池松壮亮×奥山大史監督「社会を直接描かずして社会を描く」 映画『ぼくのお日さま』が未来に残す物語
映画界が今注目している若手監督、奥山大史(ひろし)。22歳の時に制作した『僕はイエス様が嫌い』(2019年)は、サンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞。そして第77回カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門に選ばれ話題となった、奥山監督の商業デビュー作となる映画『ぼくのお日さま』が、9月13日に全国公開される。舞台は雪深い田舎町、フィギュアスケートを通じて出会った3人が繰り広げる、雪解けまでの淡く切ない物語を描いている。
本作でスケートコーチ役として出演している池松壮亮さん。脚本の途中から「池松さんにコーチ役を当て書きした」という物語が生まれた背景と、まばゆい光と氷を滑る音、息づかいを映し出した美しい映像が生み出された裏側を聞いた。また主人公の少年が吃音(きつおん)で、コーチが同性パートナーを持つマイノリティーを描く上で気をつけた点を掘り下げた。
奥山さん「余白が多く、特定しすぎない映画にしたい」
2人が出会ったのは、池松さんから奥山さんに「監督をしてほしい作品がある」と声をかけたのがきっかけだったという。どのような経緯で池松さんは参加することになったのか。
池松:その頃すでに奥山さんはこの映画の企画を温めていました。こちらは別のプロデューサーの方から「監督はまだ決めていない作品があって、これからの監督とやりたい、海外を混ぜて作りたい、誰がいいか」と相談されて。内容を考えて奥山さんがいいんじゃないかと思い、プロデューサーと会いにいきました。そこから交流が始まってHERMÈS(エルメス)のドキュメンタリーフィルムの企画に誘ってもらって。その後本作のプロットをいただいて、僕とそのプロデューサーも参加させてもらうことになりました。
前作『僕はイエス様が嫌い』も雪深い地方が舞台。冬、雪をモチーフにする理由、スケートの物語が生まれた背景には、奥山さんの嗜好(しこう)、幼少期にスケートを習っていた経験が関係している。
奥山:冬が好きというのが一番大きいです。好きな映画も冬を描いている作品が多いのですが、自分で撮影をするので撮る対象として雪が好きなのもあります。雪があると余白が作りやすく構図が決めやすい。スケートを主軸にしたストーリーラインは、僕がフィギュアを習っていたことがあり、音楽に乗せて風のように踊っている人を見ると「あんなふうに踊れたら気持ちいいだろうな」と見とれていた経験が影響していると思います。
「ぼくのお日さま」というタイトル通り、劇中の光がとにかく美しい。スケートリンクを滑るシーンでは外からスポットライトのような光が差し込み、人々を美しく照らす。雪深い屋外も柔らかい冬の光に包まれている。
奥山:スケートリンクのシーンは照明を外から入れてもらっていますが、外のシーンは自然光です。タイトルに「お日さま」と入っているくらいなので、太陽の光をなるべく画の中に取り入れたく、天気待ち・日待ちは比較的多かったと思います。
劇中にはラジカセやガラケー、古風なガソリンスタンドが登場する。時代設定については「余白を多くしたい」という思いから、あえて明確にしていない。
奥山:スタッフやキャストには2001年ごろと伝えていましたが、時代はなるべく明言せずに撮れたらと考えていました。時代設定に加えて、地域も特定していません。雪国ですがセリフを方言にしなかった理由も同じです。場所も実際にある街ではなく架空の街に設定しました。余白を多く作り、全てにおいて特定しすぎない映画にしたいと思いました。
池松さん「今までで一番難しかった」氷上シーン
池松さんが演じるのがスケートコーチの荒川。かつて人気選手だったが、今は田舎街のスケートリンクで子どもに教えている。池松さんは「氷の上にも乗ったことがない」未経験の状態から、半年前に準備を始めて撮影に臨んだ。
