津軽の文明交差点、昭和の風情まとう油川温泉 | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]
ニッポン銭湯風土記
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津軽の文明交差点、昭和の風情まとう油川温泉

青い油川温泉と、赤い油川温泉

旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。私もその一人だ。が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。この習慣は地元でも旅先でも変わらない。昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。

短くなった津軽線に乗って

その日、津軽では午前中からバケツをひっくり返したような大雨になった。

JRはまず五能線が止まり、次に奥羽(おうう)線も止まった。雨は雷鳴をとどろかせながら親のかたきのように数時間にわたって地上のあらゆるものをたたき続けたが、夕方になって急に力を失い、いつの間にかやんだ。

すると、息を潜めていた列車たちは再び動き出す。その日の予定が大きく狂ってしまった私も駅へ向かい、青森駅から津軽線に乗った。私にとって夕方は「銭湯へ行く時間」だ。

津軽線は青森駅から津軽半島を北上し、竜飛岬の少し手前の三厩(みんまや)で途切れる盲腸線だが、2022年8月の豪雨で山間部の線路が大きな被害を受け、途中の蟹田駅から先は不通となって、半分くらいに短くなってしまった。2024年の5月になって、その不通区間の「復旧断念」が発表された。「津軽海峡・冬景色」のメロディーを思い出すような、なんだか儚(はかな)げなローカル線だ。

儚くも短い路線とはいえ、帰宅時間帯ということもあって座席はほとんど埋まっていた。地元では大事な通勤通学の足なのだろう。どうせなら現在終着の蟹田まで乗りたいような気もしたが、目的の銭湯は1駅目の油川(あぶらかわ)にあるので、結局すぐに降りることになった。

10人以上の乗客が一緒に降りたが、駅前はガランとして人の姿がほとんどなく、気がつくと一緒に降りたはずの人々の姿も消えていた。たった1駅で、県庁所在地としてにぎやかに人々が行き交っていた青森駅とは雰囲気が一変、ここが正真正銘の「津軽」であることを思い出した。

油川の駅前通り。なんとなく「津軽」を感じさせる茫漠(ぼうばく)とした街なみ
油川の駅前通り。なんとなく「津軽」を感じさせる茫漠(ぼうばく)とした街なみ

油川の油川温泉は駅からほんの数分、国道280号の交差点にあった。なかなかにレトロな味わいの外観だが、看板もなく、暖簾(のれん)も出ておらず、少し薄暗くなりつつある時間もあって、営業しているのかどうか不安になる。でも扉の奥には薄明かりが見えるので、きっと営業しているのだろう。東北のレトロな公衆浴場はえてしてそういうパターンが多い。

夕暮れ少し前の油川温泉
夕暮れ少し前の油川温泉

北の果ての海

油川温泉の右横の道の100メートルほど先に低い堤防のようなものが見えている。すぐそこが海岸のようだ。気になって風呂の前に行ってみた。

そこは津軽海峡からリンゴ型に入り込む陸奥湾の一角で、昼間の雷雨がウソのように静まりかえっていた。雨上がりで上空はまだ雲に覆われていたが、その下は空気が洗い清められて視界がクリアに広がっている。

海辺には漁船を格納する舟屋のような建物が並んでいて風情があったが、それ以上に周囲の山々、八甲田山から下北半島、津軽半島がぐるりと陸奥湾を取り囲んでいるのがきれいに見渡せて、目を奪われた。

二つの半島が向き合うところで海がパックリと口を開け、津軽海峡へつながっているさまが絵に描いたようだ。私はその先にある北海道を思わずにいられなかった。

【動画】油川の海岸から陸奥湾を見渡す

そうか、もう北海道の手前なのか――。

じつを言うと私は今回、JRの「青春18きっぷ」で旅をしていた。神戸を出発して長野・新潟・鶴岡・秋田をゆっくりと経由し、6日目にしてようやく青森にたどり着いたのだった。

私は特に鉄道マニアではないが、チープな旅好きとして青春18きっぷには長年さんざんお世話になってきた。ただでさえ減っているJRの地方ローカル線は、近年の異常気象による災害であちこち寸断され、そのまま廃線の危機状態に陥っているところも少なくない。

新幹線開業による在来線の第三セクター化も重なって、JRの普通列車が走る線路はどんどん短くなっている。この調子だと、もしかすると青春18きっぷも遠からずなくなるのではないか……。そんな漠然とした不安にかられ、よし、この夏は徹底的に18きっぷで旅しようと決めたのだった。

正直、還暦を過ぎての18きっぷ旅は腰がつらい。それでも神戸からひたすら鈍行列車を乗り継いで、ついに本州の果てが見える海辺に立っていることに、私はなにやらしみじみとした感慨を覚えた。むかし北海道がまだ蝦夷地(えぞち)だった頃、ここまで来た和人たちは何を思ったのだろう。

油川の夕焼け
油川の夕焼け
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