劇団ひとりは、なぜ「天才」と呼ばれるのか? テレビ東京・佐久間宣行プロデューサーが語る「天才」の条件
今日から始まる「天才人語」は、今をときめくキーパーソンに「誰を『天才』と思うか」を聞いていく新連載。初回に登場するのは、テレビ東京の佐久間宣行プロデューサーだ。
氏が手がける人気バラエティー番組『ゴッドタン』では、おぎやはぎ、劇団ひとりを中心に、さまざまな芸人やタレントらが活躍。斬新な企画の数々が評判を呼び、一部のコーナーは映画化、武道館ライブにまで発展している。
それゆえ“天才P”との呼び声も高い佐久間氏だが、彼自身は誰を天才と感じているのだろうか? その答えは「劇団ひとりです」 。そこには佐久間さんならではの深い理由があった。
天才とは「勇気と実行力があって、道を切り開ける人」だ!
――佐久間さんにとっての「天才」が何かを掘り下げるにあたって、誰を天才と思うか事前にうかがったところ、劇団ひとりさんのお名前が挙がりました。人気のある方ですが、失礼ながら世間的には「天才だ!」と広く思われているタイプではないですよね。
佐久間 あまり天才ぶる感じではないですね。でも彼は小説『陰日向に咲く』でミリオンセラーを出していたり、それが映画化されて興行収入が20億円近い傑作になったり、役者としては日本アカデミー賞で10冠に輝いた映画『八日目の蝉』に出演したり、芸人としてそれまでその他大勢がやっていなかったことに挑戦して結果を出しているんですよ。
今でこそ又吉(直樹)くんがいますが、劇団ひとりが『陰日向に咲く』を書いた頃は、まだほとんど誰も小説を書いていなかった。実は、芸人が多彩にいろいろやる動きの先駆けになってるんですよ。劇団ひとりが小説を書いてヒットしたから、芸人小説ブームみたいなものも起きた。芸人さんも上の世代が詰まっていて、何か自分たちで結果を出さないといけないっていうときに、真っ先に行動して他の人と違うことをやった。しかも、ここぞ、という仕事が全部傑作なんですよ。
――小説や役者仕事以外に、どんなものがあるんですか?
佐久間 何より単独ライブですね。これがまた異常なんですよ。普通の芸人さんのライブって、ネタをやってVTRを挟んで、その間に着替えたりしてまたネタをやって……で90分くらいなんですが、5年前に見た劇団ひとりの単独ライブは、5分のコントをやったら下手(しもて)にはけて早着替えして30秒くらいで出てきて次のネタをやって、というのを繰り返して60分くらいで終わるんです。だからもう、嵐のようにやって嵐のように面白くてそのまま終わる。あれは相当な力量がないとできないので、すごいと思います。
劇団ひとりの単独ライブって、すごく狭いところでしかやらないから見たことがある人が少ないんですけど、本当に面白いんですよ。それから、以前コント番組を一緒にやっていた時期があって、リハーサルを8回くらいやると、劇団ひとりは毎回違うボケのセリフを言って、それが全部面白かった。これはバカリズムもそうでしたね。どんなときでも面白いことを狙って、それを外さないのはさすがだと思います。
――劇団ひとりさんが天才だという評価は、テレビ業界では共通の認識なんですか?
佐久間 芸人はみんなそう思ってると思いますよ。若手と話していても、やっぱり別格な扱いをしていると感じます。
――そもそも佐久間さんにとって、「天才」の定義はどんなものでしょうか?
佐久間 才能だけじゃなくて、勇気と実行力があって、道を切り開ける人、ですね。だから「あの人天才なんだけど、恵まれなくて」みたいなことを言われる人は、あまり「天才」だと思わないです。そういう意味で、劇団ひとりはパイオニア的なところがたくさんある。天才ぶらないからわかりづらいだけで。
――「天才ぶる/ぶらない」っておもしろいですね。そこは明確に違うんですか?
