今年の音楽の流行語は? 「チーム」+「友達」の造語の発明
音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の6本。
1 “チーム友達”(千葉雄喜『チーム友達』作詞:千葉雄喜)
2 “俺の色違い” (金属バット 友保隼平)
3 “スリーアウトチェンジ”
4 “焦りはブス”(小嶋陽菜)
5 “不審者からやり直し”
6 “信じて。疑っちゃダメ”(アンミカ)
日々の雑感をつづった末尾のコラムも楽しんでほしい。
頭ひとつ飛び抜けた「チーム友達」
そろそろ年の瀬が近づいてくる。今年の流行語は何だろう。「そんなの関係ねえ」「PPAP」「なんでだろう〜」「I‘m a Perfect Human」みたいに、お笑い芸人のいわゆる音ネタから流行語が生まれるケースは過去にたくさんあった。その度、なぜミュージシャンが作る音楽からは流行語が生まれないのだろうと、内心ではがゆく思っていた。80年代、90年代は、これぞ流行歌というような曲が生まれては、そのキャッチーな歌詞が時代を彩って、皆が口にする流行語の役割も担っていたのに。
それが気づけばここ数年、お笑い芸人からは流行語が生まれにくくなっていて、逆に音楽から徐々に生まれるようになってきた感じがする。Adoさんの『うっせぇわ』は記憶に新しいところだと思う。サビの「うっせぇ うっせぇ うっせぇわ」は、もはや知らない日本人はいないのではないだろうか。
今年は音楽発信の流行語は何かあっただろうかと考えた時、「Bling-Bang-Bang-Born」「はいよろこんで」「ギリハッピー」など様々あった中で、一番はやっぱり「チーム友達」ではないかと思う。HIP HOPカルチャーにおけるこの曲の意味みたいなところを大きく飛び越えて、この曲は日本中の若者にシンプルに“キャッチーな曲”として広まっていった印象を受ける。「チーム」+「友達」というポップで明瞭な造語の発明という点でも、頭ひとつ飛び抜けている感じがする。
トラックはあくまで重くて暗くて、それとは対照的にリリックは脱力感があって明るい。その違和感が不気味さと共にクールに響く。世の中には、本来はプロ仕様に開発したはずの商品が一般ユーザーにヒットする、みたいな商品が時々あるけれど、この曲はそれと同じように、HIP HOPカルチャーの中で正しく生まれながら今の時代の若者の生活にナチュラルにフィットしたような感じがする。
TikTokの登場以降、それまでよりも格段に“流行歌”みたいな曲が生まれやすくなっている。これからも老若男女、“誰もが知っているあの歌”みたいなものがミュージシャンの手から生まれて、世の中を彩ってほしいなと思う。
「同じ」と「違う」の間で揺れ動く感情の機微
10月3日放送ABCテレビ『やすとものいたって真剣です』でのこと。いつもふざけてばかりいる金属バットの友保隼平さんをインディアンスの田渕章裕さんがご飯に誘って、出来るだけ真面目な話をしていた。謎の多い男、友保さんの生い立ちの話になり、学生時代どんな子だったかを尋ねると、友保さんは「マジ、めちゃくちゃ根暗よ。友達はおったけど、俺の色違いみたいな。みんなレゴとか、プラモとか、好きやったよ。エアガンとか」と言って笑った。
その“俺の色違い”という表現がいいなと思った。服を選ぶ時、形もサイズも同じなのに色が違うだけで別物に見えるあの感覚。別物なんだけど、形もサイズも一緒だから着ると当然しっくり来てしまって、どっちにしようか迷うあの感覚。迷った揚げ句、決めかねて色違いで両方買ったとて、結局なぜか一方だけ気に入って、片方ばかりを着てしまう、あの感覚。“色違い”という言葉は、「同じ」と「違う」の間で揺れ動く感情の機微みたいなものをはらんでいる気がする。
ふと、いつか子供に読んであげた五味太郎さんの『にているね!?』という絵本を思い出した。馬と椅子が会話をするだけの本で、馬が人をのせるんだと言うと、椅子は僕もだと言う。馬がおれは4本足だと言うと、椅子が僕もだと言う。そうやって話していくうちに椅子が僕たちは同じだねと言う。すると、馬は同じじゃない、似ているんだと答える 、というような内容の本だった。シンプルな短いやり取りの中に、とても大切なメッセージが込められた、素敵な本だと思った。
この世には自分と同じ人間はいない。でも、似ている人間はいる。そして多分、自分と色違いの人間もいるのである。
ことわざを令和版にリニューアルしたら
8月20日放送の中京テレビ『太田上田』でのこと。爆笑問題の太田光さんとくりぃむしちゅーの上田晋也さんが、ことわざを令和版にリニューアルして遊んでいた。話し合いの結果、「鬼に金棒」は「大谷翔平に金属バット」に、「猿も木から落ちる」は「メガネザルがレーシック」に、「井の中の蛙(かわず)、大海を知らず」は「井の中の貞子、幸せを知らず」にアップデートされた。
私は昔、SUPERCARというバンドでデビューした時、ファーストアルバムに『スリーアウトチェンジ』というタイトルをつけた。言葉のインパクトを重視しただけで深い意味はなかった。裏を返せば、インパクトさえあればタイトルにしても良かったのである。なのに、なぜこの言葉にしたかというと、それは当時、私の中で「仏の顔も三度まで」をポップにアップデートしたら「スリーアウトチェンジ」になるんじゃないかと、ぼんやり思っていて、それが妙に頭に残っていたからである。
番組での2人の会話の盛り上がり方を見てもわかるように、ことわざのアップデートはもれなく妙にポップな言葉になるから楽しい。皆さんも飲み屋でやってみてはいかが。
「焦りはブス」が突いた物事の本質
9月26日放送のテレビ朝日『あざとくて何が悪いの?』でのこと。アパレル会社の社長として、社員70人を 束ねる小嶋陽菜さんの“あざと仕事術”に密着していた。忙しく働きながらも常に可愛さを忘れない姿勢は、社員からの信頼も厚く、ある社員が社長が言った名言として「焦りはブス」という言葉を紹介していた。
言われてみれば、エレガントに焦っている人など、見たことがない。焦っている人は、もれなく残念な様子になっているものである。心の持ちようを示す表現として、これはものすごくキャッチーかつ端的に物事の本質を突いている言葉のような気がする。
子供が持ってきたテストにケアレスミスをよく見かける。親としては「これを間違えなかったら、あと〇〇点テストの成績が良かったのに!」みたいに考えがちだけれど、たぶん、ケアレスミスというのは事故みたいなもので、つまりは確率みたいなものなのだろうなと思う。たとえ、その問題を間違えなかったとしても、きっとその分ほかの問題でミスをするのである。親として掛けるべき言葉は「なんでこんな簡単な問題を間違えたの! もったいない!」ではなく、「普段から落ち着いて問題を解くクセをつけような」しかないのではないだろうか。車の運転に置き換えたら分かりやすいかもしれない。事故を起こす確率を下げるために出来ることは、なるべく落ち着いて運転すること以外にないのだから。
「焦りはブス」。確かに、この世は焦ったところでいいことなど何もないのかもしれない。見れば見るほどよく出来た名言のような気がしてくる。
- 1
- 2
アンミカは打たられ強い人だと思った❗️
もし自分がブスだったら大人しくしてるんだと思う🫢
つらなる毎日の生活でちょっとした気分転換や気持ちの解消を自働的かつ他動的両方の面からかるくたのし行えるようになりたい。