂くのが使命
京都・南禅寺の近くに国の名勝「對龍(たいりゅう)山荘庭園」(京都市左京区)がある。東山と比叡山を借景に、琵琶湖疏水の水を引き入れ、自然との一体感を味わえる庭園だ。今秋から一般公開が始まり、予約なしで見学できるようになった。
この山荘を2010年に数十億円で買ったのが家具大手ニトリホールディングス(HD)だ。
ある時、似鳥昭雄会長(80)は、取引先から1冊の本を見せられた。
對龍山荘庭園の写真が多く載っていた。
「一度、見学だけでもしてみませんか。ご覧になるだけならタダですよ」と、勧められた。
「正直言って、興味はなかった。でも、私はタダとか無料って言葉に弱くてねえ。見るだけならと思って京都に行っちゃった」と似鳥さんは振り返る。
「對龍台」と名付けられた書院に上がった。ここから見る庭園は、額縁に収められた1枚の絵のよう。池の向こうには滝や水車小屋。素晴らしいと思ったが、買おうとまでは考えなかった。
子どものときに遊んだ北海道の川
その晩、夢を見た。
對龍台の足元を流れる川の水が光を浴び、きらめいている。せせらぎの音も聞こえてきた。
北海道で暮らした子ども時代、毎日のように遊んだ、あの川の風景だと思った。同じ夢が2週間続いた。
「これまでのご褒美として、お買いになったらいいんじゃないですか」。会社の役員らにも後押しされ、購入を決めた。夢は、ぱったり見なくなった。
国からの補助を受け、山荘と庭園の再整備を進めた。對龍台など建築物の修理に約8千万円、庭園整備に約1億4千万円。庭園だけで年間の維持管理費は数千万円かかるという。
取引先の接待などに使ってきたが、購入時から考えていたことがある。「これだけ素晴らしい庭園を公開して広く楽しんでいただくのが使命だ」
美術館や奨学金事業も
しかし、思わぬ「反対」もあった。庭や建築の専門家からだ。園路は狭い。多くの人が訪れれば、コケが踏み荒らされる。飛び石の上を歩く習慣のない外国人に、庭園を巡る「作法」をどう伝えればよいのか。
周辺には、美しい庭園を持つ別荘がいくつもあるが、大半は非公開。公開しているのは、明治から大正の元勲・山縣有朋(やまがたありとも)の別荘で京都市が所有する「無鄰菴(むりんあん)」などに限られる。
だが、似鳥さんの決意は揺るがなかった。「できない理由を探さない」をモットーとしてきた。
今年、對龍台をはじめとした建築は国の重要文化財に指定された。庭園に続き、来春にも一般公開したいという。
ニトリHDだけでなく、似鳥文化財団や似鳥国際奨学財団などでも社会貢献に取り組む。
北海道小樽市では五つ目の美術館開設の準備が進む。對龍台を一般公開する際には、浮世絵やエミール・ガレのガラス作品などの所蔵品を合わせて展示できたらと願う。奨学金事業にも力を注ぐほか、京大がん免疫総合研究センターにも寄付したばかりだ。
「私も80歳だからね。思う存分、社会貢献して終わりたい」
7代目小川治兵衛が改修した庭園
對龍山荘は1896(明治29)年、鹿鳴館建設にも携わった旧薩摩藩士・伊集院兼常が建てた。「對龍」の名称は、「瑞龍山(ずいりゅうさん)」という山号を持つ南禅寺と相対する位置に立つことに由来する。後に近江出身の呉服商・市田弥一郎の所有となり、近代日本庭園の先駆者とされる7代目小川治兵衛が改修を手がけた。
入場料は2千円で予約不要。問い合わせは對龍山荘(075・771・1587)へ。(日比野容子)