池松:今までで一番難しかったです。これまでの経験から半年あれば何とかなるだろう、一応映れるレベルにはなるだろうと思っていましたが、一番焦りました。途中、これは無理なんじゃないかと思いました(笑)。半年間通いましたが、最初はスケートリンクに2秒も立っていられなかったんです。そこからなんとか立てるようになって、少しずつ滑れるようになって。奥山さんは昔からされていたのでとても上手ですし、滑りながらカメラを担いで撮影もやっています。子役の2人もとても上手だったので、足を引っ張らないよう必死でした。
奥山:僕は子どもの頃フィギュアを習っていたのですが、子どもと大人で上達速度に圧倒的な違いがあるのを感じていました。子どもは重心が低いし何回か転べばすぐに滑れるようになりますが、大人はそう簡単にはいかない。スケート映画って、どうやっているんだろうと見ると、日本の映画はそもそもコーチがリンクに上がらない。海外の映画だと、長靴を履いてリンクの上に上がってしまう。長靴で上がってもらうことも考えましたが、そこは経験者から見た時も説得力のある描写にしたくて、池松さんには一応スケートシューズを履いていただきつつも、滑らない可能性も考えながら脚本を書き進めました。半年前から練習を繰り返してくださったおかげでどんどん滑れるようになり、それを前提に脚本を書き直しました。教えていた先生も池松さんの上達ぶりにはびっくりしていましたね。おかげで3人で一緒にリンクを滑るシーンを撮り重ねることができたのは、作品にとっても本当に良かったです。
劇中には、荒川がフィギュアスケーターとして活躍していた時代の雑誌やカレンダーが映るシーンも。映画の公開が決定した際、最初に公開されたのがその写真で、池松さんの美しいポージングが話題を集めた。
池松:あの写真はフィギュアの衣装は着ていますが氷の上ではないんです。背景はCGなんですよ。
奥山:荒川が滑るシーンやコーチとして教えているシーン、このプロ時代の写真も、元アイスダンス選手で俳優の森かなたさんに監修をしていただいています。森さんのポーズを池松さんに同じようにやっていただくと、本当の選手のように見えて魅力的ですよね。
荒川の恋人は、同性パートナーの五十嵐。五十嵐は地元のガソリンスタンドで働きながら、荒川と生活を共にしている。五十嵐を演じているのが若葉竜也さん。若葉さんのキャスティングは構想段階からあり、池松さんに相談したことで背中を押されたそうだ。
奥山:脚本を書いていた時、荒川を池松さんに引き受けてもらえた時点で五十嵐は若葉さんにオファーしたいと思っていました。池松さんに相談すると、「ちょうど別の作品(『愛にイナズマ』)で一緒にやりましたけど、五十嵐役に合うと思いますよ」と言っていただいたと思います。若葉さんにオファーをする時に、脚本自体はかなり途中段階だったこともあり、自己紹介文を書きました。タクヤ、さくら、荒川、五十嵐の4人、「何年に生まれた」「どこで生まれた」「いつどのようなきっかけで2人は出会ったか」といった内容でそれぞれA4の紙1枚分くらいです。それをお送りした上で、二人きりでお会いする時間もいただき、なぜ若葉さんに演じていただきたいと考えているか、お話した記憶があります。
『愛にイナズマ』(2023年)から2度目の共演となった池松さんと若葉さん。夢を諦めた元フィギュアスケーターと実家のガソリンスタンドを継いだ恋人。含みの多い2人をどのように紡いでいったのか。
池松:『愛にイナズマ』の時は実は、カメラが回っていないところでほとんどちゃんと喋(しゃべ)っていなかったんですが、今回はたくさん話しました。若葉くんの撮影は3、4日くらいでしたが、余白の多い脚本をどうしようかと思う部分もあるだろうなと思い、撮影現場までの行き帰り30分から1時間くらい、キャストカーの中で2人になる時間にその日撮るシーンや翌日のシーンの相談をしました。そこから現場に入って奥山さん、プロデューサーを交えてまたたくさん話をしました。若葉くんはとてもキャッチの早い人で、いち俳優として創作するということをちゃんとわかっていて、かつそのレベルが高いので、話していてとても楽しい人です。今回若葉くんがやるには足りないくらいの出演時間でしたが、五十嵐というとても重要な役を見事に演じて、とても楽しかったと言って帰ってくれました。
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