第5回ryuchellさん、息子の名の由来は「人種差別考えてほしくて」
タレントのryuchellさんは、3歳になる息子に、黒人差別を題材にした映画の登場人物の名前をつけました。人種差別や偏見について考えてほしいとの願いからだそうです。そう考えるようになった理由を聞きました。
ぼくの3歳になる息子の名前の由来は、「ヘアスプレー」というアメリカのミュージカル映画です。
映画の舞台は、黒人への差別が激しかった1962年の米ボルティモア。ダンスが大好きな白人のヒロインが、テレビのダンス番組での黒人差別に抗議し、黒人の友人たちと一緒に踊ることができる番組を作る物語です。息子が大人になってこの映画を見たとき、人種差別や偏見について考えてほしいと思って名付けました。
子どものころから差別や偏見について考えてほしいというのは、ぼくの経験とも関係があります。
「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と結ばれる水平社宣言から100年。日本初の人権宣言と言われ、社会のあらゆる人権問題の克服に向けた原点となってきました。誰にも潜みうる差別の心を溶かす「熱」と、すべての人を等しく照らす「光」を手にできるのか。人間の尊厳を重んじる宣言の精神を改めて見つめます。
幼少期、お姉ちゃんが3人いたこともあって実家にはバービー人形があったのですが、お人形遊びをしていると友だちに「男の子なのに、どうして」「『オカマ』じゃん」と言われました。今では、お人形が好きなだけでセクシュアリティー(性のあり方)を決めつけてからかうのは偏見だとわかりますが、当時はうまく言葉にできませんでした。「ぼくがおかしい」「間違っているのかもしれない」と受け入れるしかありませんでした。
中学生時代は完全に自分を殺して生きていました。ぼくは小学生のときからおしゃれが大好きで、当時はやっていたジャスティン・ビーバーの前髪をまねたり、好きな格好を自由にしたりしていたのですが、中学では上下関係が厳しく、「とにかく目立っちゃいけない」「地味に、空気になろう」と言い聞かせました。全然おしゃれだと思わない格好をしてヤンキーグループとも仲良くし、ディズニーやピーターパンが好きなんてことは絶対言わなかった。中学生の頃って、誰かにひどいことを言われたら、まるで人生が終わったかのように受け取ってしまう。自分を出せないのは本当に苦しかったけど、迷惑をかけたくないからと親にも言えませんでした。
吹っ切れたのは、地元の子がいない高校に入学してからです。個性的な格好をしている生徒がたくさんいて、自分の心をオープンにして発言できるようになりました。ありのままの自分を出すことは気持ちいいと思えたことで、誰よりも濃いメイクをして学校に行くようになりました。ツイッターのフォロワーは高校卒業のときには1万人を超え、県外からも「おしゃれ」とか「応援している」という声が届くようになりました。もし中学のときのように自分を隠したまま生きていたら、上京し、いまのようなお仕事をすることはなかったと思います。
人間ってわからないものに出会うと、型や枠にはめたがります。こういう人たちはきっとこういう考えを持っているとか、どうせこうなんだとか。そう考えた方が簡単で安心できるから。差別や偏見はそんなところから生まれると思います。一緒の考えの人といた方が人間は心地いいから、誰にも注意されないと、差別する人は似たもの同士でくっついていきます。だから差別される側の痛い思いは、差別する側には想像もできないのだと思います。
理解できなくても認める
今、子どもには、いろんな家族が描かれている絵本を読み聞かせています。たとえばお父さんが2人いる家族とか、シングルマザーの家族とか、いろんな背景の家族を描いた絵本です。ママとパパがいて、子どもがいてということだけが普通ではない、いろんな形があってもいいよね、ということを知ってもらいたいからです。差別や偏見をなくす方法は、互いを知る、関わる、交わることだと思っています。大人になればなるほど頭が固くなるから、早い時期から学ぶことが大事だと思います。
もし、将来子どもが間違って差別や偏見による行動をとってしまったら? 正直チャンスだと思います。なぜそう考えたのか理由を尋ね、知らない部分があるのじゃないかな、とか、勝手に決めつけているのではないかと、しっかり向き合って話をするきっかけになります。ここは当たっているけど、みんながみんなそうなのかな、という問いかけもできます。誤解を恐れずに言えば、心から差別しないためには、差別をしてしまい失敗した経験も必要だと思います。向き合って話すことが大事で、叱ってその場限りの反省の言葉を引き出すだけでは意味はないのではないでしょうか。
今回の取材を受けるにあたって、100年前の「水平社宣言」を初めて読みました。とても大事なことが書いてあり、もっと知られて注目されてもいいのにと思いました。なのに正直、有名ではないなあと。100年たって多様性とか新しい言葉も浸透しているけど、まだ言葉だけで、個々人が生き方を変えるまでには降りてきていないとも感じました。
いまよく使われる多様性は、学べば学ぶほど、難しいと感じます。差別や偏見をなくし、多様性を認めようということも押しつけであり、多様性から離れてしまうと反論されてしまうかもしれないからです。でも、ぼくらは「社会」を生きています。多様性を認めることは、なんでも好き勝手にしたり、言いたい放題言ったりすることではないと思います。ぼくが思う多様性は、お互いの「好き」「大事にしているもの」を認めて尊重していくことです。簡単じゃないけど、「理解できなくても認める」というワードをいつも大事にするように心がけています。(聞き手・武田肇)
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りゅうちぇる 1995年、沖縄県生まれ。ヘアバンドや個性的なファッションで注目を集め、バラエティー番組などに多数出演。16年にモデル・タレントのPecoと結婚。著書に「こんな世の中で生きていくしかないなら」(朝日新聞出版)。