山口の古い街並みに約100種類のパン/プチラボベーカリー
季節の野菜が並ぶランチプレート
美祢(みね)市は山口県の中西部、秋吉台のある町だ。時が止まったように静かな美祢駅周辺。古い街並みに、築百年を数える3階建ての木造建築が建っている。その前にできた長蛇の列。みんななにを待ちわびて長い間待っているのだろう。
扉を開けると疑問は氷解。山口にアマムダコタンがあった。そんな感想が漏れるほど、はみだすほどたくさんの野菜をはさんだバーガーや、クリームをたっぷり注入したおやつパンなど、SNSに上げたらたくさんいいねが付きそうなコケティッシュなパンが勢揃(ぞろ)いしていたのだ。
約100種類のパンを揃え、階上にカフェも備える。こんな店が作れるってどれだけパワーがある人なんだろう。
その人は、独学でパンを学んだ、3児の母、内藤加奈さん。赤ちゃんをおぶって自宅でパン屋をはじめたという。
「23歳のとき、子供にパンを作ったらすごくよろこんでくれた。それまで、『一生専業主婦で生きていく』って言ってたのに、いきなり『パン屋になりたい』。お金もなかったので、図書館に通って、いろんなシェフの本を読んで勉強しました」
徹夜でパンを作っても1時間で完売するほど人気となり、創業して5年後に元々郵便局だったこの物件に出会った。
「この建物に来たら、カフェをやってパン屋をやってというイメージがどんどん湧いてきました。山口県ではまだまだハード系のパンをおいしく食べる方法が知られていない。『こうして食べたらいいよ』って提案するカフェを作りたかったんです」
パン売り場の奥に、”お勝手”と呼びたくなるような昭和な厨房(ちゅうぼう)、その前を通り抜けると急角度の木の階段。そろそろ上がると、古い街並みを見下ろすカフェスペースがある。
ランチプレートはキッシュorグラタンを選択、そのまわりに季節野菜のお惣菜(そうざい)が色とりどりに並ぶ。クリームチーズで和(あ)えた柿、青唐辛子のマリネ、蓮根(レンコン)のおひたし…季節の野菜が色とりどりに並ぶ。
「ちょっとずついろんなものを食べてほしい。いまはみんな仕事で忙しくて、食事もぱぱっと食べることが多いですよね。ここに来たら、野菜しっかりとれたって胸を張って帰っていただけるように。2階から幸せそうな顔で降りてきてくれるのがうれしいんです」
地元で取れた旬の食材を使う。中には、たくさんの野菜を持ってきてくれるお客さんがいる。
「『収穫したよ』って、おばあちゃんが育てた野菜を、段ボールいっぱいくれるんです。お金を払いたいけど絶対受け取ってくれないので、パンをさしあげて物々交換。来たもので作るライブ感がすごく楽しくて、食材があるとアイデアが湧くんです。『こんなにかわいいニンジンあるんだ、フォカッチャにしよう』って、インスピレーションのまま作る。『明日こういうパンが出ます』って、Instagramでみなさんにシェアしています」
クリームが濃厚極まりない「カカオ・ピスタチオ」
キッシュの感動的なかりかり感。嚙(か)んだ瞬間、ぼろっぼろ、木っ端微塵(みじん)。その中にとろけるアパレイユ。玉ねぎの甘さ、青ネギの芳香と、冬の風味がじーんと滲(にじ)む。
「どうにかしておいしいキッシュができないか試行錯誤しました。ざくざくにしあがるように全粒粉の配合がすごく多いんです。豆乳と太白胡麻(ごま)油をしっかり混ぜて、バターの代用にしています」
「カカオ・ピスタチオ」の濃厚極まりないピスタチオクリーム。カカオ生地は、硬く見えて実にソフト。クリーミーに溶けて、ピスタチオとのダブルクリームに変貌(へんぼう)する。
「カカオや抹茶のようなぱさついちゃう生地は120℃という低温で焼いて、しっとりしたお菓子みたいな食感に仕上げています」
どのお料理やパンを食べても、家庭的なやさしさに満ちていて、その奥深くでとんでもない一生懸命さとロジカルさに出会う。それはなぜなのだろう。
生後間も無く養護施設に入所し、0歳から18歳までそこで暮らしていた。お金も自由にならず、クラスメートがコンビニでお菓子を買うのを眺めていることしかできなかった。高校生になって、はじめてサンドイッチを食べたとき、人生観が変わったという。
「ハイターみたいな香りに感じられて、食べられませんでした。そのとき、食で自分の人生が支えられてきたことに気づいたんです。ちっちゃい頃から食べてきたものが、今の自分を作ってくれてるって。施設ではいつも手作りのものを食べさせてもらっていました。めちゃくちゃ大切に育ててもらったんだなって。みんなは進学してなりたいものになれるけど、私は寮があるところにしか就職できない、ついてないって、他人と比較してスレていたんです。でも、自分のことを思ってごはんを作ってくれる人がいた。それが生きる上で大切なんだなって思いが、いまのプチラボを作っているんです」
食べ物を作ってくれる人への感謝、食べてくれる人を幸せにしたいという情熱。それは必ず伝わって、にぎわいを作りだすということを、プチラボは示していると思った。
プチラボベーカリー
山口県美祢市大嶺町東分3405-3
0837-52-9236
11:00~16:00(cafe 11:00~14:00)
土日祝休
https://petitlabbakery.com