佐久間 劇団ひとりみたいな、自分がつくるものや自分の力量で食える人は天才ぶらないですよね。僕はそっちのほうが本物だと思います。天才ぶるのは、そうするほうがおいしいからやるんですよ。天才に見せることで食べている人は、本当の天才だとは思わないです。劇団ひとりがすごいのは、そういう天才的なところというか変態的なところと、お茶の間タレントを両立しているところなんですよ。
――「お笑い風」もちゃんとできる、と。(注:「お笑い風」とは『ゴッドタン』でハライチ・岩井勇気が提唱した概念。バラエティー番組などにおいて、出演者の取るに足らないトークをあたかも面白い話のように受け止め、場を盛り上げる芸人の技術やスタンスを指す)
佐久間 『ゴッドタン』では「お笑い/お笑い風」っていじりもしてるけど、やっぱり両方できるほうがかっこいいと僕は思います。
――「勇気と実行力がある」というのを「天才」の定義として挙げられていましたが、実力はあるのに実行に移せなくて潰れていった人たちを何人も見てきたんでしょうか。芸人さんには、そういう人が多そうなイメージがあります。
佐久間 そうですね。実力があってつくった作品が面白ければ、それはいつか日の目を見るんだと思います。でも、実力があっても作品に結びつかないのは天才じゃないんじゃないか。作ったものが売れる/売れないはまた別の話で、それだけで天才/凡才は判断できないですが、「すごく才能はあるように見えるけど、作り上げてない人」はそこにも至ってないですから。
――「天才」的な存在に自分が憧れたことはありますか?
佐久間 たくさんあります。でも、天才になりたいとは思わないですね。「なれるわけがない」と思って生きてます。フィクションでも、天才がなんでも解決するタイプの作品は庶民の目で見ちゃいますね。マンガ家の吉田秋生さんも天才だと思う人の1人ですが、『BANANA FISH』では天才のアッシュ・リンクスよりも、英二に共感してそっちの視点になるというか。
天才の奇想天外なアイデアを世間にマッチさせる喜び
――佐久間さんは、天才だと思っていらっしゃる劇団ひとりさんと長く一緒に仕事をされていますよね。天才への接し方のコツのようなものはあるんですか?
佐久間 劇団ひとりだけじゃなくてバカリズムもそうなんですが、才能のある人と付き合っていくうちに、そういう人の邪魔をしないというか、彼らの思ったものをちゃんと具現化させるノウハウのようなものはなんとなく身についたかな、と。なのでそこを大事にして頑張ろうかなと思ってます。
才能のある人を才能の通りに世の中に出すって、それはそれで難しいんですよ。彼らの特性に合った企画を見つけてアイデアが出やすい環境を作って、出てきたアイデアがうまく歯車がかみ合うようにして送り出すのは、それなりに“わかっている人間”にしかできない作業なんだと思います。天才は天才のまま、いつかは何か素晴らしい結果を残すものだと思うんですけど、天才の原石に勇気を与える作業は、僕ら庶民ができることなんじゃないかと思います。
――そうやってお仕事として天才と世間をマッチさせる喜びもあるんでしょうか。
佐久間 特に今はそうですね。30歳くらいのときは、彼らと張り合って、悔しいと思った時期もありました。打ち合わせをしていても、自分ではまったく思いつかないような飛び抜けたアイデアが出てくるんですよ。でも仕事の仕方が変わってきて、30半ばを過ぎてからは「アイデアを出してもらうために資料を集めてみよう」とか、天才という機関に燃料をくべる方法を考えるようになりました。
――そこで出てきたアウトプットに「ん?」と思っても、ブレーキをかけずにとりあえず一回世に出してみよう、となるんですか?
佐久間 というか、天才は本当に最初は意味の分からないことを言うんですよ。
――例えばどんなことですか?
佐久間 『ゴッドタン』の人気企画「マジ歌選手権」(注:芸人が自作の「マジ歌(ギャグ抜きで真剣に作った歌)」を発表し、出来を競い合う企画)で劇団ひとりがやったキャラクターに「トシムリン」っていうのがいるんです。
最初に劇団ひとりから「田原俊彦とグレムリンが一緒になってトシムリン」って言われたとき、わけがわからなくて。でも、ひとりの目がキラキラしてるから多分やれるんだろうな、と。
二人でキャラクターを詰めていく中で「トシムリンはこれ着ますか?」「いや……これは着ない」みたいなやりとりをするんですけど、正解がわかんねぇよ、って(笑)。
――でもそれを、わかりやすくまとめることはしなかったわけですよね。
佐久間 しないですね。とりあえず劇団ひとりの正解を探して、それにできるだけ近い形で世に出してあげたいので。
人一倍傷ついている天才たち……正しい接し方とは?
――「天才は常人には理解されづらい」「才能のある人は社会性がない」みたいなイメージもあると思うんです。
佐久間 僕が会った中で天才だと思う人たちは、だいたい人一倍傷ついているし、人一倍怒ってますね。自分にできることが大きいと思うから、できていない自分の現状と折り合いをつけるのも大変だと思う。自分がわかっていることが100だとすると、20くらいしかわからない人と話をしなければいけない。彼らは感受性が強すぎて、僕らには止まっているように見えてもものすごい速さで壁にぶつかり続けてるんだ、というようなことは感じますよ。
それは芸人よりも小説家の方たちですね。西加奈子さんとか、友達ですけど「大変そうだな」って思う。どこかのテロで人が亡くなったとき、僕らは情報を含めて「痛ましい」と思うけど、たぶん西さんは他人事でないように感じてしまう。そういうところが彼女の書く小説には反映されていると思います。でも、世界中で起きている出来事を他人事じゃなく感じていたら、生きるのは大変ですよね。天才のほうが大変だと思いますよ。
――そういう人の近くにいる人は、どう受け止めたらいいんでしょう?
佐久間 仕事じゃないなら、ぼーっとしていればいいと思う(笑)。僕は基本的に天才の苦悩も面白がってるんで、その近くにいる苦労はないですね。
――ここまでたびたびご自身のことは天才ではないとおっしゃっていますが、世間的には佐久間さんも「天才プロデューサー」と称されることはあると思います。それはどう受け止めていますか?
佐久間 そんなに言われたこともないですけど、僕ははっきり天才じゃないからなんとも思わないですね。僕に長所があるとしたら、インプットの数が多いから引き出しが多いことと、他人から何を言われてもなんとも思わない鋼のメンタルです。「死ぬときには暴露本を出す」と考えていれば、どんな仕事もだいたい笑い話になるという考えで(笑)。好きなように生きているから楽しそうに見えて、だからときどき天才だと勘違いする人がいるのかもしれないけど、僕は努力の人ですよ。
――たしかに、ツイッターを拝見していても、演劇や映画、マンガ、小説、海外ドラマなど、幅広くカルチャーに接していらっしゃいますよね。年齢を重ねると、なかなか時間が取れなかったり、新しい作品に手を出す気力がなくなっていったりしがちですが、そういうことはないですか?
佐久間 感性は植物と一緒ですからね。絶えず水をあげていれば、そうそう枯れない。とはいえ人生はそればかりというわけにもいかないですから、おやすみしないといけない時期もあるとは思いますが。
でも僕は根本的には世の中はどんどんおもしろくなってるし、おもしろい作品もどんどん生まれると思うので、それを知りたいしわかる自分でいたい。ストライクゾーンの幅を狭めないで、いろんなものを摂取して面白いと思いたくて、この仕事をやっているようなものですからね。
(撮影・逢坂聡)
プロフィール
佐久間宣行(さくま・のぶゆき)
テレビ東京所属の番組プロデューサー、演出家。『ゴッドタン』『NEO決戦バラエティ キングちゃん』『おしゃべりオジサンと怒れる女』など数々のバラエティー番組で斬新な企画を展開。『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』や『ゴッドタン マジ歌ライブ』など、番組の枠を超えたコンテンツも少なくない。著作に『できないことはやりません ~テレ東的開き直り仕事術~』(講談社)